三人目の側妃と人質の重み
陛下の言葉が気にかかり、俺は三人目の側妃について、それとなく侍女に尋ねてみた。
「セシリア様は、あまり社交の場にお出になりません。宮に籠もりがちで……」
歯切れの悪い返答に、俺はますます気になった。思い切って面会を申し込むと、意外にもすぐに了承の返事が届いた。
セシリアの宮は、他の二人の側妃の宮と比べて、驚くほど質素だった。装飾らしい装飾もなく、必要最低限の家具だけが置かれている。
「わざわざ、お越しいただかなくても結構でしたのに」
現れたセシリアは、まだ幼さの残る顔立ちの女性だった。歳の頃は、俺とそう変わらないように見える。その物腰には、どこか諦めたような静けさがあった。
「陛下から、少し込み入った事情があると伺いました。もし差し支えなければ、お聞きしたくて」
セシリアは、しばらく黙って俺を見つめていた。それから、諦めたように小さく息をついた。
「隠すことでもありませんわ。私は、人質です」
「人質……」
「私の国、ヴェルニア公国は、数年前、竜人国との国境で紛争寸前まで至りました。その和議の条件として、私が側妃として差し出されたのです」
その言葉の重さに、俺は言葉を失った。同盟のためという言葉とは、また違う響きがそこにはあった。
「側妃、というより、実質的には人質と考えていただいた方が正確です。陛下との間に、夫婦らしい時間があるわけでもありません」
「陛下は、あなたのところへは、あまりいらっしゃらないんですか」
「ええ。それが、双方にとって都合が良いのです。私は、私の国が竜人国に逆らわない限り、ここで生かされている。それだけの話です」
淡々と語られるその内容は、リディアやエルヴィラの境遇よりも、さらに冷たい現実を含んでいた。彼女たちには、少なくとも同盟国の代表としての誇りや役目があった。だがセシリアの場合、それはほとんど、担保としての存在に近い。
「つらく、ないんですか」
思わず尋ねると、セシリアは初めて、少し表情を崩した。
「つらいと感じることも、もう疲れてしまいました。ただ、日々が過ぎるのを、待っているだけです」
その言葉には、諦念というより、感情そのものを閉ざしてしまったような、深い虚無が滲んでいた。
「あなたの国では、あなたのことを、どう思っているんでしょうか」
「英雄のように扱われているそうです。国を救った娘、として。滑稽な話ですけれど」
自嘲するような笑みを浮かべるセシリアを前に、俺はかける言葉が見つからなかった。
「カイン様は、側妃という仕組みそのものを、変えたいと思っていらっしゃるのでしょう。侍女たちの噂で、伺っております」
「……はい」
「それが叶うなら、素晴らしいことだと思います。ただ、私のような立場の者にとっては、単純な話ではありません」
「どういう、意味でしょうか」
「私がここを去れば、和議そのものが揺らぐかもしれない。私の存在そのものが、二つの国の均衡を保つための、一つの証なのです」
その言葉に、俺は自分の考えの浅さを、改めて突きつけられた気がした。側妃という制度をなくせば、それで万事解決するわけではない。そこには、国と国との複雑な利害が、幾重にも絡み合っている。
「誰も、悪くないんですね」
思わずこぼれた言葉に、セシリアは静かに頷いた。
「ええ。誰も悪くない。でも、誰かが我慢しなければ、成り立たない仕組みなのです」
その言葉が、いつまでも耳の奥に残り続けた。宮を辞し、外の空気を吸っても、胸の中の重さは消えなかった。
制度を変えることの難しさを、俺はまだ、本当の意味では理解していなかったのかもしれない。それでも、誰かが我慢し続けることを、当然のままにしておいていいはずがない――その思いだけは、確かに俺の中で強くなっていた。




