■第6話『笑っていたのは、俺じゃない』
——跳ぶ。
地面を蹴った瞬間、景色が流れた。
「っ……速い……!」
自分でも驚く。
体が軽い。視界が澄んでいる。
そして——
楽しい。
「……は?」
一瞬、思考が止まる。
何だ、今の感覚。
だが、次の瞬間には理解していた。
——来る。
進化した“それ”が、壁を蹴って迫る。
その軌道。
重心の移動。
全部、見える。
自然と、口元が歪む。
「遅い」
かわす。
反撃。
拳が、めり込む。
手応え。
骨が砕ける感触。
そして——
楽しい。
「……っ」
笑いそうになるのを、無理やり抑える。
おかしい。
こんな状況で、そんな感情が出るはずがない。
なのに——
止まらない。
「危ない!!」
彼女の声。
もう一体。
背後から来ている。
だが——
(分かってる)
振り向かずに、避ける。
カウンター。
叩き落とす。
「すごい……」
彼女の声が、遠く感じる。
違う。
距離じゃない。
“感情”が、薄い。
さっきまであったはずの焦りも、恐怖も——
ほとんど感じない。
「……なんだよ、これ」
呟きながらも、体は止まらない。
むしろ。
もっと戦いたい、とすら思っている。
そのとき。
遠くから、エンジン音が響いた。
低く、重い音。
視線を向ける。
装甲車。
黒い車体。
側面には、見たことのないマーク。
そして——
銃口が、こちらを向いている。
「……人間か」
思わず呟く。
だが、その言葉に——
何の感情も乗っていない。
警戒も、安堵もない。
ただの“対象”。
「対象確認。二名。うち一名——」
無線の声が、風に乗って聞こえる。
「——高い再生反応。確保優先度A」
その瞬間。
複数の兵士が降りてくる。
銃を構えたまま、距離を詰める。
「動くな」
冷たい声。
命令口調。
「抵抗した場合、制圧する」
普通なら、恐怖を感じる場面。
だが——
「……どうでもいいな」
口から出た言葉に、自分で違和感を覚える。
どうでもいい?
いや、違う。
興味がない。
「ねえ……やめて」
彼女が、俺の腕を掴む。
「この人たち……危ない」
その瞬間。
ほんの少しだけ——
“戻る”。
「あ……」
彼女の手の温もり。
それだけが、現実に引き戻す。
「……そうだな」
小さく息を吐く。
「最終警告だ。武器を捨てて——」
「持ってねぇよ」
兵士の言葉を遮る。
そして、一歩前へ。
銃口が、一斉にこちらを向く。
「でもな」
ゆっくりと、口を開く。
「俺が武器みたいなもんだろ?」
その瞬間。
引き金が引かれた。
銃声。
衝撃。
体が貫かれる。
だが——
倒れない。
むしろ。
笑みが、浮かぶ。
「……いいね」
自分でも気づかないうちに、そう呟いていた。
戦いが——
楽しい。
「……やめて」
彼女の声。
震えている。
その声を聞いたときだけ——
ほんの一瞬だけ。
胸が、痛んだ。
「……っ」
歯を食いしばる。
戻れ。
まだ——
戻れるはずだ。
「……俺は」
自分に言い聞かせる。
「守るために、戦ってる」
そうでなければ。
この感情は——
本当に“壊れている”。
だが。
もう遅いのかもしれない。
銃声の中で。
血の匂いの中で。
俺は、確かに感じていた。
——高揚を。
そして。
兵士たちは理解する。
目の前の存在が——
“人間ではない兵器”だと。
彼女は、ただ見ている。
守られているはずの存在が。
少しずつ、“別の何か”へ変わっていくのを。
——この戦いの果てに、何が残るのか。
それを知る者は、まだ誰もいなかった。




