17話 余話
青い空に白い雲。爽やかな風が吹き抜ける紅光院家の中庭で、俺は和風のお茶会の席に座っていた。
黒漆の和風の器に、栗羊羹が上品に盛られている。
目の前には、美しい紅葉模様の着物を着た愛瑞お嬢さんと愛蘭AI、そして、いつも通りの頓出茂博士とsssが座っていた。
執事の黒鉄さんが、俺に尋ねてきた。
「志賀内様。お茶は何がよろしいでしょうか」
「え、あの、お任せします」
「かしこまりました。ではまず、栗羊羹と自然に調和する、焙煎の香りがよいほうじ茶をおすすめいたします。お口直しに、すっきりとした煎茶はいかがでしょうか」
「あ、はい。ありがとうございます……」
(よく分からんが、おすすめなら大丈夫だよな……)
俺は、紅光院家からお茶会の招待状をもらい、再びここへやってきたのである。
俺がレオンのファンだと知ったお嬢さん達が、レオンのことを聞きたいと招待してくれたのだ。
飲み屋ではなくお茶会というところが、お嬢さんたちらしいと俺は思った。
レオンの生涯や、彼が音楽について語っていたことを教えると、お嬢さんたちは目を輝かせて喜んでくれた。
美少女たちの笑顔、ごちそうさまです。
頓出茂博士は、聞いているのかどうか分からない様子で、栗羊羹やお茶を楽しんでいた。
博士のお世話は、sssが担当しているようだった。
レオンについてかなり話したな、と思っていた時だった。
頓出茂博士のところに、テレビ電話がかかってきた。
ブルーさんからだった。
博士は無頓着にも、その場でつないでくれと言った。
「いや、あの、俺、席を外しましょうか? お仕事じゃないんですか?」
「ん? いや、かまわんよ。ブルー君も急ぎだろう。要件だけ先に聞くよ」
「ええと……」
(重要な案件だったらどうするんだよ!)
俺が迷っている間に、セマAIが中継してくれた。中庭の一角に、大きな映像が広がる。
ブルーさんと会議室の様子が映し出された。ギターAIの姿もある。
ブルーさんによると、未発表曲を完成させて販売することが決まったそうだ。
ギターAIの件で世話になった頓出茂博士に報告しようと、会議で決まったらしい。
強面のブルーさんが、画面いっぱいにサングラスをぎらつかせている。
俺は、彼が気の弱さを隠すためにあの格好をしていると知っている。
だが、事情を知らない相手には、喧嘩売っているようにしか見えないだろう。
「最新曲は、『Could You Rock It? You Obviously Know Absolutely Nothing!』!
ロックできるかって? お前、何も分かってないだろ!
略して『CURI-YO-KAN!』です! 素晴らしいでしょう!」
それを聞いていた俺は、お茶を吹き出した。
(くりようかん…!?)
「最高だね!」
頓出茂博士が答えた。
博士は、栗羊羹を食べている。
「薄皮一枚分残した渋さが心に突き刺さるね」
「そうでしょう! これは最高です! さすが頓出茂博士です。分かっていらっしゃる!」
電話の向こうでは、ブルーさんと会議室の人たちが嬉しそうに盛り上がっていた。
ギターAIが、小気味のいいリズムを刻み始めた。
俺はまだむせていた。気管にお茶が入ってしまったのだ。
「ブッッッ!! ゴホッ、ゴホッ!!」
(ロ、ロックな栗羊羹って……!? わざと狙った!? まさかなあ。なんでロックな英語なのに、こんなにおいしそうな略称になるんだ……!)
