7話 お嬢様、探偵になりたがる
「悪い犯人は、私が見つけて捕まえてさしあげます! そうね、私探偵になります!」
「愛瑞……!」
「お、姉様……!」
「グホッ……」
愛瑞お嬢さんが、突然叫んだ。
俺は喉に引っ掛かったあんバターにむせた。
美味いあんバターに夢中になっていて、不意をつかれたのだ。恥ずかしい
彼女は目を吊り上げ、頬を赤らめて右拳を握りしめている。本気らしい。
話を聞いた限りでは、長い間、部屋に閉じこもっていたらしい。まだ将来を夢見る年頃なんだろうな。
若いって眩しいな。
その一方で、紅光院博士は顔を青ざめさせている。
愛蘭AIは、目を見開いて涙ぐんでいた。
「貴女は、外の恐ろしさを分かっていないわ!」
紅光院博士が不安げに叫ぶ。
愛瑞お嬢さんも負けずに睨み返した。
「恐ろしいからと閉じこもっていても、事態は変わらないわ。できることはするべきです! 自分で調べて考えられる大人になりたいの」
「愛瑞、これは遊びじゃないのよ」
「分かっています!」
愛瑞お嬢さんは、きっぱりと言い切った。
「だからこそ、セマAIを攻撃した犯人を見つけるんです! 犯人が何者なのか、どうして攻撃したのか。知らないままでは、また同じことが起こるかもしれません!」
紅光院博士が言葉を失う。
愛瑞お嬢さんは、胸を張って力強く微笑んだ。
世間知らずの箱入り娘と思ってはいたが、しっかり考えているんだなあ、と俺は感心してしまった。
「手始めにセマAIを攻撃した犯人を見つけて、私がやっつけます!」
……それは探偵というより、正義の味方じゃないかな。
俺はそう思った。だが、口には出さなかった。
「愛瑞!」
紅光院博士が慌てて立ち上がった。
「待って。落ち着いてちょうだい。犯人を探すなんて危険なことを、貴女がする必要はないのよ。そうでしょう?」
「どうしてですか?」
「それは……」
紅光院博士は一瞬言葉に詰まった。
「大人がやればいいことでしょう?」
紅光院博士は、心配そうに愛瑞お嬢さんを見つめている。
彼女は、愛瑞お嬢さんを実の娘みたいに可愛がってるんだなあ。確か姪だったはずだよな。
「大人だって危険なんですよね?」
「そうだけど……」
「それなら、私だけ何もせずに守られているなんて嫌です」
愛瑞お嬢さんの声は、先ほどより静かに響いた。
意思の強さを感じさせる。
「私は、自分のこの目で世界を見たいの。怖いことも、楽しいことも。愛蘭と一緒に。何が起こっているかを知らないまま、部屋の中でずっといるなんて嫌なんです」
紅光院博士は苦しそうに眉を寄せて、愛瑞お嬢さんから目をそらした。
愛瑞お嬢さんは、その横を通り過ぎようとする。
「待ってください! お姉様!」
今度は、愛蘭AIが愛瑞お嬢さんの前に立った。
「お姉様をお守りするのは、私の役目です」
「愛蘭は私に守られていればいいの!」
「……え?」
愛蘭AIが固まった。ほんのり頬が赤くなっている。
「お姉様……?」
「愛蘭は私の大切な妹でしょう? 危険なところに行くのなら、私が守るわ!」
愛瑞お嬢さんは力強い瞳で、愛蘭AIの瞳を覗き込んだ。彼女は心からそう言っていると、見ている俺にも伝わってきた。
「ですが、私は……」
「いいのよ!」
「……私は、どうすれば……」
愛蘭AIが、困ったように首を傾げる。
保護対象に「あなたは私に守られていればいい」と言われたら、AIも戸惑うんだなあ。
これは記事のネタになるかな。
……いや、今はそれどころじゃないかなあ。
愛蘭AIは、愛瑞お嬢さんと紅光院博士を交互に見つめるようになった。
どうやら、自分の中にある「お姉様を守る」という判断と、愛瑞お嬢さんの「愛蘭を守る」という意思が、うまく噛み合っていないらしい。
愛蘭AIの瞳が、ほのかに銀色に輝き、揺れている。
「お姉様……私は、お姉様に守っていただく必要はありません」
「私が必要だと思ってるのよ!」
「ですが……」
愛蘭AIの動きが、少しぎこちなくなったように見えた。まるで、次の行動を決めかねて迷っているように見える。
AIなのに? AIだからか?
