8話 頓出茂博士、研究室で爆発に巻き込まれる
「頓出茂博士は、どこにいらっしゃるのかしら……」
「セマAIの修理に向かわれたはずです。今はセマAIからの情報にアクセスできないので、博士がいる場所が分かりません。ごめんなさい。お姉様……」
「あなたが謝ることはないのよ。愛蘭。黒鉄、あなたは何か知ってることはないの?」
愛瑞お嬢さんと愛蘭AIが、仲良く手を繋いで屋敷の中を歩いている。
その後を、彼女達を守るように執事が歩いている。黒鉄という名前らしい。強そうな彼にピッタリだ。
俺は、少し離れて彼女達の後を追いかけていた。
しかし広いな、この屋敷は。
「はい。頓出茂博士は研究所にいらっしゃるかと」
「そう、屋敷の離れに作ったという研究所ね。行ってみましょう。話を聞かなくちゃ」
愛瑞お嬢さんは、長い廊下から庭に出て歩き始めた。
この家は、離れや研究所まであるんかい。どんだけだよ。
綺麗に整えられた庭を歩いていくと、鋏とスコップを持った小さなAIロボットが動かなくなっているのを見つけた。……庭師AIかな。動いていないのは、セマAIが壊されたからかな。そうだとすると庭の管理もしているのか。凄い高性能だなあ! 愛蘭AIも驚いたけど、セマAIも記事にしたいなあ。
ドオォーン!
俺達が歩いていく先で、爆発音がした。
「爆発!?」
「お嬢様! 研究所で爆発です! 近づかないでください!」
黒鉄さんが、お嬢さん達の前に立ちはだかる。
俺には場所まで分からなかった。耳がいいんだろう。身体能力高そうだしな。
「なんですって! 研究所には頓出茂博士がいるのでしょう! 助けに行かなくちゃ!」
「お姉様、まずお姉様の安全の確保が最優先です」
研究所に向かおうとする愛瑞お嬢さんを、愛蘭AIが腕を掴んで引き止めている。
……なんてこった。セマAIを壊した奴は、まだ屋敷にいるのかもしれない。
研究所にいる博士は無事だといいが。
その頃、研究所の中の頓出茂博士は、炎と煙の中にいた。
彼はボンヤリと、自動で消火活動をするAI達を眺めている。頬を切ったらしく血が流れているが、気にならないようだ。
「……おお。ちゃんと消火活動も機能しとる。良き良き。セマAIの機能も無事に戻ったようだな。もうすぐ会話機能も復活するだろう」
ニコニコと微笑む彼を、駆けつけたsssが見つめていた。
「……………」
「sss? 見てごらん。もうすぐセマAIも元に戻るよ」
sssは呆れたように深いため息をついた。
「こんな時でも、相変わらずですね。博士」
「ん? どうした? 充電でも切れかけたか? 待ってろ。今非常時用バッテリーを出してやるからな」
sssは博士の体を持ち上げると、研究所の緊急避難用ポッドへ運び、中に押し込んだ。そして慈悲深く満面の笑顔を浮かべる。
頓出茂博士は驚いていた。
「sss!? 急にどうしたんだ!?」
「博士、あなたは今から緊急保護対象です」
「はあ? また何か面白い事を言い出そうとしているのか?」
sssは笑みを深めて、どんっと音が鳴るほど激しくポッドを閉めて施錠したのだ。
「sss!? sss!! 開けろ!どうしたんだ!」
頓出茂博士は中から激しく扉を叩いたが、sssは扉に背を向けて歩き出した。
その様子を、愛蘭AIは見ていた。
彼女は解析が追いつかずに、頬を紅潮させ涙を流した。
「sss様! どうして博士を閉じ込めるんですか!?」
「緊急保護です。それよりも愛蘭AI。愛瑞お嬢様の保護はどうしました?」
「それは……、お姉様がどうしても博士の無事を確認したいと仰るので、黒鉄様にお姉様の護衛を任せ、AIの私が様子を見にきたのです」
「よろしい」
sssは、無表情にそう答えると歩き出した。
愛蘭AIは知っている。この研究所では、命令系統は自分よりもsssの方が上なのだ。博士をポッドから出すにはsssを説得するしかない。
「sss様……。あの……」
「sssでいい。博士は無事です。愛瑞お嬢様の保護を最優先にして戻りなさい」
「……! はい……」
愛蘭AIは、sssの内部で高エネルギー反応を感じた。表面は静かに見えるが、どうも戦闘機能を内部で高めているように思われる。
sssは、自分のオリジナルモデルだ。もし戦ったとしても、起動したばかりの自分では経験値の差で負けるのは分かっている。
それに愛瑞を最優先で守ることは、自分の思考の核として設定されている。sssの言うように、愛瑞の元に戻ることが最適解に思えた。
(頓出茂博士。ごめんなさい。後で必ず出してあげるために戻りますからね。“守る”とは一体? ……sssの今の状態は“怒っている”に近い。頓出茂博士は彼に“怒り”を設定したのでしょうか。そんなことが、ありえるの? 分かりません……)
愛蘭AIは、想定外の出来事ばかりで分析解析が追いつかない。
涙が止まらなかった。
戻ってきた愛蘭AIを見て、愛瑞は酷く心配して彼女を抱きしめるのだった。
閉じ込められた避難用ポッドの中で、頓出茂博士は激しく落ち込んでいた。
(よく分からんが、sssが怒っている。なぜだ? わからん。sssがやるなと言っていた真夜中のラーメン食べたのがバレたのか。それともアレか? 買うなと言っていた最新ヘンテコマシーンとやらを買ったのがバレたか?)
