第四章:皇太子の誤算と、快適すぎる隠遁生活
「美味い……美味すぎる……!」
カイル皇太子は、私の作ったオムライスを物すごい勢いで平らげていた。
かつて冷酷無比と恐れられた帝国の皇太子の面影はどこにもない。ただのお腹を空かせたイケメンである。
「お代わりもありますよ、カイル様」
「貰おう! ……ゴホン、いや、すまない。取り乱した」
カイルは慌てて咳払いをして、姿勢を正した。
傷が癒えた後、カイルは自分の事情を話してくれた。
帝国の叔父によるクーデターで命を狙われ、側近たちと散り散りになりながら王国へ逃げ延びてきたこと。追手に追い詰められ、この黒の平原で力尽きようとしていたこと。
「助けてくれたこと、心から感謝する。レティシア。君がいなければ、私はあのまま野晒しの屍となっていた」
「お役に立てたなら何よりです。傷も完全に治りましたし、明日にでもご出発なさいますか?」
私が当然のように尋ねると、カイルは露骨に嫌そうな顔をした。
「……いや、実はまだ魔力の回復が完全ではないのだ。それに、追手の目を眩ますためにも、しばらくここに身を潜めたいのだが……ダメだろうか?」
「ええ……。まあ、食費と労働力を提供してくれるなら、別に構いませんけど」
「労働!? 私は皇太子だぞ!?」
「うちでは働かざる者食うべからず、です。薪割りか畑の耕作、どちらがいいですか?」
「……薪割りで頼む」
こうして、潜伏中の帝国皇太子が、我が家の「雑用係」として加わることになった。
最初のうち、カイルはプライドの高さを覗かせていたが、私の規格外な生活を目にするにつれて、そのプライドは綺麗に粉砕されていった。
カイルが斧で薪を割ろうと苦戦している横で、私が【切断魔法】で丸太をきれいに一瞬で薪の山に変えたり。
カイルが追手の暗殺者(レベル80級の影の刺客)に襲われた際、私が「洗濯物が汚れるでしょうが!」と怒って【重力魔法】で暗殺者たちを地面に埋め尽くしたり。
「レティシア……君は本当に人間なのか?」
カイルが遠い目をして尋ねてきたことがある。
「失礼ですね。乙女な公爵令嬢ですよ」
「乙女は暗殺者の集団を一人で地面に埋めたりしない……」
最初は利用してやろうという野心もあったらしいカイルだったが、一ヶ月も経つ頃には、完全に我が家の生活に馴染んでいた。
朝はポチたちの散歩を行い、昼は畑で採れた新鮮な野菜を一緒に食べ、夜は二人でお茶を飲みながら戦術や魔法論について語り合う。前世の知識を持つ私の合理的な意見は、カイルにとって非常に新鮮だったらしく、彼は熱心に私の言葉に耳を傾けた。
「レティシア。私と共に帝国へ来ないか?」
ある夜、暖炉の前で温かいティーを飲みながら、カイルが唐突に言った。
「帝国へ? 私がですか?」
「そうだ。私は近いうちに帝国へ戻り、叔父を討ち取って帝位を取り戻す。その時、君に私の側にいてほしいのだ。君の知恵と……その、君という存在が、私には必要なのだ」
カイルの緋色の瞳が、真剣な眼差しで私を見つめている。
ゲームの中での彼は、冷酷で誰も信用しない孤独な男だった。しかし今、目の前にいる彼は、私に対して素直な信頼と……それ以上の熱い感情を向けている。
(あら……これって、いわゆる攻略ルートに入っちゃったパターン?)
私は少し照れくさくなり、お茶を濁すように笑った。
「カイル様。私は王宮のドロドロした権力闘争に嫌気がさして、ここにいるのです。帝国の皇后なんて、もっと大変そうじゃありませんか」
「……皇后とは言っていないが」
カイルの顔がカッと赤くなった。
「いや、だが! 君が望むなら、私は帝国の改革を行い、君が穏やかに暮らせる環境を整えてみせる! だから……」
「ふふ、考えておきますね。まずは、目の前の皇帝奪還作戦を成功させてからです」
「……約束だぞ」
カイルは少し不満そうにしながらも、嬉しそうに微笑んだ。
だが、そんな穏やかな日々をぶち壊す不快な訪問者が、王都からやってくることになった。




