第五章:帰ってきた愚か者たち
「レティシア! レティシア・フォン・ローゼンベルクはおるか!」
平穏な午後の昼下がり。
我が家の門前に、ドタバタと騒がしい大人数の馬車隊が乗り込んできた。
金ピカの装飾が施された、いかにも王家の馬車。
降りてきたのは、派手な軍服を着た第一王子ジルベール。そして、その隣には豪華なドレスを着たアリアの姿があった。後ろには王国の近衛兵がずらりと並んでいる。
「あらあら……不法侵入ですか?」
私はエプロン姿のまま、玄関から出て行った。手には畑仕事用のスコップを持っている。
後ろからは、怪訝な顔をしたカイル(変装中)と、低く唸り声を上げるポチたちがついてくる。
「レティシア! 無事だったか……って、何だその格好は!?」
ジルベール殿下は、私の庶民的なエプロン姿を見て絶句した。
「見ての通り、農作業中ですが。何かご用でしょうか、ジルベール殿下? 私は追放された身。王家の方針に従い、ここで大人しく暮らしておりますが」
「くッ……言葉を慎め! 今日は貴様に『朗報』を持ってきたのだ!」
ジルベール殿下は威風堂々と胸を張った。
「貴様の罪を免除してやる! 王都へ戻ることを許す! 再び私の側室として、王宮に立ち入る権利を与えてやろう!」
……はい?
私は自分の耳を疑った。
側室? 免除? どの口が言っているのだろう。
「……理由をお伺いしても?」
「ふん! 貴様が去ってからというもの、ローゼンベルク公爵家が激怒し、王家への資金援助を全て打ち切ったのだ! さらに、領地の経済が停滞し、貴様が隠して管理していた帳簿の解読ができず、財務が破綻寸前なのだ!」
「……」
「それだけではない! アリアが『聖女』として降臨させた精霊が、全く言うことを聞かず、王都周辺の水質が汚染されて大変なことになっている! だが、ここで貴様が噂の『黒の平原の聖女』として功績を上げていると知った! 貴様のその治癒魔法と領地経営の能力を、再び王家のために役立てるチャンスをやろうと言っているのだ!」
私は呆れて開いた口が塞がらなかった。
要するに、こういうことだ。
私を追い出したせいで、実家の公爵家から見限られ、政務や財務を担当していた私がなくなったことで王国の運営がガタガタになり、ヒロインのアリアがポンコツすぎて対処不能になった。
そこで、私が荒野で成果を上げていると聞きつけ、「連れ戻して働かせてやろう」と上から目線でやってきたわけだ。
隣のアリアを見ると、フンと鼻を鳴らして私を睨みつけている。
「レティシア様。殿下の寛大なご処置に感謝しなさいな。わたくしの側室としての教育を受けていただければ、王宮に置いてあげてもよくてよ?」
(……駄目だわ、この人たち。救いようがないバカだ)
前世のブラック企業の社長を思い出してしまった。
「お前をクビにしてやったが、仕事が回らないから戻ってきてやってもいいぞ。給料は半分な!」と言ってくるあの無能上司と同じ臭いがする。
「お断りいたします」
私は即答した。
「な……何だと!?」
「お断りいたします、と言ったのです。私は現在、この『黒の平原』の領主として自立しております。王国の財政難も、聖女様の無能さによる環境汚染も、全て私には関係のないことです。自分たちで撒いた種は、自分たちで刈り取りなさいな」
「貴様ぁっ! 王族に向かって何たる不敬! 控えよ!」
ジルベール殿下が激昂し、剣を抜いた。
「ええい、近衛兵! この生意気な女を捕らえよ! 強制的に王都へ連行する!」
近衛兵たちが一斉に剣を抜き、私に向かって踏み込もうとした。
「……私の領地で、私の大切な人に刃を向けるとは。王国の王子とは、これほど愚鈍な存在だったか」
静かな、しかし氷のように冷たい声が響いた。
私の背後に立っていたカイルが、一歩前に出た。
彼は目元を覆っていたフードを外す。
「なっ……貴様は……!? アルフレッド帝国の皇太子、カイル・フォン・アルフレッド……!? なぜこんなところに!?」
ジルベール殿下が青ざめた。
王国の第一王子と、大帝国であるアルフレッド帝国の皇太子。政治的・軍事的な格が違いすぎる。
カイルは冷酷な笑みを浮かべ、圧倒的な威圧感(覇気)を放った。それだけで、王国の近衛兵たちは膝を突き、剣を落とした。
「レティシアは現在、我がアルフレッド帝国の最重要保護対象であり……私、カイル・フォン・アルフレッドの『未来の皇妃』だ」
「「「えええぇぇぇっ!?」」」
ジルベール殿下、アリア、そして近衛兵たちの叫び声が重なった。
私自身も「ちょっと待って、いつの間に合意したの!?」と突っ込みたかったが、今は黙っておくことにした。
「王国の無能な王子よ。私の婚約者に対してこれ以上の不敬を働くならば、我が帝国の軍勢をもって、貴国を滅ぼすことになるが……覚悟はできているのだろうな?」
カイルの緋色の瞳が怪しく光る。
殺気とも言える圧力を受け、ジルベール殿下は腰を抜かし、地面にへたり込んだ。アリアは恐怖のあまり悲鳴を上げて失禁しかけている。
「ひぃぃっ! た、撤退だ! 撤退せよーッ!」
ジルベール殿下は惨めな悲鳴を上げながら、転がるように馬車へ逃げ込んだ。アリアや近衛兵たちも、我先にと逃げ出していく。
馬車隊が煙を上げて走り去っていくのを見送りながら、私は深く溜息をついた。
「まったく……嵐のような人たちね」
「すまない、レティシア。勝手に『未来の皇妃』などと言ってしまった」
カイルが少し気まずそうに頭をかいた。
「いいえ、助かりましたわ。……でも、本当に良いのですか? 私のような『悪役令嬢』を皇妃にするなんて」
私が尋ねると、カイルは私の手を優しく取り、その甲に誓いのキスをした。
「君が悪役なら、世界中の聖女など偽者だ。私は君の知恵と、優しさと、その逞しさに救われた。……帝国を取り戻したら、正式にプロポーズさせてほしい」
まっすぐな瞳で見つめられ、私の胸がドクンと跳ねた。
前世でも今生でも、こんなに情熱的に求められたことなんてなかった。
「……ふふ。じゃあ、まずは帝国のクーデターを片付けに行きましょうか。私の【構造解析】と【錬成魔法】があれば、帝国の改革なんて三ヶ月で終わらせてあげますわ」
こうして、私の隠遁生活は第一幕を閉じ、次なる舞台――帝国の改革へと移ることになったのだった。