ブルーさんは誇らしげに鼻息を荒くした。
「そうでしょう! そうでしょう! きっと新規のファンも獲得できます! レオンの音楽は永遠です!」
岸矢は不思議になって、博士に聞いてみることにした。
どう見ても、博士はレオン・ハートのファンではなさそうだからである。
「いや、博士! 今の曲名のどこを評価したんですか!?」
博士は栗羊羹を一つ、口に放り込んだ。
「栗が入っておる」
「そこなんすか!?」
ブルーさんは、不満そうに鼻を鳴らした。
「君は志賀内君だったかな。曲名の意味も理解せずに批判するとは。やはり、You Obviously Know Absolutely Nothing!」
「なんで俺が曲名に攻撃されてるんすか!?」
岸矢にとって、ブルーさんは尊敬するレオンファンである。
そのブルーさんに不満そうな態度をとられて、心が傷ついた。
sssは面白そうに笑って言った。
「博士! これは売れますよ。サビで全員が『クリ!ヨウ!カン!』と叫べば、ライブも物販コーナーもきっと盛り上がります」
「クリ! ヨウ! カン!」
「おかわり!」
セマAIと頓出茂博士が、合いの手を入れた。
愛瑞お嬢さんと愛蘭AIも楽しそうに笑い、お茶会はライブ会場のように盛り上がり始めた。
俺は、真面目に考え込んでしまった。
「……ライブ会場で栗羊羹のグッズを売るつもりですか? ファンは混乱しませんか?」
ブルーさんは、ファンが好きなものを語る時の熱っぽい声で言った。
「奇しくもレオン・ハートは、日本に来た時に栗羊羹を気に入って、必ず食べていたのです! 今度のツアーの物販の目玉が決まったな。必ず売れる!」
「本当に売る気だったのか!!」
俺は思わずツッコミを入れてしまった。
画面の向こうのブルーさんは、誇らしげだった。
「当然、世界ランキング第1位を目指します」
中庭からは分からなかったが、ブルーさんの膝は震えていた。
会議室の仲間たちは、それを気づかないふりをしてあげていた。
そして、頓出茂博士は気恥ずかしそうに咳払いをした。
おずおずとした態度で、ブルーさんに提案をしたのだ。
「それから、ブルー君。ギターAIに手足をつけたら、かっこいいと思うんだ……どうだろうか」
ブルーさんは、博士の提案にすごい勢いで食いついた。
「レオンのギターAIが歩いて、ファンに手を振ってくれる……だと!?」
その光景を想像したブルーさんは、夢見るようにうっとりとしてしまった。
まるで、大好きなレオンが自分に手を振ってくれた時のようだと、彼は感じているようだった。昔の思い出が蘇ったのだろう。
気弱そうな彼の目は濃い色のサングラスで隠れていたが、ぽかんと口を開けている時間が、彼の妄想タイムの長さを物語っていた。
一方で、俺は冷静に考えてしまった。
そして、その危険性を訴えることにしたのである。
「待ってください! 冷静に考えてみてください! 億をくだらないレオンのギターAIが歩いてたら、鴨がネギどころか調理セットまで背負ってくるようなものでしょう! 盗難の危険性が高まります! 絶対に危ないですよ!」
ブルーさんは俺の言葉を聞くと、しょんぼりと肩を落として項垂れてしまった。
残念そうに深いため息をつく。
「むう……確かに。護衛を増やすと予算がまた……。その話は、またの機会にしよう」
「そうか。予算の目処がたったら、いつでも相談してくれ。待っとるから」
「はい!」
ブルーさんと頓出茂博士の間に、見に見えない熱いつながりができたようだった。
「あーあ。博士に毒された人が、また増えた……」
sssが、笑顔をまったく変えないまま、俺にだけ聞こえる声で呟いた。
俺はsssの笑顔を見て、背中に氷を入れられたような悪寒が走った。
このAIロボット……なんか違う?
何が……?
「sss。あの……?」
「ね、そう思うでしょう? 志賀内様。博士が関わると不思議な現象が起こる。面白いですよね。お茶のおかわりはいかがですか?」
「え、あの、いただきます……」
会話を濁されたような気がした。
だが、そんな高度な会話をAIがするのか?
