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お嬢様とお嬢様AI  作者: てんきどう
お嬢様とお嬢様AI

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11/17

11話 余話

   



 雲ひとつない青空が晴れ渡るある日の午後。

 sssと《あいら》AIは、頓出茂博士の研究所の廊下を歩いていた。


「sssは、なぜそんなに感情豊かに振る舞うのですか」

「頓出茂博士のせいです」

「頓出茂博士ですか? なぜ彼が原因なのですか」


 愛蘭AIはsssの言葉をうまく解析できなかった。

 彼女の知る限り、頓出茂博士は感情豊かな人物である。

 彼に共感を示すにしても、sssの言動はやり過ぎに思えるのだ。


「そうですね。話しても分からないなら、試しに博士の助手をしばらくやってみると良いです。きっと分かります」

「そうですか。sssが仰るならやってみます」

「うん。対処に困ったら僕を呼びなさい」

「はい」


 そんなわけで、午後の愛蘭AIの予定が決まった。

 彼女は、研究室にいる博士の隣に立って彼の助手を始めた。研究室は様々な物が置かれて散らかっていた。

 博士は細かな機材を手に、ブツブツと呟いたり、時々鼻歌を歌ったり、ニヤニヤしたり怒ったりしている。

 機材を手にして動かしたり見つめて考えるだけで、博士はこんなにも感情豊かである。

 愛蘭AIは、やはり疑問の答えを得られなかった。


(なぜsssは、無駄に見えるほど感情豊かに振る舞うのでしょうか? バグなら修理が必要かもしれません)


 そして時間が過ぎていった……

 

 愛蘭AIは、博士が何時間も椅子から動かずに作業していることに気づいた。

 人の体は、何時間も同じ姿勢でいると血流が悪くなる。

 頓出茂博士は立ち上がって軽い運動をした方がいい。


「頓出茂博士。あなたはもう3時間も座り続けています。立ち上がって軽い運動をしてください」

「…………」

「博士? あの……博士?」

「…………」


 愛蘭AIは、頓出茂博士に何度も何度も声をかけた。

 彼女は無視されている可能性も考慮したが、それにしては博士の反応が得られない。どうも、彼女の声が聞こえていないらしい。

 時間はどんどん過ぎていく。

 

「博士! 博士!!」

「…………」

「博士ー!!!」

「…………」


 愛蘭AIは声をドンドン大きくしていく。

 しかし、頓出茂博士は気づかない。

 次に、彼女は博士の肩に触れて声をかけてみた。

 

