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第360話 主導権を握ろう

 アースガルド王国の中心にそびえ立つ王宮。

 その一角にある、重厚な沈黙に守られた秘密会議室に、俺は呼び出されていた。


 長いマホガニーのテーブルを囲むように居並ぶのは、この国の舵取りを担う重鎮たちだ。彼らの大半は、値踏みするような、あるいは明確な敵意を含んだ猜疑の目を俺に向けてきている。


 室内の温度すら数度下がったかのような錯覚を覚えるほどの、強烈なアウェー感。


 これまで「魔力ゼロの無能」として通してきた俺が、規格外の実力を隠さずに自由に行動し始めたのだ。

 彼らが俺を制御不能の危険分子と判断して警戒しているのか、それとも底知れぬ実力者として国家の助力を請う気なのか。


 どちらにせよ、この流れなら、保身に走る無能な貴族どもから理不尽で無茶な言いがかりをつけられるのだろうな――。


 椅子の背もたれに深く身体を預けながら、俺はそんな風に冷めた予測を立てていた。

 だが、上座に座る国王アルトリウス・アースガルドの口から厳かに告げられたのは、俺の予想を裏切る、極めてもっともな懸念の言葉だった。


 曰く、俺の父親である当主ガイウス・グリムロックは、この人類未曾有の危機にあってもなお、アドラステア帝国との国境交戦を最優先で継続させているらしい。


 魔人アシュラフが残した不気味な宣言――

 それは、人類の半数を生贄として殺害し、古の魔王を復活させるというものだった。


 正直に言えば、その発動条件には疑問点が多い。


 半数を殺害するまでの具体的な「期間」は定められているのか、あるいは老衰や病気といった「自然死」までもがそのカウントに含まれるのか。


 突っ込みどころを挙げればキリがない漠然とした条件ではあるが、だからといって、人間同士が血を流して殺し合う戦争がアシュラフの計画を加速させるリスクがある以上、今は交戦を避けるべき状況であることには違いなかった。


(まさか、親父のところに最低限の情報すら回っていない、なんてことはないよな……)


 王国側からは緊急の通信魔法によって、世界規模の危機に関する最低限の情報は回っているはずだ。


 それに、我がグリムロック家は独自に優秀な情報網を保有している。

 現状の大局がどうなっているかなど、百戦錬磨の親父なら完全に把握しているはずなのだ。


 それなのに、この世界的な混乱を好機と捉え、隣国との泥沼の戦争をいまだに続けているという。


 これは、国王たちが激怒するのも無理はなかった。

 火事場泥棒と言われても弁明の余地がない。



 ***


(しかし、親父の奴はなんでそこまでアドラステア帝国との戦争にこだわっているんだ?)


 俺は内心で呆れ果てていた。


 グリムロック家の歴代当主が、何世代にもわたって血を流し、戦い続けてきた因縁の宿敵。これまでに領地が費やしてきた膨大なリソースと人命は、計り知れない。


 おそらく親父の頭の中では、「これほどの犠牲を払ってきたのだから、帝国を完全に屈服させるという相応の成果リターンを得るまでは、今さら引き下がれない」――という、サンクコスト効果に囚われたギャンブラーのような思考に陥っているのだろう。


(状況に応じて、引くときは綺麗に引けよ、全く……)


 これだから、大局を見ずに過去の栄光や伝統を猛進するバカは困る。

 その歪んだこだわりと傲慢さのせいで、家そのものが滅びる可能性すら理解していないのだ。


(決まりだな。――親父は潰そう)


 この期に及んで私欲の交戦を続けているというのなら、世界の危機に対応できない無能であり、伝統に固執するバカ確定――当主失格だ。


 しかし、俺は今すぐ家督を継ぐ気はない。


(――近いうちに実家に帰って、脅して大人しくさせてやるか)


 自分の中での方針は決まった。

 だが、問題は今まさに目の前で繰り広げられている、この重苦しい集まりをどう乗り切るかだ。


 国王をはじめ、国家の中枢が一堂に会しているこの会議。

 それだけ、今の俺の動向や意向が、王国の存亡に関わるほど重要であると見做されている証拠でもある。


「今は人類が手を取り合って難局に挑むべき時! この一大事に自領の拡大を最優先するとは、一体いかなることだ、グリムロック!」


 国王アルトリウスが再びテーブルを叩き、もっともな問いを突きつけてくる。

 それを皮切りに、あちこちの席から「そうだ!」「弁明を聞こう!」と賛同の非難の声が上がった。


「グリムロック、やはり貴様はこの世界の害悪、死ぬべき人間なのだ! 今すぐ死ね! ここで自害しろ! 言い訳など無用、この場で舌をかみ切って死んでみせろ!」


 中でも、リアム王子の後ろに直立して控えているエリオットの暴走ぶりは群を抜いていた。

 激昂のあまり顔を真っ赤にし、狂犬のように喚き散らしている。


 その隣に立つアルドリックが、呆れながら「おいおい、エリオット、落ち着けよ。ここは王前だぞ」と、彼の肩を掴んで熱を冷まそうとしていた。


(あいつは相変わらず、ブレない狂犬っぷりだな……)


