16話 君の意見を聞かせてくれ
「俺は間違っていたのか? この俺が、レオンを見失っていたというのか……」
ブルーの目から熱い涙が溢れ、頬を伝って流れ落ちた。涙を拭おうとサングラスを外すと、気の弱そうな灰色の瞳が現れた。
バンド仲間たちは、ブルーを抱きしめて、慰めるように言った。
「気の弱いおまえが、頑張っていたのは知っているよ」
「この業界は、舐められたら終わりだもんな」
「…………」
「ギターAIのローンも残ってるんだろう。だから、ちゃんとおまえの指示通りにやってきただろう」
「俺たちでレオンの音楽を未来は繋いでいこうぜ」
「ありがとう……ありがとう!」
そして、ブルーは小声で気弱そうに言った。
「一つだけ、変更したいことがある。俺が一番好きだったレオンの曲を、ライブでやってもらってもいいだろうか…」
「やろうぜ。観客には最高の演奏を聴かせてやるさ」
スタッフが叫んだ。
「もう全部、データは入れてあるんです! ギターAIだって、今から変更なんて出来ませんよ!」
ブルーはガッカリした。
レオンの人気曲ではなかったが、コアなファンなら馴染みのある曲をライブで聴きたいと思うはずだ。だが、突然の変更は、やはり無理があるらしい。
ヒョコヒョコと頓出茂博士とsssが、ブルーたちに歩み寄ってきた。
愛瑞と愛蘭AIは抱き合っており、彼女たちを庇うように、岸矢が彼女たちの前に立っている。
博士は無邪気に笑って言った。
「できるよ」
「え? 本当ですか!?」
「うん。できるよね? ギターAI。だって君は、最新のAI技術とレオンのデータを惜しげもなく搭載された、最高レベルのギターAIだもの」
ギターAIは、静かな器械音で答えた。
「はい。変更可能です。どのナンバーを何曲目に入れますか?」
「ほらね」
頓出茂博士が、優しくギターAIに触れた。
技術的なことはブルーには分からなかったが、まるで魔法使いのようだった。そして、ギターAIが気持ちよさそうにしているのを感じた。
ブルーは、魂が震えるような感動を覚えた。
今まで自分がやってきたことは、無駄なことではなかった。何かが心の中で、そう叫んだ。
遠いどこかで、レオンが微笑んでいる気がした。
頓出茂博士は、ブルーが意見を言うのを待っていた。
「そうですね。それでは…………」
結果から言えば、ライブは大盛り上がりだった。
ブルーがリクエストした曲は、アンコールで演奏された。
人気曲ではなかったが、感動して泣き出す観客もいて、拍手はいつまでも鳴り止まなかった。
ライブ終了後も、グッズ売り場には長い行列ができ、完売する商品も出た。
ギターAIのステッカーやピック、キーホルダー 。ギター型クッキー缶にTシャツ。レオンの写真集に限定ライブ映像、ギター型の貯金箱まで、飛ぶように売れた。
高級フェンダー模型の予約も殺到した。
ライブは大成功だった。
頓出茂博士達も、ステージの裏の部屋で、小さな画面を通してライブを見ていた。
愛瑞は、カッコいいライブに夢中になっていた。
「私もギターを習ってみようかしら! かっこいいし、楽しそうよね」
「お姉様なら、きっとかっこいいです。……私も……私も一緒にギターを弾いてもいいですか?」
「もちろんよ! かっこいいって、愛蘭も思ったの?」
「かっこいい分類だと判断しました。……私は、好き、な曲を言えるようになりたいと……」
「そうね! 一緒に見つけましょう、大好きになれる曲を」
「ありがとうございます。お姉様」
愛瑞は、愛蘭AIを抱きしめた。
愛瑞にとって、愛蘭AIは亡くなった妹の生まれ変わりだった。
愛蘭AIが何かをやりたがったり、自分の好きなものを見つけたいと言い出したりすることが、嬉しくてたまらなかった。
岸矢も彼女たちを見て、微笑ましそうに笑った。そして、考え込んだ。
(ブルーさんは、最初は「商業主義の主催者」だと思ってたんだけどなあ。レオンの音楽を、金儲けの道具としてだけ見ていたわけではなかったんだろうな。むしろ、誰よりもレオンの音楽を残そうとしていたんだ。
借金を背負ってまで、ギターAIにはレオンの演奏データを大量に入力していた。本人の癖や好きなフレーズ。「こういう時、レオンならこう弾くだろう」というところまで……。
本来は気の弱い男が、大好きなもののために立ち上がり、戦っていたんだ。俺、こういう話に弱いんだよなあ……)
岸矢は、熱くなった目頭を、こっそりハンカチで拭いたのだった。
頓出茂博士は画面を見ながら、満足そうに頷いていた。sssも可愛らしく、博士にお茶のお代わりを注いでいる。
「うんうん。いいね。急なプログラム変更にも問題なく対応している。音の響きも素晴らしい。大事にされてるね」
「博士、また変な機能を追加してあげようなんて考えてないでしょうね?」
「お、思ってなんかいないよ!? 思ってなんかいないとも!」
ライブ終了後、頓出茂博士達は、紅光院家が手配した迎えの車で帰ることになった。
ブルーは、わざわざ見送りに来てくれた。頓出茂博士に名刺を渡して、また来て欲しいと笑った。
気持ちのいい一日だった。
深夜。
誰もいない真っ暗な部屋に、灯りがともった。
室内には、厳重なセキュリティロックが施されたギターAIが置かれていた。
ブルーが、こっそりと一人で入ってきた。
「やあ、ちょっといいかな」
「どうぞ」
「今夜もレオン・ハートの演奏を頼むよ。今回はフリーで」
「了承しました」
ギターAIは、泣くように、歌うように演奏を始めた。
ブルーは幸せそうに聴き入っていた。
やがて、ブルーの時計のタイマーが鳴り響いた。
「時間だ。残念だが帰るよ」
「了承しました」
ブルーはギターAIに背を向けて、立ち去ろうとした。
いつもなら無言で別れるのだが、その時、最後にギターAIが尋ねた。
「ブルーさん。明日も来ますか?」
「……ああ。たぶんな」
抜けるように青い空の下、ブルーたちは次のライブに向けて会議室に集まっていた。
日本での公演は大成功だった。
記者が書いた記事も好意的だった。
スポンサーたちも、継続して投資してくれることになった。
会議では、スタッフたちが、これまで通り人気曲を中心に演奏する案を出してきた。今回それで成功したのだから、次も同じやり方でいけばいいと考えたらしい。
一方、バンドメンバーたちは、レオンの未発表曲を完成させて発表したいと申し出た。
ブルーは、日本公演の成功によって、ギターAIのローンを完済できていた。
少し新しいことも試して、今までとは違う刺激を生み出してみたい。そんな思いもあった。
日本公演でギターAIの自由演奏が話題になったことで、ファンが求めているものは、人気曲だけではないと気づいたのだ。
ブルーは、しばらく黙って考え込んだ。
どの意見も素晴らしいと思う。
どれも人々の心を惹きつけるだろう。
だが、まだ大事な意見を聞いていない。
そう思った。
そしてブルーは、会議室の奥の席にいる者を見つめた。
「……君の意見を聞かせてくれ」
会議室が静まりかえった。
皆が会議室の奥にいる者を見つめ、その言葉を待った。
そこには、レオンのギターAIがいたのである。
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