13話 機械だから
ブルー・ペイシェントは、博士達がいる部屋を勢いよく出た。
そして、博士たちにペットボトルの水を持っていこうとしていたスタッフに声をかけた。
「君、博士達には最高級のコーヒーを出すように! それから、こちらをお茶請けに出すんだ。東京の老舗の栗羊羹だ」
「分かりました。……ボス、自ら買いに行ったんですか? ご自分で博士にお渡しすれば、喜ばれるのでは」
「何を言い出すんだ! これは金のためだ! 博士の機嫌を損ねて、メンテナンスに手を抜かれては困るからだ! 馴れ合うためではない!」
「は、はい!」
スタッフは頭を下げ、コーヒーを淹れに給湯室へ戻って行った。
ブルーは指示を出すと、無言で自分専用の防音室へ戻っていった。
頓出茂博士とsssは、ギターAIに触りながら話しかけていた。
「ここに擦った傷がたくさんあるね。生前のレオン君が、この子をたくさん弾いていた証だね。この傷は直さないようにしようか」
「ギターAIも、その方が喜ぶでしょうね」
愛瑞がおそるおそる近づいてきた。
興味津々といった様子で、ギターAIを目を見開いて見つめている。
彼女は博士に尋ねた。
「これがギターAIなのね。初めて見たわ。喋るの?」
「うん。このデータ量を見てごらん。随分とお金をかけて、丁寧に作られたAIだね。レオンの生前の演奏データがすべて入っている」
「ギターAIの話し声も、レオンさんなのかしら?」
「音声データは、普通の機械音声になっとるのう」
「そうなのね。そこは、レオンさんを引き継がなかったのね」
愛蘭AIは、一歩離れたところからギターAIを見つめていた。
(このAIは、レオン・ハート様の演奏を引き継いだ。……私は、生前の愛蘭様のお姿を引き継いで作られた。私と……似てる)
博士が柔らかな声で、ギターAIに尋ねた。
「どれ。喋ってごらん。音声の状態確認しよう。どんな話が好きかな。やっぱりレオンの話題かのう」
ギターAIから、小さな機械音声が響いた。
「……博士は、私の話を聞くのですね。初めてです。私に話せと言った人は」
「ん? そうなのか。もっと話していいんだよ」
「私は機械だから。指示された演奏を行うことだけが役目です」
その言葉を聞いて、愛蘭AIが少し涙ぐんだ。
CPUの冷却装置が働いたのだ。
(役目……。私の役目は、お姉様を守ること。でも今、私は頓出茂博士所属のAIです。でも、博士は私に指示を出しません。私は……私は……一体……?)
sssは、少しだけ愛蘭AIを見つめた。
そして、すぐに博士の方へ向き直り話しかけた。
「頓出茂博士なら、このギターAIにどんなことを指示されますか?」
「ええと、指示ねえ。そうだねえ。ギターAI君は、どんな演奏が好きなのかな。教えてくれると嬉しいよ」
岸矢は、その言葉を聞いて思わず叫んだ。
「なんでですか。好きとか関係ないでしょ。ギターAIなんだから、レオンの曲を全部弾けるんだから、好みとかないんじゃ……」
「いやいや。レオンの好みも引き継いだはずだし、これだけ演奏データが入っとるんだ。ギターAI自身の好みも出てくるだろう。何度かコンサートも体験しているしね」
「そんなこと、あるんすかねえ」
「多分あるよ」
博士は楽しそうに笑った。
そんな博士を見て、sssも微笑んだ。
愛蘭AIは、少しの間解析を行った。そして、出てきた疑問を口にした。
「経験を積めば、AIにも好みができるんですか?」
「うん。sssを見るとよく分かるよ。こんなに楽しい子になったよ」
「いやあ、照れるなあ」
sssは照れくさそうに手を頭の後ろに当てて笑った。
岸矢は思わず呟いた。
「えらく感情豊かなAIだと思ってたけど、最初は違ったのか。バグったのか?」
「バグってない!」
sssが怒り出した。
両手を大袈裟に振り、口をアヒルのように尖らせている。
「あはは」
そんなやり取りを聞いて、ギターAIが笑い声をあげた。
「私は機械だから、求められた演目だけを弾いてきました。でも、そうですね……。いつも同じ曲ばかり演奏しています。人気曲ばかりです。私の中には、こんなにも多くの演奏データが眠っているのに。それを演奏する機会がないことを、少しだけ残念に思います」
「そうなの? それなら、弾いてみたい曲を弾いてみてよ」
愛瑞が、瞳を輝かせてギターAIにリクエストした。
岸矢は、愛瑞のいたずらっ子のような愛瑞の可愛い笑顔に胸が締め付けられた。
俺は心の中で叫んだ。
(美少女の笑顔、破壊力すげえぇ!)
「……弾きたいです。弾いてもいいのでしょうか、博士」
「うん、かまわんよ。ここでなら、好きなだけ演奏すればいい。皆も喜ぶ」
「はい!」
ギターAIの弦が震え、唸るような、泣くような音色が部屋いっぱいに広がっていった。
岸矢はその音色を聞くと、レオンの癖を思い出して胸が締め付けられるような思いがした。
(そうだ。この音だ。レオンはいつもライブ前に、ギターを何度か掻き鳴らすのが好きだった。……曲じゃないから、今回の追悼コンサートでは、これが無かったのかもしれない。ファンはこの音を聞いて、ライブが始まると耳で知るんだよなあ!)
ギターAIは、次々とマイナーな曲やフリーのソロ演奏を奏で始めた。
レオンの独特な癖や、こだわりのフレーズが次々と飛び出してくる。
岸矢は体中が熱くなってきた。思わず足でリズムを取り始める。顔もニヤケてしまう。
(これだよ! レオンはいつも、その場で演奏を微妙に変えるんだ。ライブのノリとか、その日の気分とかでさ。これがレオンのライブの醍醐味だった!)
愛瑞も楽しそうにリズムを取りながら踊り出した。
「初めて聞く曲だけど、なんだか踊りたくなる曲ね」
「そうだろう! これがレオンのマジックなんだよ。客が盛り上がって、踊り出すんだ」
「そうなのね! 愛蘭も踊りましょう!」
「え、あの、私は……」
愛瑞は愛蘭の手を取ると、一緒に踊るように促した。
固い表情をしていた愛蘭AIも、愛瑞の無邪気な笑顔を見て、愛瑞の気分を損ねるのはよくないと判断し、一緒に踊ることを決めた。
岸矢もつられて踊り始めた。
博士も、岸矢や愛瑞たちに腕を引っ張られ、不器用に足を動かして踊り始めたのだった。
sssは、皆が部屋の中で踊り出したので、少しだけ後ろに下がった。
そして少しだけ、中の音を外に流す画面に手が触れたのだった。
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