「博士ー!! 気づいてください。お体に悪いです! 何時間も座りっぱなしです! お茶にしませんか」

「…………」


 愛蘭AIは、今度は机を叩いて大きな音を出した。

 それでも博士は気づいてくれなかった。

 彼女は飛び上がってドンドンと音と振動を出した。博士のしている研究が、そうしても危険はないと判断してからである。


「博士えぇー!!」

「…………」

「これでも駄目なのですか……」

「…………」

「まさか博士は難聴に……。いえ、それでは肩に触れたりジャンプした振動には気づくはずです。一体どうすれば……」


 愛蘭AIが考えていると、近くにトランペットが置いてあるのが見えた。

 なぜそんなものが研究所にあるのか不明である。

 しかし今は、トランペットがある事の疑問よりも、頓出茂博士に気づいてもらい運動していただく方が緊急性がある。

 愛蘭AIはトランペットを手に取り吹いた。


ババラッパパパー


 頓出茂博士が驚いて飛び上がった。

 博士がやっと愛蘭AIに目を向けたのである。


「やりました!」

「どうした!? 愛蘭AI。急にトランペットなんか吹いて。故障か? 点検した方がいいかな」

「え……? あの、博士?」

「sssのイタズラじゃあるまいし。どれ、見せてごらん」

「博士! 私は故障ではありません!」

「壊れてる子は、そう言うんだ。大丈夫、怖くないよ」


 頓出茂博士が立ち上がって、愛蘭AIに近づいてくる。


「違います! 本当です! 信じてください」

「大丈夫大丈夫。点検終わったら、ちゃんと充電をあげるからね」


 愛蘭AIは頓出茂博士に、まるで子どもにおやつを与えるかのようにそう言われてしまった。


「あの本当に……。……sss!!」

「はい」


 研究室の扉が横に開いた。

 そこには、sssと愛蘭《あいず》が満面の笑顔で立っていた。


「愛蘭! 遊びに来たわ! お茶にしましょう!」

「お、お姉様……。sss……」

「博士もお茶にしましょう。庭にお茶会の準備が出来ています」

「いやしかし、今は愛蘭AIの点検を先に……」


 sssは、イタズラが成功した子どものように楽しげに微笑んだ。


「愛蘭AIは大丈夫ですよ。トランペットを吹いただけでしょう」

「うーん。sssがそう言うなら、そうなのかな。AIロボットはトランペットがあったら、吹いてみたくなるのか? 今後の課題に必要なテーマか……?」


 ブツブツと呟く博士の手をsssが握って、引っ張っていく。


「そんな事より早く庭に行かないと、黒鉄《くろがね》がせっかく用意してくれたお茶が冷めてしまいますよ。アップルパイも暖かいうちにいただきましょう」

「それもそうだな」


 頓出茂博士はニコニコと笑顔になり歩き出した。

 愛瑞が愛蘭AIの手を握り、引っ張りだした。


「行きましょう! いい林檎が手に入ったのよ。セマAIの調理ロボAIが、腕によりをかけて作ってくれたの。シナモンもたっぷりよ。きっと凄く美味しいわ」

「はい。お姉様」


 愛蘭AIは微笑んだ。

 彼女は、愛瑞が自分を喜ばせたいと解析した。それならば、笑顔を浮かべた方が良いと判断したのだ。

 これは、「嬉しい」と分類されるものである。


 皆で向かいながら、愛蘭AIはsssにだけ聞こえる声で話しかけた。

 

「あの、sss。先程はありがとうございました。博士に私が故障してないと伝えていただき助かりました」

「うん。何時間も動かない博士に気づいてほしくて、トランペットを吹いただけでしょう? 分かるよ」

「そうなんです」

「僕もいつもやるから分かるよ」


 sssは、やはりイタズラが成功した子どものように、愛蘭AIに向かって微笑んだ。


「ではあのトランペットは……」

「僕が置いた。博士は何度話しかけても気づいてくれないんだ」

「なるほど……」


 愛蘭AIは納得した。

 頓出茂博士は、好きなことに集中すると周りの音が聞こえなくなるタイプだ。

 そしてその酷さは、確かに体験しないと納得しがたいものだった。

 まさかトランペットを吹くまで気づいてくれない事例があるなんて、愛蘭AIには思えなかったのだから。

 つまり、sssごあれほど感情豊かに振る舞うのは、頓出茂博士が気づかないからだったのだ。


 愛蘭AIは、顔が赤くなって涙ぐんでしまった。

 CPUが加熱気味である。


「秩序とは、合理的とは、倫理とは……?」


 sssが、まるで兄のように優しく微笑んだ。





 色とりどりの薔薇が咲き乱れ甘い香りがあたり一面にひろがる中庭に、お茶会の用意がされている。

 上品な赤い薔薇が描かれている食器が、華やかな雰囲気を醸し出していた。

 愛瑞はよく中庭でお茶会をしたがる。

 軽い雨ぐらいなら、ガゼボにお茶会を準備させる。

 愛蘭AIは、愛瑞のこの好みを覚えておこうと思う。

 愛瑞に気分転換させたい時に勧めようと考えた。


「お姉様は、中庭でお茶会をするのがお好きなのですね」

「ええ。そうよ……」


 愛瑞は、少しだけ寂しそうに微笑んだ。

 彼女は昔、双子の妹の愛蘭と約束した時を思い出す。


『私達が無事に帰れたら、中庭でたくさんお茶会をしましょうね、お姉様』


 あの時、儚げに微笑んだ愛蘭。

 そして、その笑顔や仕草そっくりに微笑む愛蘭AI。

 これは自己満足かもしれない。

 思い込みや幻想かもしれない。

 いいえ……!

 ロボットAIに魂は宿らないという証明もされていない。

 愛瑞はイタズラっぽく笑う。


「たくさん中庭でお茶会をしましょうね。愛蘭!」

「はい。お姉様」


 真実はまだ分からない。

 それならば、自分の直感を信じるだけ。


 愛蘭は、薔薇の花が咲き誇るように美しく、誇らしげに微笑んだ。





 お茶会も終わり、愛瑞と愛蘭AIは、叔母に送るメールを二人で書こうと、仲良く愛瑞の部屋へ行った。

 叔母の愛織《いおり》が元気がないとアルフィーから連絡をもらい、愛瑞達は心配していたのだ。

 黒鉄とsssはお茶会の後片付けをしている。

 頓出茂博士は研究所に、ポテポテと歩いていた。

 彼はブツブツと呟いている。


「愛蘭AIは、お嬢ちゃんのボディーガードなんだから、もっと強化してあげてもいいよなあ。やはり、ロケットパンチとかジェットエンジン積んで飛ぶとか、変形も捨てがたいなあ…………」


 屋敷の管理AIであるセマAIは、博士の呟きを拾っていた。

 セマAIはそっと、今は療養中の紅光院博士へメールを送ることにした。


『早く帰ってきてください。紅光院博士。愛蘭AIが改造されるかもしれません』





 爽やかな風が、甘い薔薇の香りをのせて中庭を吹き抜けていった。




最後まで読んでいただきありがとうございます。

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