竜人至上主義者の襲撃
その日、俺は久しぶりに城下町へ出かけることになった。
「少し息抜きに、街を見て回りたいのですが」
そう願い出ると、陛下は少し迷った様子を見せたものの、護衛を付けることを条件に許してくれた。
「気をつけてな。何かあれば、すぐに知らせを寄越せ」
「大丈夫です。子供扱いしないでください」
そう軽口を叩きながら、俺は数人の護衛を伴って城下町へと向かった。市場に並ぶ色とりどりの果物、露店から漂う香辛料の匂い。人間、獣人、竜人が入り混じって行き交う様子は、何度見ても新鮮だった。
「カイン様、こちらの布などはいかがでしょう」
護衛の一人が、店先の反物を指して声をかけてくる。俺は久しぶりに、肩の力が抜けていくのを感じていた。
異変が起きたのは、市場から少し外れた路地に差し掛かった時だった。
「――そこにいるのは、人間の分際でつがいを名乗る者か」
低い声が、路地の陰から響いた。振り返ると、フードを深く被った数人の男たちが、じりじりと距離を詰めてくる。その気配は、明らかに友好的なものではなかった。
「何者だ」
護衛が前に出て、剣に手をかけた。フードの男の一人が、嘲るように笑う。
「陛下の伴侶が、人間などと知れれば、竜人国の威信に関わる。我らは、それを正すために来た」
「正す、だと」
「お前のような者が、竜人の頂点に立つ資格などない」
言葉と同時に、男たちが一斉に動いた。護衛たちが応戦するが、相手の数は多く、みるみるうちに劣勢に追い込まれていく。
「カイン様、お下がりを!」
一人の護衛が叫びながら、俺を庇うように前へ出た。だが、その隙をついて、もう一人の男が背後から迫ってくる。
「――っ!」
腕を強く掴まれ、路地の壁に押し付けられた。冷たい刃が、喉元に当てられる感触があった。
「人間如きが、竜王の血を穢すな」
低く憎しみのこもった声が、耳元で響いた。恐怖で体が硬直し、声すら出せなかった。
その瞬間だった。
空を切り裂くような轟音とともに、頭上から巨大な影が降り立った。
漆黒の鱗を纏った竜の姿。それが人の形へと変じていく様を、俺は呆然と見つめていた。
「――カインから離れろ」
地の底から響くような、これまで聞いたことのない怒りに満ちた声だった。陛下の姿を目にした男たちの顔から、一瞬で血の気が引いていく。
「陛下……!」
「何故ここに」
驚愕する男たちに構わず、陛下は瞬く間に俺を拘束していた男を弾き飛ばした。それから、まるで壊れ物を扱うように、俺の体をそっと引き寄せる。
「怪我は」
「少し、切れただけです……」
答えながら首筋に触れると、指先にわずかな血が滲んだ。刃が触れた場所が、浅く切れていたらしい。陛下の顔色が、さっと変わるのが分かった。
言い終わる前に、周囲を取り囲むようにして竜人国の騎士たちが次々と駆けつけてきた。フードの男たちは、あっという間に取り押さえられていく。
「竜人至上主義か」
騎士の一人が、苦々しげに吐き捨てた。陛下が、静かに説明を挟む。
「竜人至上主義を掲げる、ごく一部の過激派だ。国民の大半は、そのような考えを持ってはいない」
「一部、なんですか」
「ああ。声高に叫ぶ者ほど、目立ちやすいだけだ。多くの民は、お前を歓迎している」
その言葉に、俺は少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
「お前の匂いが、急に乱れた気がした」
陛下が、低い声でそうつぶやいた。腕の中で、俺はようやく自分が震えていることに気づいた。
「気づいて、くれたんですか」
「当然だ」
陛下の声には、隠しきれない怒りと、それ以上の安堵が滲んでいた。俺の体を抱く腕に、わずかに力がこもる。
「二度と、目の届かない場所へは行かせない」
その言葉に、以前の俺なら反発していたかもしれない。だが今は、ただ純粋に、その腕の温かさに縋りたい気持ちの方が勝っていた。
喧騒の中、俺は陛下の腕の中で、ようやく詰めていた息を吐き出した。恐怖の余韻は、まだ体の芯に残っている。だが同時に、駆けつけてくれた陛下の姿が、その恐怖の何倍もの強さで、俺の心に刻み込まれていた。