「愛蘭!」
「はい!」
「私の言うことを聞いて!」
「……はい」
愛蘭AIは、しゅんと肩を落とした。
それが、なんだか姉に叱られた妹のようにも、俺には見えたのだ。可愛いなと思ってしまった。
紅光院博士は、そんな二人のやりとりを見つめ、そして何かを決意したように口を開く。
「愛瑞。貴女にはまだ――」
「また外は危険だって言うんでしょう?」
「……そうよ」
「なら、なおさら調べるべきです!」
愛瑞お嬢さんは、一歩も引こうとしない。
やがて、屋敷の奥から足音が聞こえてきた。
戻ってきたのはsssだった。
なぜか、ものすごくドヤ顔をしている。
「ご報告します」
sssは胸を張るように言う。
「あと15分ほどで直るそうです。頓出茂博士は天才ですから。ご安心ください」
「……」
俺は思った。
博士を自慢したかったんかい。まあ、気持ちは分かるけど。
……って、待て。
AIって、自分が尊敬している相手を自慢したいような気持ちまであるのか?
感情があるのか、プログラムなのか。
俺には、まだよく分からなかった。
「ほら!」
愛瑞お嬢さんが、大輪の花が開くように嬉しそうに笑って言った。
「もう大丈夫じゃない! 心配して損したわ」
紅光院博士の顔が、わずかに引きつっている。
「行きましょう、愛蘭」
「はい?」
「どんな敵が我が家を攻撃したのか、知っておくべきでしょう?」
「お姉様、それは……」
「敵の手口を知るのは、探偵の仕事よ」
「探偵……」
愛蘭AIが、その言葉を繰り返した。
愛瑞お嬢さんは、嬉しそうに頷いている。
「そうよ。まずは頓出茂博士に話を聞きに行きましょう」
「あ、お姉様……」
愛瑞お嬢さんは、困った表情の愛蘭AIの腕を引っ張って、楽しそうに歩いていく。
その姿を見送っていた紅光院博士の顔色が、どんどん悪くなっていった。
そして突然、彼女は頓出茂博士が去っていった方へ走り出した。
どうしたんだろう?
「変なところで優秀なんだから……!」
紅光院博士が小さく呟く。
俺には、その言葉の意味がよく分からなかった。
ただ、愛瑞お嬢さんが探偵になると宣言してから、紅光院博士の様子が明らかにおかしくなったと思う。
何か困ることでもあるのだろうか?
俺が考えている間に、若い執事も慌てて彼女達の後を追いかけていった。
お茶会の席には、俺だけが残っていた。
静かになったお茶会のテーブルを見回す。
そして思った。
(俺の取材は、どこへ行っちゃったんでしょうね……)
待て待て。落ち着け、俺。
振り返って事態を整理してみよう。
事件が起きたんだ。
屋敷の管理セマAIが攻撃された。
そして屋敷が警戒態勢になった。
愛瑞お嬢さんが探偵になると言い出した。
博士達は事件を調べに行ってしまった。
俺はというと――。
あんバターを食べている。美味い。
……まあ、取材記者としてどうなんだと恥ずかしく思わなくもない。
でも、美味いものは美味いんだ。高級品だと分かるしな。
俺は残ったあんバターを口の中いっぱいに押し込む。
「……美味いな」
それから、慌てて彼女達の後を追いかけることにした。
せっかくの取材である。
美味いあんバターも食って、記事書いて原稿料もいただけりゃ、良い仕事になるだろう。
何が起こっているのか、俺も自分の目で確かめてみたいしな。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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