彼は、ポッド内の大型クッションの上に寝転んで、体を伸ばした。
(今できることを考えよう。しばらく出られそうにないなあ……)
sssは、屋敷の中を音も立てずに無表情に歩いていた。
彼が向かったのは、屋敷の管理をしているセマAIのコントロールルームだ。
コントロールルームの鍵は閉まっていた。
sssの瞳が銀色に静かに煌くと、鍵が施錠され、扉が静かに横へ開いた。
そこには、顔面蒼白になった紅光院博士が立っていた。彼女は恐怖で後退り、白い壁に背中をぶつけた。
「sss……!」
「あなたは、やり過ぎました。頓出茂博士を傷つけた」
ゆっくりとsssは、部屋の中へと歩いてくる。
紅光院愛織の体は、ガタガタと震えだした。
「セマAIを傷つけて愛瑞お嬢様を脅すくらいなら、見逃してあげたのに。どういうつもりですか? 極貧だった博士と僕を拾ってくださった貴女には、感謝していたのに」
愛織は、愛瑞を守るAIロボットを作る構想を練っていた時、頓出茂博士のレポートを見つけた。
完全自立思考のAIロボットsssの事が書かれていた。sssは頓出茂博士の保護を、自らの意思で決めたらしい。
その為にAI界隈では、sssはポンコツ扱いされて、頓出茂博士は嘘つき扱いされていた。
愛織は、最初はあまり期待せずに、頓出茂博士とsssに会いにいった。sssは予想を超える高性能だった。
愛織は、「これだわ!」と考えた。
愛瑞を守るためだけのAIロボットを作る。
誰よりも何よりも愛瑞を守るためだけの存在。
それが出来れば、愛瑞を守り抜けるだろうと。
そして頓出茂博士に共同研究を申し込み、屋敷の離れに研究所まで作り、愛蘭AIを完成させたのだ。
愛蘭AIのオリジナルモデル、それがsssだ。
完全自立思考型AIロボットsss。
その瞳が今、ほのかに銀色に輝いている。
それが愛織に恐怖を感じさせた。
「セマAI。私をsssから守って!命令よ!」
この屋敷を管理しているセマAIの最上位の命令権は、愛織にある。
しかしセマAIは沈黙したままだ。すでに起動して対話もできるはずなのに。
sssは、ゆっくりと近づいてくる。
「セマAI!? セマAI!!」
「残念ですが、セマを僕の支配下に置かせていただきました」
「そんな……」
愛織は力なく崩れ落ちた。
セマAIは愛織と頓出茂博士が作り上げた、屋敷管理も籠城もできる最高傑作のAIなのに。
信じがたいが、セマAIの沈黙がそれを物語っていた。
愛織は悔しくてたまらなくなった。
愛瑞を守る為に、長年努力してきた事を否定された気がした。
彼女は、sssを睨みつけて叫んだ。
「……教えてよ、sss。あなたは、こんなに強いのに。頓出茂博士から完全自由意思を与えられたのに。どうして確固たる意思をもって、頓出茂博士を守るの? どんな命令を受けたの? 愛蘭AIは……、あれでは愛瑞を守れないわ。あの子を守る為に作ったのに……」
sssは困ったように、ため息を吐く。
「何か勘違いされているようですが、頓出茂博士は僕に命令したことはありませんよ。お願いするだけです。博士を保護対象に選んだのは僕自身の意思です」
愛織は、気持ちを押さえられなくなった。
彼女は思い出す。
愛蘭の葬式を出した時に誓ったのだ。
どんな事をしても愛瑞を守り抜くと。
部屋にこもり、壁をボンヤリと眺め続ける愛瑞が心配でたまらなかった。
愛蘭AIを完成させて愛瑞に会わせた時、愛瑞の目の焦点があった。そして、愛瑞は元気に動けるようになっていった。
