両想いの予感
セシリアとの対話から数日が経っても、彼女の言葉は俺の中に重く残り続けていた。
それでも日々は流れ、陛下との時間は、以前にも増して穏やかなものになっていた。
「今日は、庭で茶会をしないか」
ある晴れた午後、陛下がそう誘ってきた。断る理由もなく、二人で庭のあずまやに腰を下ろす。侍女が茶を用意し、静かに下がっていった。
「あの二人が、また何か言っていたぞ」
陛下が、苦笑しながらそう言った。
「あの二人、というのは」
「侍従長と、庭師だ。私たちが並んで歩く姿を見るたび、微笑ましそうに囁き合っている」
「そんなに、目立ってますか」
「らしいな」
陛下は、どこか楽しげにそう言った。俺は思わず頬が熱くなるのを感じ、慌てて茶に口をつけた。
その日以降、俺は周囲の視線に、以前よりも敏感になった。すれ違う侍女たちが、こちらを見てひそひそと話す様子。護衛の騎士たちが、二人でいる時だけ、心なしか柔らかい表情を見せること。
「カイン様と陛下は、本当に仲睦まじくていらっしゃいますね」
ある日、給仕の侍女が、屈託のない笑顔でそう言ってきた。
「そう、見えますか」
「ええ。まるで、最初から両想いでいらっしゃったかのようです」
その言葉に、俺は上手く返事ができなかった。両想い、という響きが、あまりにも直接的に胸に刺さった。
自室に戻ってからも、その言葉が頭から離れなかった。
確かに、陛下との時間は心地よかった。何気ない会話も、隣を歩く距離も、以前とは比べ物にならないほど自然なものになっている。それでも、その感情に「恋」という名前をつけることに、俺はまだ躊躇いを感じていた。
側妃が三人もいる。一夫多妻が当たり前のこの国で、自分の望みを叶えることが、どれほど難しいか。セシリアの言葉が、繰り返し脳裏をよぎる。
それに、もし本当に想いを通わせてしまったら。その先に待っているのは、幸福だけとは限らない。むしろ、これまで以上に苦しい選択を迫られることになるかもしれない。
そんな臆病な考えが、俺の素直な気持ちに、いつも小さな影を落としていた。
「何を、そんなに難しい顔をしている」
夕刻、庭を歩いていると、陛下がふとそう尋ねてきた。
「いえ……何でもありません」
「嘘が下手だな、お前は」
陛下は、くすりと笑いながら、俺の顔を覗き込んできた。至近距離で目が合い、俺は思わず視線を逸らした。
「な、なんですか」
「いや。お前が困った顔をするのも、悪くないと思っただけだ」
その言葉に、心臓が跳ねるのを感じた。何気ない一言のはずなのに、以前とは違う重みを持って、俺の中に響いてくる。
「そういうこと、簡単に言わないでください」
「なぜだ。本当のことだが」
真っ直ぐな瞳で見つめられ、俺はそれ以上、言葉を続けられなくなった。周囲の誰もが、二人の関係を「両想い」だと囲む中、当の自分だけが、まだその一歩を踏み出せずにいる。
陛下の隣を歩きながら、俺は自分の中の臆病さと、確かに膨らんでいく想いの狭間で、静かに揺れ続けていた。