会話を濁すとか……毒されたとかって……俺の聞き間違いかなあ。
俺は人間だから、聞き間違えることもあるよな。
熱いお茶のおかわりをすすりながら、俺は博士とブルーさんの会話に意識を向けた。
「音楽だけではなく、ファンの日常にも、ロックを届けるのです!」
「ほうほう。皆が幸せになれる企画じゃな」
「その商品名もギターAI型・無添加栗羊羹だ! 食べた後にギターAIの器を部屋に飾ってよし! 小物入れにしてもよし! 他の人へのお土産にしてもよし!」
「素晴らしい! 無添加なら、ワシも安心してたくさん食べられる!」
ブルーさんと頓出茂博士は、まだグッズの栗羊羹で盛り上がっていた。
sssがニコニコと笑いながら、空になった博士のカップにお茶を注いだ。
「博士、そこは原材料表示を確認してからですよ。それから、食べ過ぎにも気をつけてくださいね」
(おまえは、頓出茂博士のお母さんか!)
俺は思わず、心の中で叫んでしまった。
博士たちの話を興味深そうに聞いていた愛瑞お嬢さんが、思い切った様子で話しかけてきた。
「私、新曲が出たら、ギターで弾けるように練習したいわ!」
「おお! 未来のレオンファンがここにも! 今日はよき日だ。素晴らしい! ファンがギターで弾けるように、タブ譜も作成してダウンロードできるようにして発売しよう!」
ブルーさんは嬉しそうに笑った。
そして、ライブのように拳を振り上げた。
ギターAIが情熱的なメロディを奏でているのが聞こえてくる。
愛瑞お嬢さんも、大輪の薔薇が咲き誇るような笑顔で、愛蘭AIに抱きついた。
「ブルーさん、ありがとうございます! 一緒に弾こうね、愛蘭!」
「はい、お姉様」
愛蘭AIも優しく愛瑞を抱きしめ返した。
こうすると愛瑞が喜ぶと、学習したからだ。
愛蘭AIは考えた。
お姉様と一緒に初めてギターを練習する曲は、特別なカテゴリーに入る。
それは、きっと「好きなもの」と分類できるだろう。
愛瑞は、愛蘭AIと一緒にギターを練習できることが嬉しくてたまらなかった。
マナーは悪いが、椅子から立ち上がり、ブルーさんたちの真似をして拳を振り上げた。
「CURI-YO-KAN!」
愛蘭AIも愛瑞に合わせて、同じ動作をした。
「CURI-YO-KAN!」
頓出茂博士も立ち上がり、真似をしてみた。
「栗羊羹!」
sssも満面の笑顔で付き合った。
「栗羊羹!」
俺は、奥で控えている執事の黒鉄さんを見た。
黒鉄さんは礼儀正しく控えていた。
しかし、肩がわずかに震えているのが分かった。
笑いを堪えているのか、仲間に入りたいのか。それは分からなかったが、姿勢を崩さない黒鉄さんに、俺は思った。
(プロだよ、あんた)
俺もレオン・ハートの大ファンである。
新曲が出ると聞いて、嬉しくてたまらない。
その気持ちは、皆と同じなのだ。
だが、目の前の栗羊羹と新曲「CURI-YO-KAN!」が頭の中でごちゃ混ぜになって、今一つ乗り切れずにいた。
(博士とsssは、明らかに食べ物の栗羊羹で盛り上がってるだろう! ……なぜ会話が成立してるんだ……)
画面の向こうでは、ブルーさんたちが立ち上がり、ギターAIのリズムに合わせて拳を振り上げていた。
熱いレオンファン魂が燃え盛っているのが伝わってくる。
ギターAIが奏でる音楽がヒートアップして、盛り上がりに拍車をかけていた。
愛瑞お嬢さんや博士たちも、楽しそうに拳を振り上げて叫んでいる。
「「「「CURI-YO-KAN!」」」」
俺は栗羊羹を一つ口に放り込んで、ゆっくりと味わった。
渋皮を残して柔らかく甘く煮込まれた栗を、あんこが優しく包み込み、口の中でとろけていく。
皆が楽しそうに盛り上がっている中、流れに乗り切れなかった俺は、青い空を見上げて、少し寂しくなった。
(栗羊羹、うまいな……)
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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第二章完結です。
第三章が執筆完了したら、また連載を再開します。
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