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第361話 踊る会議

 俺が放った「魔界で戦争中」という言葉の余波は、重厚な会議室の空気を一瞬で凍りつかせ、次の瞬間には、激しい地鳴りのようなざわめきへと変えていった。


 並み居る国家の重鎮たちが、互いに顔を見合わせ、信じられないものを見る目で俺を凝視している。その視線の中にあるのは、純粋な驚愕と、それを認めまいとする強烈な拒絶反応だ。


 やがて、上座に座る国王アルトリウス・アースガルドが、低く、だが張り詰めた声を震わせるようにして口を開いた。


「……魔界で、戦争をしているというのか? あの、地上の支配を企んでいるという最悪の魔人、オルカスと――。貴公は、本気でそのような大言壮語を口にしているのか?」


 国王の鋭い眼光が俺を射抜く。

 並の貴族ならその威圧感だけで平伏するのだろうが、今の俺にとってそれは、そよ風ほどの脅威にもならなかった。


「ええ、その通りです」


 俺は椅子の背もたれに身体を預けたまま、表情一つ変えずに、極めて堂々と肯定してみせた。


 そのあまりにも淡々とした態度に、テーブルを囲む面々の間から、堰を切ったように懐疑的なつぶやきが漏れ始める。


「にわかには信じがたい……。魔界などという未知の領域に、一介の貴族のせがれが立ち入れるはずがなかろう」

「国難の場を混乱させるため、適当なハッタリを言っておるのではないか?」

「そうだ、これまでの無能の汚名をそそぐための、哀れな虚飾に違いあるまい!」


 ひそひそと、だが確実に悪意を孕んだ声が室内に満ちていく。


 彼らにとって、俺は「魔力ゼロの無能」でなければ都合が悪いのだ。

 だが、俺はそんな負け犬どもの的外れな疑問など完全に無視し、さらに強力な情報の爆弾を、間髪入れずに彼らの脳天へとぶつけることにした。



 ***


「信じるか信じないかは皆様の自由ですが、現実はすでに動いています。私はすでに、オルカスの最有力な配下であった『鋼鉄の魔人』と交戦し、激闘の末にこれを下しました。――そして、この私に絶対の忠誠を誓わせております」


 室内が、一瞬にして水を打ったように静まり返った。

 「魔人を配下にした」という言葉の意味を、彼らの硬直した思考では即座に処理しきれなかったのだろう。


 俺はニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、さらに追い打ちをかける。


「――ああ、そうでした。皆様が血眼になって捜索していた件についても、ついでに報告しておきましょう。『魔人オルカスに攫われていた』リリアーナ姫殿下とエレノア姫殿下ですが、その鋼鉄の魔人との戦闘後、私がこの手で無事に救出しております。さらに、アザレア公爵家のご令嬢ヴィオレッタさまも同時に保護し、現在は私の管理下にありますので、ご安心を」


 その瞬間、会議室は文字通りひっくり返った。


 ドガァン、と椅子を激しく蹴立てて立ち上がる音があちこちで響き、これまでにない怒号と混沌としたざわめきが四方から巻き起こる。


「な、なんだと……っ!?」

「それはまことか!? まことの言葉なのか、グリムロック!」

「姫様方がご無事だったとは……! おお、神よ!」

「いや、しかし、待て! それこそ本当のことなのか!? 我が国の至宝たる姫君たちを、そのような無能が一人で救い出せるはずがない!」


 アザレア公爵家に連なる貴族などは、驚愕のあまり泡を食って取り乱している。


 なかでも、俺のことをかねてより激しく毛嫌いしていたリアム王子の側近、エリオットの表情は凄まじいものがあった。

 怒りとも、悔しさとも、あるいは底知れぬ恐怖ともとれる複雑に歪んだ顔で、彼は歯の根が合わないほどに唇を噛み締め、血走った目で俺を睨みつけている。


(まぁ、嘘だと言い張りたい気持ちは分かるがね)