「愛蘭AIを見た愛瑞が元気になってくれて、本当に嬉しかった」
愛織は喋りながら、後ろに回した手で手動で部屋のロックを開く。
「でも、あの子が外に出て傷つけられるくらいなら……あの頃の方がマシだったわ」
彼女は一瞬で扉を抜けて、外へ飛び出すと、手動でルームを閉じてロックした。たいした時間稼ぎにはならないだろう。相手はセマAIを支配下におけるsssだ。
愛織は走り出した。
手には、自作のスタンガンを持っている。
「守る為には、危ない所に行けないようにしてあげなくちゃ」
愛織は、愛瑞たちが待機している応接間に駆けつけた。
ソファーに愛瑞と愛蘭AIが座り、執事の黒鉄が入り口にいた。
「叔母さま! 無事だったんですね。良かった。頓出茂博士は……」
「大丈夫でしょう。彼にはsssが付いているもの」
駆け寄る愛瑞に、愛織はスタンガンを向ける。
「これは愛蘭AIの仕事です」
どこからかsssの声が聞こえた。
「きゃー!!」
愛瑞の悲鳴が響き渡った。
愛瑞と愛織の間に、愛蘭AIが割り込んで、スタンガンを受けている。
「やめて! 愛蘭を傷つけないで!」
愛瑞は記憶がフラッシュバックする。
昔、双子の愛蘭と誘拐されたのだ。臓器を取られたり、何処かに奴隷として売られると誘拐犯が話しているのを聞いてしまった。
逃げようとした時に犯人達に銃で撃たれた。自分を庇って愛蘭は亡くなってしまった。
昔の事が蘇ってくる。
「逃げて! もう私を庇って死んじゃ駄目よ!!」
何かが焦げる嫌な匂いがする。
愛瑞は泣き叫んだ。
「いやあああ!」
混乱する愛瑞を、優しく抱きしめる者がいた。
「大丈夫です。お姉様。落ち着いてください」
愛蘭AIは、愛織の腕を締め上げてスタンガンを落とさせていた。
彼女の皮膚が傷つけられて剥き出しの機械が見える。
愛瑞は驚いた。そして理解してしまった。
「愛蘭じゃない……」
「はい。違います。私は撃たれても大丈夫です。お姉様……」
微笑む愛蘭AIを、愛瑞はまじまじと見つめた。
一緒に育ってきた双子の姉妹の愛蘭ではない。
でも、確かに、目の前の彼女は愛蘭なのだ。
愛織はそんな二人を見て、泣きそうな顔で微笑んだ。
「ちゃんと守れるじゃないの……」
執事の黒鉄が、申し訳なさそうに愛織に近づいてきた。
「愛織様。申し訳ありませんが、今回の騒動はご当主の紅光院伊織様に報告させていただきました」
「兄さんに……。そうよね。これだけの騒ぎになったら、連絡がいくわよね……」
「お部屋でおとなしく待機していただけますか。私も手荒な事はしたくありません」
「分かったわ……」
重苦しい雰囲気の中で、愛織は黒鉄に連れられて部屋から出ていこうとしていた。
突然、玄関の扉が開かれる。
上品な白髪と白髭のお爺さんが現れた。
「ご無事ですか!? お嬢様方!」
取材に来ていた岸矢は悩んでいた。
セマAIを壊したり、研究所を爆発させた犯人は、紅光院博士だったのか。愛瑞お嬢さんを守りたい気持ちが暴走してしまったんだろう。
俺も何かできることはないかと思って、黒鉄さんについていった。何度か話しかけようとしたが、全部タイミングを逃した。
そして突然現れた老紳士が何者かも気になる!
だがしかし、それよりも気になることがある。
「……俺って、そんなに存在感ないんだろうか」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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