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■第5話『壊れていくほど、強くなる』


 ——何度目かも分からない衝撃。

 

 地面に叩きつけられる。

 

 肺から空気が抜ける感覚。

 

 だが——

 

「……まだ、動ける」

 

 立ち上がる。

 

 体は、もう限界のはずなのに。

 

 それでも、動く。

 

 

 目の前には、あの“進化したやつ”。

 

 ゆっくりとこちらを見ている。

 

 まるで——試しているみたいに。

 

 

「……来るよ!」

 

 後ろから彼女の声。

 

 

 その瞬間、体が勝手に動いた。

 

 

 ——踏み込む。

 

 

 今までより、明らかに速い。

 

 

「……は?」

 

 

 自分でも分かる。

 

 動きが違う。

 

 

 視界が、広い。

 

 

 相手の動きが、“遅く”見える。

 

 

 ——来る。

 

 

 腕を振り上げる軌道。

 

 重心のズレ。

 

 

 全部、分かる。

 

 

「っ!」

 

 

 避ける。

 

 

 ギリギリじゃない。

 

 

 余裕を持って。

 

 

 

「なんだよ……これ」

 

 

 

 さっきまで、ただ耐えるしかなかった。

 

 

 なのに今は——

 

 

 

 戦えている。

 

 

 

「それ……多分……」

 

 

 

 彼女の声が、震える。

 

 

 

「噛まれたから……変わってる……」

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 その言葉に、心臓が一瞬止まる。

 

 

 

 ——確かに、何度も噛まれた。

 

 

 

 普通なら、とっくに終わってる。

 

 

 

 でも、俺は死なない。

 

 

 

 そして——

 

 

 

「……強くなってる?」

 

 

 

 冗談みたいな話。

 

 

 

 だが。

 

 

 

 目の前の現実が、それを否定しない。

 

 

 

 そのときだった。

 

 

 

 “それ”が、口を開いた。

 

 

 

「……オマエ……」

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 言葉。

 

 

 

 明確な発音ではない。

 

 

 

 だが——意味がある。

 

 

 

「……同ジ……ニオイ……」

 

 

 

 背筋が凍る。

 

 

 

 こいつは——

 

 

 

 理解している。

 

 

 

「……何なんだよ、お前」

 

 

 

 思わず口にする。

 

 

 

 すると、“それ”は——

 

 

 

 ゆっくりと、笑った。

 

 

 

「……進ンデイル……ダケダ」

 

 

 

 その言葉の意味。

 

 

 

 考える余裕はない。

 

 

 

 再び、動く。

 

 

 

 今度は——さっきより速い。

 

 

 

「左!!」

 

 

 

 彼女の声。

 

 

 

 だが。

 

 

 

 今度は——

 

 

 

(分かる)

 

 

 

 言われる前に、動いていた。

 

 

 

 完全に、読めている。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 ——掴んだ。

 

 

 

 初めて。

 

 

 

 “それ”の腕を、止めた。

 

 

 

「……捕まえた」

 

 

 

 力を込める。

 

 

 

 骨が軋む感触。

 

 

 

 人間じゃない。

 

 

 でも——

 

 

 壊せる。

 

 

 

「——っ!!」

 

 

 

 振り切る。

 

 

 

 “それ”の体が、地面に叩きつけられる。

 

 

 

 初めての“反撃”。

 

 

 

 だが——

 

 

 

 違和感。

 

 

 

「……軽い?」

 

 

 

 さっきまで感じていた“重さ”がない。

 

 

 

 その瞬間。

 

 

 

 ゾワッ——

 

 

 

 背後。

 

 

 

「——上!!」

 

 

 

 彼女の叫び。

 

 

 

 見上げる。

 

 

 

 “もう一体”いる。

 

 

 

「なっ……!」

 

 

 

 壁を這うように、張り付いている。

 

 

 

 同じ“目”。

 

 

 

 同じ“理解”。

 

 

 

 

 ——増えている。

 

 

 

「……終わってるな、この世界」

 

 

 

 思わず、笑いが漏れる。

 

 

 

 そのとき。

 

 

 

 ふと——

 

 

 

 違和感が走った。

 

 

 

「……あれ?」

 

 

 

 今、何をしようとしていた?

 

 

 

 一瞬、思考が途切れる。

 

 

 

 さっきの記憶が、曖昧になる。

 

 

 

「……なんだよ、それ」

 

 

 

 頭を押さえる。

 

 

 

 ——思い出せない“何か”がある。

 

 

 

「大丈夫!?」

 

 

 

 彼女の声。

 

 

 

「ああ……いや……」

 

 

 

 答えながらも、確信する。

 

 

 

 これは——

 

 

 

 “代償”だ。

 

 

 

 強くなる代わりに、何かを失っている。

 

 

 

 記憶か。

 

 

 感情か。

 

 

 

 分からない。

 

 

 

 でも——

 

 

 

「……関係ない」

 

 

 

 顔を上げる。

 

 

 

 目の前には、敵。

 

 

 

 後ろには、彼女。

 

 

 

 それだけで、十分だ。

 

 

 

「守るって、決めたからな」

 

 

 

 足に力を込める。

 

 

 

 さっきより、さらに軽い。

 

 

 

 さらに速い。

 

 

 

 さらに——

 

 

 

 “人間じゃない”。

 

 

 

 

 この力の先に何があるのか。

 

 

 彼女の力の正体は何なのか。

 

 

 この世界はどこへ向かっているのか。

 

 

 

 何も分からない。

 

 

 

 ただ一つだけ、確かなこと。

 

 

 

 ——俺たちは、もう戻れない。

 

 

 

 人間だった頃には。

 

 

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