第三章:勘違いされた聖女と、謎の訪問者
隠遁生活が始まって半年が経過した。
私の生活は、劇的に改善していた。
【構造解析】と【錬成魔法】を駆使して、館は豪華なカントリーハウス風に改装。庭には広大な家庭菜園を作り、土壌の魔力をろ過して肥料にしたおかげで、王都では見たこともないような巨大で甘い野菜や果物が実っている。
番犬のポチ、タマ、シロ(ブラックガルム)は、すっかり私に懐き、毎日畑の耕作を手伝ったり、山から薪を咥えてきたりしてくれる。
さらには、近隣の開拓村から病気やケガに苦しむ村人たちが噂を聞きつけてやってくるようになったため、ついでに治療してあげていた。
「レティシア様! 本当にありがとうございます! 母の脚の骨折が、一瞬で治ってしまうなんて……! あなた様は本物の聖女様だ!」
「いいえ、ただの魔法の応用ですよ。お野菜、置いていってくれたの? ありがとう、今日のスープにするわね」
村人たちからは「黒の平原の慈悲深き聖女様」と崇められているらしいが、私としては趣味の領域だ。前世のDiy(日曜大工)やガーデニングの延長線上に過ぎない。
王都でのドロドロした人間関係、ジルベール殿下の身勝手な小言、アリア様のネチネチした嫌がらせ(の冤罪)に比べれば、ここでの暮らしは天国そのものだった。
そんなある日の夕方。
私がポチのモフモフな毛並みをブラッシングしていた時のことだ。
『グルル……』
ポチが急に耳をピクッと立て、警戒の声を上げた。タマとシロも素早く立ち上がり、門の方を睨みつける。
「だれか来たのかしら?」
門の方へ向かうと、そこには一人の男が倒れていた。
黒いボロボロのマントを羽織り、全身に生傷を負っている。銀色の髪が夕日に透け、血に濡れた顔立ちからは、隠しきれない高貴さと苛烈な美貌が覗いていた。
「あらあら……大変」
私は駆け寄り、男の容態を確かめた。
深手だ。強力な呪いが傷口から侵入し、魔力を蝕んでいる。普通なら即死レベルだが、この男の強靭な魔力がなんとか持ちこたえさせているらしい。
「【解析】……呪毒ね。面倒な波長だけど……打ち消せばいいわね。【浄化】、そして【細胞再生】」
私の手から溢れ出た聖なる白銀の光が、男の体を包み込む。
呪毒は一瞬で蒸発し、裂けた皮膚や筋肉が急速に再生していく。男の荒かった息遣いが、次第に穏やかな寝息へと変わっていった。
「ん……」
男がゆっくりと目を開けた。
鮮やかな緋色の瞳が、私の顔を捉える。
「……ここは……冥府か? 私は……死んだのか……?」
「いいえ、ここは私の家ですよ。通りすがりの怪我人さん」
私は微笑みかけ、男に温かいスープを入れた木こりのスープカップを差し出した。
「お腹空いているでしょう? 飲めるかしら?」
男は警戒したように私を見つめ、それからスープを受け取ると、慎重に一口啜った。
次の瞬間、男の目が大きく見開かれた。
「な……なんだこのスープは!? 身体の奥から溢れ出るような濃厚な魔力と、極上の滋味……! 王宮の料理長でもこんなものは作れんぞ!?」
「あ、それ、私が庭で育てたカブと、ポチたちが獲ってきた魔獣の肉で作ったコンソメスープです。美味しいでしょう?」
「魔獣の肉……? ポチ……?」
男が視線を落とすと、そこには体長三メートルのブラックガルム三頭が、行儀よくお座りをして男を凝視していた。
「ぶッ……!? ぶ、ブラックガルムだと!? それも皇国の禁忌とされる古代種……!? なぜそれが犬のように服従している!?」
男はスープを噴き出しそうになりながら、驚愕の声を上げた。
「あら、ご存知なんです? この子たち、すごく賢くて可愛いんですよ」
私がポチのアゴの下を撫でると、ポチは「くーん」と甘えた声を上げた。男は唖然として私と魔獣を交互に見つめている。
「君は……一体何者だ? これほどの治癒魔法を使い、古代魔獣を従え、不毛の地でこのような農園を築いている……」
「私ですか? 私はただの……追放された悪役令嬢ですよ」
「悪役……令嬢……?」
男は呆然と呟き、それからフッと自嘲気味に笑った。
「そうか。ならばお互い様だな。私はカイル・フォン・アルフレッド。隣国であるアルフレッド帝国の……一応、皇太子だ」
「あら」
私はパチパチと瞬きをした。
カイル・フォン・アルフレッド。
乙女ゲーム『聖女のアルペジオ』における、裏ボスにして隠し攻略対象。
帝国を追われ、王国に亡命して力を蓄え、最終的に王国と帝国双方を滅ぼしかねない凄絶な復讐劇を繰り広げる「氷の皇子」ではないか。
(……なんか、ゲームのメインキャストが続々と集まってきてない?)
私は心の中で頭を抱えた。
せっかくのスローライフに、穏やかじゃない暗雲が立ち込め始めていた。




