■第9話『彼女は、もう一度ここにいる』
——音が消えた。
銃声も、足音も、全部。
「……え?」
思わず周囲を見回す。
さっきまで確かにいた兵士も、感染体も——
動いていない。
「止まってる……?」
いや、違う。
“置いていかれている”。
「……やめて」
その声だけが、はっきり聞こえた。
振り向く。
彼女が、そこに立っている。
だが——
様子がおかしい。
目の焦点が合っていない。
どこか“別の場所”を見ている。
「……どうした?」
近づこうとする。
その瞬間。
「来ないで」
はっきりと、拒絶された。
「っ……」
足が止まる。
「これ……何回目……?」
彼女が、小さく呟く。
「……何回目って、何が——」
「もう……何度も見てる」
その言葉で、背筋が凍る。
「あなたが……壊れていくところ」
「……は?」
理解できない。
だが——
次の言葉が、それを否定する。
「ここで、止めないと……全部、同じになる」
空気が、歪む。
視界が、二重にブレる。
その瞬間——
“別の光景”が流れ込んできた。
自分が、兵士を倒している。
そのまま、進化体を叩き潰す。
そして——
彼女に、手を伸ばす。
違う。
これは、さっきの出来事じゃない。
“これから起こるはずの光景”。
「……なんだよ、これ」
頭が、割れるように痛む。
「見えてるでしょ」
彼女の声。
「私と同じもの」
その言葉で、確信する。
これは“未来”じゃない。
——“結果”だ。
「私は……何度もここに来てる」
静かに、彼女が言う。
「あなたが暴走して……全部壊して……」
一瞬、言葉が詰まる。
「……私も、いなくなる」
「……っ!」
心臓が強く打つ。
「そんなわけ……」
「あるよ」
はっきりと、遮られる。
「だって、もう見たから」
——彼女の能力。
それは“予測”じゃない。
未来視でもない。
もっと、歪んだもの。
“何度も繰り返された結果の記憶”。
ループ。
この世界は、一度で終わっていない。
「……ふざけんなよ」
笑いそうになる。
そんなもの、受け入れられるわけがない。
「じゃあ何だよ」
「俺は……何度も失敗してるってのか?」
彼女は、何も言わない。
それが、答えだった。
その瞬間。
胸の奥で、何かが弾けた。
「……いいじゃん」
口元が、歪む。
ゾワッ——
自分でも分かる。
これは、危ない。
「どうせ繰り返すならさ」
視線を、前に戻す。
そこには——
進化体と、兵士たち。
「全部、ぶっ壊してみようぜ」
言葉が、軽い。
でも中身は——
完全に、壊れている。
「やめて!!」
彼女の叫び。
だが、止まらない。
体が、勝手に動く。
今まで以上に速く。
今まで以上に強く。
兵士が、構える。
進化体が、動く。
全部が“遅い”。
「……いいね」
完全に、笑っていた。
そのとき——
視界の端に、彼女が映る。
泣いている。
その瞬間だけ——
時間が戻る。
「……っ」
動きが止まる。
頭の中に、別の“結果”が流れ込む。
——彼女を失った後の、自分。
何も残っていない。
ただ戦い続ける“何か”。
「……やめろ」
小さく、呟く。
これは——
違う。
「俺は……それにはならない」
歯を食いしばる。
暴走を、押し止める。
ギリギリで。
——戻る。
その様子を。
進化体が、じっと見ていた。
そして。
初めて、はっきりと口を開く。
「……選別……始マッタ」
低い声。
「強イ者……残ル」
その言葉に。
全ての意味が込められていた。
——この世界は、試されている。
人間か。
進化か。
それとも——
“そのどちらでもない何か”か。
そして。
彼女は知っている。
この選択を、何度も間違えてきたことを。
だからこそ——
今度こそ、変えなければならない。
——この結末を。




