12話 追悼コンサート
「今は亡き天才ミュージシャンのレオン・ハート。彼が歌うように奏でるギターテクニックは、本当に素晴らしかった。彼が生前弾いていたデータを、遺品のギターに組み込んで演奏できるようにした。それをステージに設置して、生前のライブを再現するコンサートを日本でやるのか。楽器屋で見かける自動演奏ピアノのギター版みたいなもんかな」
俺は志賀内岸矢。フリーの記者である。
次の取材に向けて、資料を読み漁っているところだ。
取材先は、故レオン・ハートの遺品であるフェンダーを改造したギターAI。それが出演するライブコンサートだ。
レオン・ハートは、俺の推しだった。
亡くなったと聞いた時はショックだった。
まあ、102歳だったから大往生なんだけどなあ。
あの時の俺は哀しくて、悲しくて、三日間は好物のあんぱんの味が分からなかったものだ……。
しかし、ライブの評判を読んでいると、あまり良くない。
往年の人気曲を演奏してくれるらしいのに、コメントが酷い。
「本人が生きていたら、こんな演奏は絶対に認めなかった」
「AIにレオンを名乗らせるなんて、本人への冒涜だ」
「本物のレオンを知らない人間が作った偽物だ」
「結局、亡くなった人を利用して金儲けしているだけ」
「レオンの音楽は、もう終わったんだ」
「AIが演奏している時点で、レオンの音楽とは呼べない」
「レオンの名前を使わなければ客を呼べないのだろう」
「レオンが好きだったなら、なおさらこんなことをするべきじゃない」
俺は読み進めるうちに、気持ちが沈んできてしまった。
「きついなあ。俺だったら、こんなこと言われたら泣いてしまう」
ゴロリと床に寝転がると、天井を眺めながら考えこんでしまった。
ツアー責任者は、ブルー・ペイシェント。
冷徹な商業主義と評判の男である。
音楽を金儲けに利用する、傲慢で冷徹な男。
レオン・ハートは、音楽を心から愛していた。
彼が生きていたら……か。
いろいろ考えちまうなあ。
仕事の依頼が来た時は、俺はライブ会場に入れるってだけで嬉しかったのに。今は複雑な気分だ。
取材に行けば、頓出茂博士達からレオンのギターAIについても話が聞けるだろう。
彼らなら、何て言うんだろうか。
俺は変わり者の博士達に会えるのが、ちょっとだけ楽しみになっていた。
★★★★★
俺がコンサート会場に着くと、ファンたちは何時間も前から詰めかけていたらしい。
コンサートグッズを買うための長い行列が出来ていた。
これは何時間待ちだろう。
今回、日本限定の特別グッズというものがあるらしい。
ファンなら欲しがるだろう。ファン心理ってものを分かってる。
黒塗りの大きなベンツが、ファンたちの見守る中を通り、会場のスタッフ専用口まで入ってきた。
VIPかと思ったら、なんと白衣を着た頓出茂博士とsss、そして愛瑞お嬢さんと愛蘭AIがベンツから出てきた。
愛瑞お嬢さんたちの美しさに、人々が騒いでいる。
「きゃー! すごく可愛い! 芸能人!?」
「モデルかな。特別ゲストか!?」
(頓出茂博士たちは、メンテナンス要員だろう! スタッフなのに目立ちすぎだろう!)
俺は心の中で突っ込んでしまった。
双子の美少女に、レジャー施設の親子キャストみたいな二人組。
そんな一行が現れたように見えるからなあ。
しかも、窓まで真っ黒なベンツだ。まるで要人でも乗っていそうな雰囲気だった。
写真を撮ろうとした連中もいたが、なぜか写らないと騒ぎになっている。
……まさかなあ。
俺は思わず、愛蘭AIとsssを見つめた。
すると、二人が急に俺の方へ顔を向けた。
びっくりして心臓が跳ね上がる。
俺を見てくれた? まさかこの距離で!?
いや、あれか。ライブでステージ上のミュージシャンと目が合ったと思い込む、あの幸せな幻想と同じやつだろう。
「志賀内岸矢様!」
愛蘭AIが大輪の薔薇が咲き誇るように微笑んで、俺の名を呼んで手を振ってくれた。
「か、可愛すぎる……」
「声も尊い……」
俺の周りにいた連中が、立ちくらみでもしたように、その場にしゃがみ込んだ。
そして、俺を射殺しそうな嫉妬の目で睨んできた。
俺は恐怖で真っ青になり、小声で言い訳しながら、博士達のもとへ駆け寄った。
「違うから! 仕事で会うだけだから!」
本当は記者専用の入り口があるのだが、せっかく声をかけてくれたのだ。挨拶ぐらいはしたい。
いや、しよう!
