行け
あの夜から、俺は自分の中で、一つの決心を固めつつあった。
数日後、俺は改めて陛下に面会を申し込んだ。応接間に現れた陛下は、俺の様子から何かを察したのか、いつになく硬い表情をしていた。
「話とは」
「俺、しばらくの間、王宮を離れようと思います」
一瞬、部屋の空気が凍りついた。
「――何を、言っている」
「陛下のことを、待つことができません。でも、このまま城にいて、あなたが側妃様方のところへ通う姿を、平気なふりをして見続けることも、できそうにないんです」
「許さない」
陛下の声が、低く、鋭くなった。
「つがいを手放すなど、竜人にはあり得ないことだ」
「陛下」
「お前は、私のつがいだ。この城以外で、お前を守れる場所などない」
その拒絶は、これまでの穏やかな陛下からは想像もつかないほど、強い響きを持っていた。本能に根差した、抗いがたい衝動が、その言葉の奥に滲んでいるのが分かった。
それでも、俺は退かなかった。
「陛下は、俺を愛していると言ってくれました」
「言った。今も、変わらない」
「なら、俺が嫌だと言ったことを、尊重してください」
その言葉に、陛下は大きく息を呑んだ。
「愛しているなら、俺の気持ちより、あなたの本能や立場を優先しないでください。俺は、あなたに縛られたいわけじゃない」
部屋の中に、長い沈黙が落ちた。陛下は、拳を固く握りしめたまま、何も言わなかった。その内側で、本能と理性が、激しくせめぎ合っているのが、傍で見ていても分かるほどだった。
どれほどの時間が経ったのか。やがて、陛下は深く、長い息を吐いた。
「……行け」
絞り出すようなその一言に、俺は思わず息を止めた。
「陛下……」
「追えば、お前は戻るだろう。私の力を使えば、それは容易いことだ」
陛下は、静かに、しかしはっきりとそう言った。
「だが、それでは、お前に選ばれたことにはならない」
その言葉が、胸の奥深くに突き刺さった。力ずくで引き留めることも、本能に任せて追いすがることも、この人にはできたはずだった。それをしないという選択こそが、陛下なりの、精一杯の誠意なのだと分かった。
「隠密の護衛だけは、つけさせてくれ。お前の身に、何かあっては困る」
「……はい」
「それ以外は、何もしない。お前が自分の意思で戻ってくるまで、待つ」
その声には、悲しみと、それでも譲れない何かへの覚悟が、同時に滲んでいた。
「必ず、お前だけを伴侶にできる国にする。その約束だけは、変わらない」
俺は、こみ上げる感情を抑えながら、ただ小さく頷いた。
荷物をまとめ、王宮の門をくぐる朝、陛下は見送りには来なかった。それが、彼なりの覚悟の示し方なのだと、俺には分かっていた。
馬車に揺られながら、遠ざかっていく王城を、俺は何度も振り返った。胸が締め付けられるように痛んだ。それでも、後悔はなかった。
自分の意思で、この道を選んだのだから。




