15話 俺は間違っているのか
ギターAIは、ブルーの希望通り演奏を続けた。
レオンがまだ売れなかった頃に演奏していた曲から、晩年に作られたものの、未完成のまま終わった曲まで。熱く、悲しく、時折励ますように力強く、さまざまな曲が奏でられていく。
やがて、ブルーの目に透明なものが浮かび、涙が零れ落ちた。まるで大切な誰かに再会できたかのように、ブルーの体は震えた。
「そうだ……。俺は、このレオンの癖が好きだったんだ」
レオン・ハートは、インタビューでこう言っていた。
「観客が望む曲を弾くことも音楽だ。でも、それだけが音楽じゃないだろう?」
生涯を音楽に捧げたミュージシャンだった。
彼の葬式には、世界中から何十万人ものファンが訪れた。
しかし、時が経つにつれて新しい音楽が次々と現れ、レオンは忘れられそうになっていた。
ブルーは、レオンが大好きだった。
ファンクラブに入り、彼の音楽やニュースを集めて部屋を埋め尽くした。レオン本人に会い、握手をして言葉を交わしたこともある。その時のレオンの笑顔は、今でも思い出せる。
ブルーはアルバイトをして安いエレキギターを買い、毎日レオンの曲を弾いていた。弱虫でいじめられっ子だった自分を慰めてくれる、唯一の楽しみだった。
ある日、そのギターを乱暴者の兄が欲しがった。兄の横暴を前に、家族までがブルーにギターを譲るように強いた。ブルーは家族の横暴に逆らえず、泣き笑いのままギターを諦めるしかなかった。
そんな時、レオンに会えるイベントの抽選に当選した。
実際にレオンを目の前にすると、そののオーラに圧倒され、ブルーは何も言えなくなってしまった。体が固まり、喉もひきつれ、口の中はカラカラに乾いていた。
レオンは立ち上がり、手を伸ばしてブルーと握手をしてくれた。
暖かくて、優しい手だった。
冷たく傲慢な家族とは違う。レオンとの手の温もりが、ブルーの心にこびりついていた冷たく暗い思いを、溶かしてくれたのだ。
その時、ブルーはレオンの指先に、大きく分厚くなったギターだこがあることに気づいた。
一日中、毎日ギターを弾き続けていなければ、できないような大きなギターだこだった。
(レオンは、俺の何倍も何倍も努力して笑っているんだ……。俺はこんなに頑張れない。レオンは本当に凄い……! 俺も少しでも彼に近づきたい)
レオンは、ブルーにとって人生の師であり、何よりも大切な存在になったのだ。
だからこそ、レオンが亡くなった後、世間から忘れ去られることが、どうしても許せなかった。
ブルーは、レオンの遺族から許可を得て、レオンが愛用していたフェンダーギターをAIに改造した。金に糸目をつけず、膨大な演奏データをギターAIに搭載した。
その改造費のローンは、今も残っている。
レオンの音楽が、いつか懐かしいだけのメロディとして扱われることのないように。ブルーは人を集めて会社を起こし、海外ツアーも行った。
しかし、ツアーを続けるには莫大な資金が必要だった。スタッフの給料も、福利厚生もしっかりしてやりたかった。
いつの間にか、ブルーの頭の中は金の計算でいっぱいになっていた。
弱い姿を、他人に見せるわけにはいかなかった。
不安や弱さを見せてしまえば、スポンサーが不安になり、離れていくかもしれない。
気の強い男を演じ、「金の亡者」と呼ばれても、高級なスーツを着て、強く見えるように振る舞った。
しかし、自分の部屋に戻ると、レオンの音楽を大音量で流し、気になって仕方のないSNSをスマートフォンで確認しては、涙を流した。
気の弱そうなたれ目を隠す為に、色の濃いサングラスを常にかけて誤魔化した。
利益を生み出すため、ライブではレオンの人気曲ばかりを演奏させるようになった。
レオンのギターAIもまた、「人気曲を正確に再現するAI」として世間に認められた。
この日本での追悼コンサートを成功させれば、次のツアーへの資金をスポンサーが出してくれることになっていた。ギターAIのローンも、支払いの見通しが立つはずだった。
だから、絶対に成功させたかった。
日本でAIロボットの分野に名を知られる紅光院家。その家のお抱えのAIロボット博士を、メンテナンスのために呼んだのだ。
ブルーは、一つだけ知らなかったことがあった。
紅光院家お抱えの博士とは、紅光院愛織のことだった。彼女はある事件のため、療養中だったのである。
そして、頓出茂博士は、彼女が拾ってきたことをきっかけに、紅光院家で雇われることになった博士だった。
ギターAIは、泣くように、歌うように、演奏を続けた。
そして、ライブでは演奏されることのなかった、レオンが好きで気ままに奏でていたタイトルのない曲を弾き終えた。
それは未発表曲だった。
ブルーは無言で立ち尽くしていた。
頓出茂博士達は、怒られそうな雰囲気に慄いて、部屋の隅で固まっていた。
sssは博士の影に隠れて、微笑んでいた。
その時、外にいたスタッフが扉を開けて、慌てて大声で叫んだ。
「ブルーさん! 問い合わせが殺到しています! 今の音源は何ですかって。回線がパンクしました!」
「レオンの曲だ」
ブルーは感情を押し殺した声で、低く伝えた。その迫力に、スタッフたちはブルーが怒っているのだと感じて黙りこんでしまった。
「ブルー! 今の曲は何だ!?」
「レオンの往年の人気ナンバーをやるんじゃなかったのか!」
その時、部屋に入ってきたのは、ギターAIと組んでライブを行うバンドメンバーたちだった。
部屋に雪崩れ込んできて、ブルーに詰め寄った。
彼らもレオン・ハートの大ファンであり、ブルーの志に賛同した仲間だった。
「今のは……レオンの未完成の曲だ。晩年に弾いていたもので、データに残っていたからギターAIに入れてもらったんだ」
「レオンの……未完成曲!?」
「ギターAIが、なぜか自由に演奏をしていたようだ。すまない。大事なライブの前に騒ぎになってしまった」
ブルーは潔く謝罪した。
バンドメンバーの精神状態や体調を管理することも、大切な仕事だった。彼らの状態は、ライブの出来にも影響してしまうのだ。
今からでも、彼らに気持ちを整えてもらい、ライブを成功させなければいけない。
ブルーはそう思った。
「何を言ってるんだよ! 外の騒ぎを知らないのか? 皆、今流れた曲をライブでやってくれるんじゃないかって、大騒ぎしてるんだぞ!?」
「……なんだと!? そんな馬鹿な……。今演奏されていたのは、マイナーなナンバーや、レオンが好きで弾いていただけの曲だ。人気曲じゃないのに」
バンドメンバーは、おかしそうに笑って言った。
「何を言ってるんだ! それも含めた全部がレオンだろう」
「マイナーな曲が好きってファンも多いんだぞ。おまえもそうだろう! いつもレオンの難解なフレーズや演奏について熱く語ってるじゃないか」
まるで雷に打たれたように、ブルーの体が震えた。彼の体から力が抜けて崩れ落ちていく。
そして、サングラスの下から、熱い涙が一滴零れ落ちた。
うめくように、ブルーが呟いた。
「……俺は間違っているのか……?」
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