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■第3話『人間のほうが危険だった』


 ——外は、地獄だった。

 

 ドアを蹴り開けた瞬間、押し寄せる気配。

 

「っ、走れ!!」

 

 彼女の手を引いて、全力で駆け出す。

 

 背後から、無数の足音。

 引きずる音、ぶつかる音、低い唸り声。

 

 振り返るな。

 

 そう分かっているのに——

 

 視界の端に映る。

 

 崩れた顔。

 濁った目。

 人だった“何か”。

 

「……くそっ!」

 

 

 角を曲がる。

 駐車場を抜ける。

 だが——

 

「前もかよ……!」

 

 

 行く先にも、いる。

 

 囲まれている。

 

 

「……止まるな!」

 

 

 突っ込むしかない。

 

 

 彼女を背中にかばいながら、最短距離を選ぶ。

 

 腕を掴まれる。

 

「っ!」

 

 

 振り払う。

 

 だが——もう一体。

 

 さらにもう一体。

 

 

「邪魔だ!!」

 

 

 無理やり押しのける。

 

 

 その瞬間——

 

 

 ガブッ。

 

 

「——っ!!」

 

 

 肩に、鋭い痛み。

 

 

 噛まれた。

 

 

「離れろ!!」

 

 

 蹴り飛ばす。

 

 

 血が滲む。

 

 視界が揺れる。

 

 

 だが——止まれない。

 

 

「このまま行くぞ!!」

 

 

 彼女の手を、離さない。

 

 

 

 数分後。

 

 

 ようやく、人気のない裏通りへ転がり込む。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 息が荒い。

 

 肩の痛みが、じわじわと広がる。

 

 

「大丈夫……!?」

 

 

 彼女が、俺の肩を見る。

 

 

「……ああ、すぐ治る」

 

 

 そう言った瞬間——

 

 

 違和感。

 

 

 痛みが、急速に引いていく。

 

 

 数秒後。

 

 

 傷は、消えていた。

 

 

「……やっぱり」

 

 

 確信する。

 

 

 どれだけやられても、戻る。

 

 

 その代わり——

 

 

「……痛みは、消えないけどな」

 

 

 記憶として、残る。

 

 

 彼女が、ぎゅっと唇を噛む。

 

 

「ごめん……私のせいで……」

 

 

「違う」

 

 

 即座に否定する。

 

 

「俺が勝手にやってるだけだ」

 

 

 

 沈黙。

 

 

 そのときだった。

 

 

「——おい」

 

 

 低い声。

 

 

 反射的に振り向く。

 

 

 路地の奥。

 

 

 男が三人、立っていた。

 

 

 全員、武器を持っている。

 

 鉄パイプ、ナイフ、そして——拳銃。

 

 

「生き残りか」

 

 

 リーダーらしき男が、こちらを値踏みするように見る。

 

 

「……ああ」

 

 

 警戒しながら答える。

 

 

「そっちの女、感染してるか?」

 

 

 

 ——その一言で、空気が変わった。

 

 

「してない」

 

 

 即答する。

 

 

 男たちは、顔を見合わせた。

 

 

「……珍しいな」

 

 

「普通、もう“なってる”はずだろ」

 

 

 ニヤつく。

 

 

 嫌な感じだ。

 

 

「なあ」

 

 

 リーダーの男が、一歩近づく。

 

 

「その女、こっちに渡せ」

 

 

 

「は?」

 

 

 

「感染してないなら、価値がある」

 

 

 

 その言葉に、背筋が冷える。

 

 

「研究でも、交渉でも、いくらでも使える」

 

 

 

 男の目は、もう人間のそれじゃない。

 

 

 欲。

 

 

 ただそれだけが、剥き出しになっている。

 

 

「断る」

 

 

 

 即答。

 

 

 

 一瞬の静寂。

 

 

 

「……だよな」

 

 

 

 男が、銃を構える。

 

 

 

「じゃあ、力づくでいい」

 

 

 

 引き金に指がかかる。

 

 

 

「逃げろ!!」

 

 

 

 彼女を突き飛ばす。

 

 

 

 ——パンッ!!

 

 

 

 乾いた音。

 

 

 

 衝撃。

 

 

 

 胸に、穴が開く。

 

 

 

「——っ」

 

 

 

 息が、できない。

 

 

 

 視界が暗くなる。

 

 

 

 だが——

 

 

 

 倒れながら、思う。

 

 

 

(……これでいい)

 

 

 

 時間を稼げる。

 

 

 

 俺は、死なない。

 

 

 

 

 ——目が覚めた。

 

 

 

 数秒後。

 

 

 

 体は、元通り。

 

 

 

 だが。

 

 

 

 痛みと、“撃たれた感覚”はそのまま残っている。

 

 

 

「……ほんと、最悪だな」

 

 

 

 立ち上がる。

 

 

 

 男たちは、一瞬固まっていた。

 

 

 

「……は?」

 

 

 

「なんで……立ってんだ……?」

 

 

 

 当然の反応だ。

 

 

 

「……俺も知りたいよ」

 

 

 

 一歩、前に出る。

 

 

 

「でもな」

 

 

 

 視線を、真っ直ぐ向ける。

 

 

 

「彼女には、指一本触れさせない」

 

 

 

 その言葉に、男たちの表情が歪む。

 

 

 

「……バケモンが」

 

 

 

 誰かが、そう呟いた。

 

 

 

 ——ああ。

 

 

 

 そうかもしれない。

 

 

 

 でも、それでいい。

 

 

 

 彼女を守れるなら。

 

 

 

 人間じゃなくなっても。

 

 

 

 

 遠くで、再びあの足音が響き始める。

 

 

 

 ゾンビだけじゃない。

 

 

 

 人間もまた、敵になる世界。

 

 

 

 その中で——

 

 

 

 俺の戦いは、まだ始まったばかりだった。

 

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