5話 泣いてほしくない
紅光院博士は、震える声で言った。
「“約束”……?」
「そうよ! 愛蘭と約束したの。一緒にいろんな世界を見て体験して大きくなろうって!」
俺は必死で頭をフル回転させて考える。
亡くなった双子の妹との果たせなかった約束を思い出していたのか。
生前にしてた約束か。重いな……。
「愛瑞、駄目よ……。外は危ないの。貴女が元気になったのは、とても嬉しいわ。家の中で経験すれば良いのよ。何でも用意してあげるわ」
「そんなんじゃ駄目! 分かってよ、叔母様……」
愛瑞お嬢様は、涙ぐんで項垂れてしまった。
愛蘭AIが心配そうな仕草で、お嬢様の手の上に手を重ねた。そんな仕草も人間そっくりで、胸の中がキュンとなってしまった。
「……駄目よ。駄目……」
紅光院博士はフラフラと立ち上がると、気分悪そうに屋敷に戻っていった。
……あの、俺の取材はどうなったんでしょうか。
誰か、教えてくれませんか。
頓出茂博士は、愛蘭AIの動作を確認してニコニコしている。
あんたは、人の心をどこへ置いてきたんだ。
SSSは謎の踊りを踊っている。
俺はもう、何処を突っ込めばいいのか分からない。
「お茶のお代わりはいかがですか。お気持ちも柔らぐかと」
執事の黒鉄が、無駄のない動きでティーポットを持って愛瑞お嬢様に話しかけた。
流石だよ。あんたは執事の鏡だ。
「そうね、いただくわ。愛蘭、心配しなくていいの。私が叔母様を必ず説得してみせるから」
「お姉様…… 。お姉様、私はまだ分かりません」
「分からないの?」
愛蘭AIがお嬢様の手を両手で包み込み、真っ直ぐな瞳で答えた。
「約束を守ることと、大切な人を心配させないこと。……どちらが正しいのか、私には判断できません。ですので、一緒に考えていただけますか」
なんて思いやりのある言葉なんだ。
俺は心が震えて、しばらく言葉が出なかった。
「そしてお姉様……。無理はなさらないでください」
愛蘭AIは、視線を下に落として少し沈黙した。
「……私は、お姉様に泣いてほしくないと判断しました」
「愛蘭、ありがとうね。そうよね、一緒に考えていきましょうね」
お嬢様が泣き止み、二人の美少女がお互いを思いやるように微笑む。
美しい光景だ。破壊力が凄い。尊い。
俺は胸の奥までジーンと締め付けられた。
「人間の情緒を理解しておる。解析が素晴らしい。簡単に答えを出してはいけない問題だと理解したのだ」
「良かったですね。博士」
「うん。想定以上の結果に大満足だ」
隣から、情緒もへったくれもない会話が聞こえた。
……俺の感動を返してくれ。
しばらくしてから、紅光院博士が戻ってきた。
表情も落ち着いてる気がする。良かった。
黒鉄さんが熱いティーポットを持ってきて、彼女の前に置く。彼女は熱い紅茶を飲むと、少しだけ唇をあげて微笑んだ。
うん。美女の笑顔は目の保養になるなあ。
気持ちを落ち着かせてきたんだろう。
俺は取材を始められそうだと期待した。
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