 あまりの怒号に耳が痛くなりながらも、俺はのん気にそんな感想を抱いていた。

 さて、この目の前で怒り狂っている有象無象どもを、どう言いくるめるか。


 俺は脳内でいくつかの選択肢を組み立ててから、あえて静かに発言した。


「なるほど。皆様の仰る通りだ。我が父ガイウスが、国家、ひいては人類全体に多大なるご迷惑をおかけしていること、深くお詫び申し上げます。……まさか、当主たる者がそこまで大局への分別がない愚者だとは思いもしませんでした」


 まずは、彼らの怒りに全面的に同調してみせる。

 それが俺の最初の布石だった。



 ***


「――なんと、他人事のように!」

「貴殿の、グリムロック家の領地のことであるぞ!」

「まさか、次期当主でありながら、自領の状況すら把握していなかったとでも言う気か!?」


 案の定、俺の冷淡な謝罪に対して、堰を切ったように次々と非難の嵐が殺到した。


 現在、第一王子であるリアムが魔物掃討戦で目覚ましい名声を上げている。

 その輝かしい実績の陰で、王家との対立勢力である我がグリムロック家を、この機に徹底的に叩き潰して優位に立っておきたいという政治的思惑が見え見えだった。


 だがまあ、焦る必要はどこにもない。


 俺は彼らの文句や罵声が、ひと通り吐き出されて鳴り止むまで、冷徹な表情のままじっと待ち続けた。部屋の喧騒が収まり、再び静寂が戻ってきたのを見計らって、俺はゆっくりと口を開く。


「皆様の仰る正論は重々理解しております。ですが……物事には、何よりも優先すべき『順位』というものが存在いたします」


「優先順位だと……?」

「貴族にとって、何よりも自領の統治と世界の平穏が最優先だろう!」

「そもそも貴殿は、この危機的状況の中でずっと王都の屋敷に引き籠もっていたと聞くが!?」


 居並ぶ貴族たちが不快そうに声を荒げる中、彼らの疑問を代表するように、国王が鋭い声音で問いかけてきた。


「ゼノスよ。我が方の情報部からも、様々な報告が上がってきている。今の貴殿を、ただの無能者だなどとは余は思っておらん。――であるならば、なおさら、その動向を正確に把握する必要がある。貴殿は、自国領の危機よりも優先し、一体どこで、何をしていたのだ?」


 会議室の全員が、固唾をのんで俺の次の言葉を待っている。

 衣服の擦れる音さえ聞こえない、完全な静寂。


 その国王の真っ直ぐな問いに対して、俺は口元に微かな笑みを浮かべ、淡々と事実を告げた。



 ***


「――魔界にて、人間界の支配をもくろむ『オルカス陣営』と、種族の存亡を賭けた戦争をしている最中さなかです。……それこそが、現在の人類にとって、何よりも最優先で当たるべき課題でしょう?」


 もっともらしい、至極真っ当な大義名分。


 本当のところを言えば、ただ単に頑固な親父と折り合いが悪すぎるせいで、実家の様子を見に行くのが嫌で放置していただけなのだが。


 それを正直に白状して「親子の不仲です」などと言うよりも、「世界の裏で魔人と戦っていました」と言っておいた方が、何となくカッコいいし、政治的にも圧倒的に優位に立てるだろう。


 俺が放ったその一言が――

 静まり返っていた会議室に、文字通り爆弾となって炸裂した。


「ま……魔界だと……!?」

「オルカス陣営と、戦争……!?」


 一瞬の凍りつくような沈黙の後、重鎮たちの間に、今までにない激しい動揺と、地鳴りのようなざわめきが広がっていく。


 ただの貴族の身内の不始末を弾劾する場が、一瞬にして「世界の命運を懸けた魔界の戦況報告」へとすり替わったのだ。


 動揺に目を見開く国王やリアム王子たちを見据えながら、俺は狙い通りにこの場の『主導権』を完全に握ったことを、確信していた。

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