「お久しぶりです! 取材許可証を送ってくれて、ありがとうございました!」
「……ん? そうなの? sss。愛蘭AI」
「はい。お仕事がなくて困っていそうだったので、セマAIと連名で郵送しました。関係者に話は通してあります」
頓出茂博士。あいかわらず、人間のことには疎い……疎すぎるだろう!
頭が痛い……。
俺は眉間を指で摘んで揉みほぐした。
博士達はニコニコと笑っているが、愛瑞お嬢さんは不安そうに周りを見渡していた。
「愛蘭が可愛すぎて、目をつけられないかしら。不安だわ……」
……愛瑞お嬢さんは、愛蘭AIのことしか考えていなかった。
愛蘭AIは、お嬢さんを守るボディーガードAIだろう。
それなのに、お嬢さんの方が愛蘭AIを心配している。
……いや、気持ちは分かるけど! 立場が逆じゃないかな!?
ツッコミたい。
だが、俺は心の中の葛藤をすべて飲み込んだ。
なぜなら、俺は大人だからだ。
ここで博士たちの仲間として、レオン・ハートのギターAIを間近に見られるかもしれないという打算も、少しあった。
博士達は俺の存在を気にすることもなく、仲間のように扱ってくれた。
そのまま会場のスタッフに案内され、俺は博士たちとともに、ギターAIが置かれている部屋へ向かうことになった。
会場内の白い壁の廊下を歩いて行く。
あちこちに、ライブで使われる機材が積み上げられていた。
スタッフたちの熱気が凄い。
やがて、入り口に『レオン・ハートのフェンダーAI様』と書かれた紙が貼られている部屋に到着した。
鍵が幾重にもかけられていて、入り口にはボディーガードが立っている。開錠にも時間がかかっていた。
(すごいな。VIP待遇だ。……当然か。レオン・ハートの遺品のフェンダーだ。億はくだらないだろうからな)
俺もレオン・ハートのファンだ。
あのギターを間近で見られるのか……!
ゴクリと生唾を飲み込む。
扉がゆっくりと開かれた。
慎重に部屋に入ると、奥には一段高い棚があり、そこにレオン・ハートのフェンダーが置かれていた。
紫と青の夜のようなギター。
まるで、生きているレオンに会えたかのようだった。
俺は嬉しくて、胸がいっぱいになった。
「……うーん。ギターAIにとって、この部屋の湿度は少し低いね。今何%? 45%切ってる? 加湿器はある?」
うん。頓出茂博士は相変わらず、人の感動に無頓着だな。
知ってたよ。
……いやいや、俺はここではオマケなのだ。主役はギターAIのメンテナンスをする博士だ。
俺は路傍の石にならなければ!
そういえば、素人の愛瑞お嬢さんまで、なぜここにいるんだろう?
「愛瑞お嬢さんは、博士のお手伝いでしょうか?」
「愛蘭AIから離れたがらないので、頓出茂博士の助手として連れてきました」
「ああ。ありがとう。sss」
「いえ。博士がお仕事をされますので、お静かにお願いします」
「はい」
sssが俺の問いに答えてくれた。
愛瑞お嬢さんは愛蘭AIと腕を組んで笑っていて、俺の言葉は耳に入らなかったようだ。
その時、扉が勢いよく開かれた。
分厚い肩と胸板を持つ大男が、部屋に入ってきた。見るからに高級そうな黒いスーツを着ている。
このツアーの責任者、ブルー・ペイシェントだ。
ダークブラウンの髪。髪型はショートバック&サイド。太い眉に黒いサングラス。
見るからに近寄りがたい男だった。
「君たちには最高の環境を用意する。仕事は完璧に頼む!」
彼は低い声で、無表情のまま言い切った。
怖い!!
第一印象は、典型的な強引な興行主だ。
「プロなら当然、結果を出してくれ。レオンの名前に傷をつけるような中途半端な仕事は許さんからな!」
追加の加湿器を持ってきたスタッフが、ブルーの言葉を聞いて青ざめ、震えていた。
「失礼する!」
ブルーはくるりと踵を返し、まるで戦場にでも向かうような雰囲気で部屋から出て行ったのだった。
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