変わり始める竜王
あの日から、陛下は俺の宮を三日ほど訪れなかった。
考える時間が欲しいと言っていたことを思い出し、俺はあえて連絡を取らずにいた。だが、四日目の朝、侍女が「陛下がお見えです」と告げに来た時、俺は自分でも意外なほど、胸が高鳴るのを感じた。
「突然、すまない」
現れた陛下は、以前と少し様子が違っていた。いつものように無造作に距離を詰めてくることはせず、部屋の入口で立ち止まったまま、こちらの様子を窺うようにしていた。
「……お入りください」
「ああ」
椅子に腰かけた陛下は、しばらく黙っていた。何かを言いかけては、言葉を選び直しているような、そんな沈黙だった。
「この数日、考えていた」
「何をですか」
「お前の言った、本能と愛の違いについて」
俺は、思わず居住まいを正した。陛下は、窓の外に視線を向けながら続けた。
「惹かれ始めたきっかけが、つがいの紋だったことは、認めざるを得ない。だが、そこから先については、今も分からないことの方が多い」
「それでも、来てくださったんですね」
「ああ。分からないなら、せめて、お前をもっと知ろうと思った」
その言葉に、俺の中で何かが動いた。
「俺も、陛下のことが知りたいです」
思わず口をついて出た言葉だった。陛下は、少し驚いたように目を見開いた。
「お前が?」
「はい。陛下がどんな人なのか、まだ全然知らない気がします。本能とか、つがいとか、そういうものを抜きにして」
陛下は、しばらく黙って俺を見つめていた後、ふっと表情を緩めた。
「悪くない話だ」
そう言うと、陛下はテーブルの上に置かれていた俺の手に、視線を落とした。以前なら、迷わず手を伸ばしていただろう。だが今の陛下は、手を伸ばしかけて、途中で止めた。
「触れても、いいだろうか」
初めて聞く問いだった。俺は少し驚きながらも、小さく頷いた。陛下は、確かめるようにゆっくりと、俺の手に自分の手を重ねた。
「……以前とは、違う触り方ですね」
「そうか?」
「はい。前は、もっと、当たり前みたいに触れてきました」
「当たり前だと思っていたからな。だが、それが間違いだったのかもしれないと、今は思っている」
その言葉に、俺の中の何かが、静かに緩んでいくのを感じた。
それからというもの、陛下は少しずつ変わっていった。かつては話の途中で執務に呼ばれれば、そのまま立ち去ることも多かった。だが最近では、切りの良いところまで話を聞き終えてから席を立つようになった。
「先日話していた、お前の故郷の話だが」
ある日、陛下がふとそう切り出した。
「あの時、お前が育った領地には、川が近くにあると言っていたな」
「覚えていてくれたんですか」
「当然だ。お前のことを知りたいと言ったからには、聞いたことは忘れない」
些細なことだった。それでも、こうして自分の話をきちんと覚えていてくれることが、俺には何よりも嬉しかった。
食事の席でも、変化はあった。以前は決められた献立がそのまま並ぶだけだったが、ある日から、俺の好みに合わせた料理が、さりげなく添えられるようになっていた。
「これは……」
「お前が、酸味のあるものを好むと聞いた。厨房に伝えておいた」
誰から聞いたのかは分からなかったが、そうした小さな心遣いの積み重ねに、俺は少しずつ警戒を解いていく自分に気づいていた。
側妃たちの宮を訪れる頻度も、以前より減っているようだった。誰かがそう告げたわけではない。ただ、以前よりも陛下が俺の宮で過ごす時間が、明らかに増えていた。
それが、義務感からなのか、それとも本当の変化なのか。まだ確信は持てなかった。
それでも、無理に触れようとせず、俺の言葉に静かに耳を傾けようとする陛下の姿は、以前とは確かに違っていた。
夜、一人になった部屋で、俺はふと考えることが増えた。
この人は、本当に変わろうとしているのかもしれない。
その考えが胸に浮かぶたび、俺は自分でも戸惑うほどの、温かな感情に包まれていた。




