■第4話『彼女が見ているもの』
銃声の余韻が、まだ耳に残っていた。
「下がってろ」
短く言って、前に出る。
男たちはまだ動けていない。
撃ったはずの相手が、何事もなかったように立っている。
その“理解不能”が、足を止めている。
——だが。
「……おい」
背後から、彼女の声。
その声が、妙に低かった。
「どうした?」
振り向く。
彼女は——
“何か”を見ていた。
俺じゃない。
男たちでもない。
その、さらに奥。
「……来る」
ぽつり、と呟く。
「何が——」
言い終わる前に。
空気が、変わった。
さっきまでの“あれ”とは違う。
重い。
圧のある気配。
「……なんだよ、これ」
男の一人が、震えた声で言う。
そのときだった。
ズルッ……
何かを引きずる音。
路地の奥の、影。
そこから、“それ”は現れた。
——人の形は、している。
だが。
明らかに、違う。
体が、不自然に歪んでいる。
腕が長い。
首の角度がおかしい。
そして——
“こちらを見ている”。
濁っていない。
理解している目だ。
「……は……?」
男の一人が後ずさる。
「なんだよ、あれ……!」
それは、ゆっくりと首を傾けた。
まるで——
観察しているみたいに。
「……逃げろ」
俺が呟くより先に。
“それ”が、動いた。
——消えた。
「え?」
次の瞬間。
ドンッ!!
男の一人が、壁に叩きつけられた。
「がっ……!?」
速すぎる。
見えなかった。
「う、撃て!!」
パンッ!パンッ!
銃声。
だが——
当たっているのに、止まらない。
それどころか。
——笑った。
「っ……!」
背筋が凍る。
あれはもう、“別物”だ。
「走れ!!」
彼女の手を掴む。
だが——
「待って」
引き止められた。
「……は?」
振り返る。
彼女は、“それ”を見ている。
真っ直ぐに。
「……分かるの」
静かな声。
「どこに動くか……」
その言葉の意味を理解する前に。
彼女が、俺の腕を引いた。
「右!」
反射的に動く。
次の瞬間。
さっきまでいた場所を、“それ”が通り抜けた。
「なっ……!」
完全に、読まれている。
「左、次は来る!」
言われるままに動く。
ギリギリで、かわす。
心臓が跳ねる。
「……なんだよ、それ」
俺の声が、震える。
「分からない……でも……見えるの」
彼女の目。
その奥が、わずかに光っているように見えた。
「……危ない!」
その瞬間。
“それ”が、方向を変えた。
今度は——
彼女に向かって。
「っ!!」
間に入る。
衝撃。
体が、吹き飛ぶ。
骨が軋む感覚。
視界が歪む。
だが——
(止まれ……!)
立ち上がる。
無理やり、前に出る。
「こっちだ!!」
叫ぶ。
注意を引く。
“それ”の視線が、こちらに向く。
——理解している。
俺を“敵”として認識している。
「……いいよ」
小さく呟く。
「何度でもやる」
倒される。
再生する。
また立つ。
その繰り返しでも——
「彼女には、近づけさせない」
その覚悟だけが、俺を支えていた。
そして。
彼女は、その背中を見ながら——
確信していた。
自分が“ただの無事な人間ではない”ことを。
見えている。
動き。
意図。
まるで——
“先を知っている”みたいに。
この世界は、もう元には戻らない。
だが同時に。
何かが、“始まっている”。
——人ではないもの同士の戦いが。




