待てないという答え
それから数週間、陛下は精力的に、周辺国との交渉に動き回っていた。
「今日は、東の国境沿いの三カ国と、条約の草案について話し合ってきた」
夜、疲れきった様子で、その日の顛末を語ってくれることが増えていた。
「上手くいきそうですか」
「思うようには進んでいない。慎重な国ほど、なかなか首を縦に振らない。だが、諦めるつもりはない」
そう語る陛下の横顔を見つめながら、俺はいつしか、この改革の行方を、自分のことのように見守るようになっていた。
ある夜、いつものように庭を歩いていると、陛下がふと足を止めた。
「カイン」
「はい」
「今日、伝えておきたいことがある」
改まった様子に、俺は静かに次の言葉を待った。
「側妃の制度に代わる仕組みは、まだ思うようには進んでいない。反発する国も少なくない」
「分かって、います」
「セシリア嬢の国との関係は、特に慎重を要する。最低でも、あと一年か、二年は必要だろう」
一年、二年。その言葉の重みが、じわりと胸にのしかかった。
「だから、カイン」
陛下は、まっすぐに俺の目を見つめた。
「時間をくれ。必ず、お前だけを伴侶にできる国にする」
その言葉には、これまでのどんな約束よりも、確かな覚悟が込められていた。国そのものを変えるという、あまりにも重い誓い。それを、真剣な瞳で告げられて、俺の胸は喜びと、それ以上の不安とで、激しく揺れ動いた。
「嬉しい、です。本当に」
かろうじてそう答えたものの、続く言葉が、喉の奥で詰まった。
陛下は、俺の様子に気づいたのか、静かに続きを待ってくれた。
「でも……」
「でも?」
「その間、陛下は、まだリディア様やエルヴィラ様、セシリア様の夫でい続けるということですよね」
「形の上では、そうなる」
正直な答えだった。誤魔化さないその姿勢に、かえって俺の胸は締め付けられた。
「俺は、もう」
言葉にするのが、怖かった。それでも、ここで飲み込んでしまえば、この先ずっと、自分を偽り続けることになる気がした。
「俺は、陛下のことが、好きです」
初めて口にした言葉だった。陛下が、大きく息を呑むのが分かった。
「だからこそ、苦しいんです。好きになってしまったからこそ、他の人の夫でいるあなたを、一年も二年も待つなんて、俺にはできない」
自分の声が、震えているのが分かった。それでも、止まらなかった。
「陛下を信じていないわけじゃありません。国を変えようとしてくれていることも、本当に嬉しい。でも、待っている間、俺の心は、きっとどんどん擦り減っていく。それが、怖いんです」
陛下は、しばらく黙って俺を見つめていた。その瞳には、動揺と、痛みと、そして俺の言葉を真摯に受け止めようとする真剣さが、同時に浮かんでいた。
「私は、お前を苦しめているのだな」
「陛下のせいじゃありません。ただ、この状況が、苦しいんです」
夜風が、二人の間を静かに吹き抜けていった。答えの出ない沈黙が、しばらく続いた。
好きだと自覚してしまった今、これまでのように、ただ隣にいるだけでは満たされなくなっている自分がいた。その事実が、俺自身を、一番戸惑わせていた。




