側妃を解放するという誤答
その夜、陛下は珍しく、あらかじめ使いを寄越して面会を求めてきた。
「大事な話がある」
改まった様子に、俺は少し身構えながら応接間で陛下を迎えた。陛下は、いつになく真剣な表情をしていた。
「カイン」
「はい」
「私は、決めた」
陛下は、まっすぐに俺の目を見て言った。
「側妃を、すべて解放する」
一瞬、言葉の意味が飲み込めなかった。
「解放……とは」
「リディアも、エルヴィラも、セシリアも。それぞれの望む道へ帰す。もう、誰も、側妃という立場に縛りつけない」
陛下の声には、確かな決意が滲んでいた。おそらく、俺のために出した結論なのだろう。だが、その言葉を聞いた瞬間、俺の胸に広がったのは、喜びではなく、強い戸惑いだった。
「待ってください」
「どうした。お前が望んでいたことだろう」
「違います。俺が望んでいたのは、こういうことじゃない」
陛下は、意外そうな顔をした。
「セシリア様のことを、覚えていらっしゃいますか。彼女は、国同士の和議の証として、ここにいます。彼女を解放したら、その和議はどうなるんですか」
「それは……別の手立てを考える」
「エルヴィラ様の国も、リディア様の国も、それぞれ事情があります。急に側妃という立場を取り払ったら、その方々の国や、立場そのものが、危うくなるかもしれません」
「それでも、私は」
「陛下」
俺は、思わず声を強めていた。
「俺のために、その人たちの人生を壊すんですか?」
部屋の中が、しんと静まり返った。
「俺が欲しいのは、誰かを犠牲にして一番になることじゃないんです」
言葉にしながら、自分の中の思いが、ようやくはっきりと形になっていくのを感じた。側妃という制度そのものへの怒りはあった。だが、それを取り払うために、リディアやエルヴィラ、セシリアの人生を、一方的に振り回していいはずがない。
陛下は、何かを言おうとして、口を開いた。だが、言葉が出てこなかった。
長い沈黙が、二人の間に横たわった。陛下の瞳には、これまで見たことのない類の困惑が浮かんでいた。良かれと思って出した答えを、真っ向から否定された戸惑い。それでいて、その否定の中にある理屈を、頭のどこかで理解し始めているような、そんな複雑な表情だった。
「私は……間違えたのか」
ようやく絞り出された声は、これまでのどんな時よりも弱々しかった。
「間違っているとは、思いません」
俺は、静かに首を振った。
「ただ、簡単すぎるんです。側妃をなくせば、それで解決だと思うのは」
「では、どうすればいい」
「分かりません。俺にも、まだ答えは見えていません」
正直にそう答えると、陛下は、しばらく黙って俺を見つめていた。
「問題は、側妃を追放することじゃないのかもしれない」
やがて、陛下がぽつりとつぶやいた。
「側妃という立場そのものを、必要としてしまう、この国の仕組みそのものが、問題なのかもしれない」
その言葉に、俺は思わず陛下の顔を見つめた。今まさに、彼自身の中で、何かが組み変わっていくのが分かった。
「もし、そこから変えることができたら」
陛下は、まだ言葉を探しながら続けた。
「誰も犠牲にせず、お前の望みも叶えられる道が、あるかもしれない」
その言葉には、まだ具体的な形はなかった。それでも、初めて陛下が、王という立場から、本当の意味で物事を考え始めた瞬間だった。
俺は、静かに頷いた。
「それなら、俺も一緒に考えます」
陛下は、少し驚いたように俺を見て、それから、ふっと表情を緩めた。夜が更けても、二人の間には、これまでにない種類の、静かな熱が残り続けていた。