 だが、エリオットのその引きつった表情を見れば分かった。

 彼は、俺の言葉を単なる嘘やハッタリだとは、微塵も思っていない。


 この会議室の中にいる者たちの多くは、俺が魔人アシュラフと対等に対峙し、先の戦いで圧倒的な脅威であったゾルタンをいとも簡単に無力化した場面を直接目撃しているのだ。


 彼らの中で、俺をかつての「魔力ゼロの無能」だと見下せる者は、もう一人として存在していなかった。

 強大すぎる力を認めざるを得ないという屈辱が、彼らのプライドを激しくズタズタに引き裂いているのだろう。


 そんな、嵐のように荒れる空気の中――。

 それまでじっと戦況を分析するように沈黙を守っていた、騎士団長サー・ガイウスの、鋭く冷静沈着な声が場をピシャリと制した。


「――静粛に」


 その一言で、騒いでいた貴族たちが一斉に口を噤んだ。

 騎士団長たるガイウス卿は、鋭利な刃のような視線を俺へ真っ直ぐに向け、静かに問いかける。


「ゼノス殿。それがすべて事実だとして……一つ、大きな疑問がある。なぜ、それほど重大な救出劇を成し遂げながら、これまで我が国に報告を上げなかった? それに、貴殿は一体どうやって、人間の立ち入れぬはずの魔界へ移動しているのだ?」


 さすがは叩き上げの騎士団長。

 突くべき急所を、ためらいなく正確に突いてくる。


 彼の至極真っ当な問いに呼応するように、周囲の貴族たちも息を吹き返したかのように、次々と疑問や要求を投げつけてきた。


「そうだ! 口先だけならいくらでも言える。まずは確固たる証拠を見せてもらおう!」

「直ちに姫君たちをこの場に連れてくるべきだ! さすれば貴殿の言葉が真実か否か、一発で判明する!」



 ***


 騒ぎ立てる有象無象の声を、俺は片手を軽く挙げて制した。

 そして一呼吸おいてから、彼らの要求を冷徹に撥ね退ける。


「移動方法に関してですが……残念ながら、こればかりは皆様にお伝えするわけにはいきません。独自の魔術や移動手段の秘匿は、王国法においても貴族の重大な特権として認められているはずですからね」


「くっ……」


 大義名分を突きつけられ、貴族たちはぐうの音も出ずに黙り込んだ。


「そして、エレノア様とリリアーナ様を今すぐこの場に連れてくることも、戦略上不可能です。現在、オルカス陣営との戦いにおいて、お二方の展開する“聖域”が、防衛の極めて重要な要となっています。彼女たちをそこから動かすということは、そのまま魔界での敗北――ひいては地上への魔人侵攻を許すことに直結しますが……それでも連れてこいと仰るのですか?」


 その時、それまでこちらの出方を静かに見極めていた第一王子、リアム・アースガルドが、ついに重い腰を上げて口を開いた。


「話は分かった、ゼノス。……だが、姉上やリリアーナをここに連れてこられないという正当な理由があるのなら、こうしよう。――私を、その魔界とやらに連れていけ。この国の王子として、私もその戦いを見極める義務がある。それならば、貴殿の特権や防衛の妨げにもならぬはずだ」


 リアム王子の提案は、一見すると非常に合理的で、王族としての責務を感じさせるものだった。

 周囲の貴族たちも「名案だ!」「それならば文句はあるまい」と、勝ち誇ったような表情で俺を見つめてくる。


 たしかに、彼を一人連れていくだけなら、空間転移の魔術の容量としては何の問題もない。


 だが――

 俺は一切の躊躇なく、首を横に振って断った。


「残念ながら、それは無理です」


「なぜだ。理由を聞こう」


 リアム王子が不快げに眉をひそめる。

 その問いに対し、俺は会議室全体に響く明瞭な声で、至極真面目な表情のまま告げた。


「俺は、男と手を繋ぎたくありませんので」


 転移魔術で同行者を連れていく際、物理的な接触が必要なのは事実――だが、それはあくまで断るための建前にすぎない。


 単に、この王子を魔界まで案内し、一から十まで面倒を見てやるのが死ぬほど鬱陶しかっただけだ。


(ルシフィールやミュリルに紹介するだけでも気が重いのに、エレノアやリリアーナと顔を合わせれば、俺と彼女たちの関係に話が及ぶのは確実だ)


 だから、適当な理由をつけて一蹴してやった。


「…………」


 俺が放ったあまりにもくだらなく、そして拒絶に満ちた理由に、会議室の全員が完全にフリーズした。


 リアム王子もまた、想定外すぎる角度からの拒絶に言葉を失い、俺と手を繋いで魔界へ行くという絵面を想像したのか、嫌悪感に満ちた表情のまま、引きつった顔で押し黙ってしまった。



 ***


 あまりにもシュールな沈黙が流れる中、これ以上俺を説得しようとしても無駄だと判断したのだろう。

 国王アルトリウスが、わざとらしい咳払いを一つし、威厳ある声で場を強引に立て直した。


「……コホン。話を元に戻そう。つまり、ゼノスよ。貴公は、現在アドラステア帝国と戦闘を継続している父、ガイウス・グリムロック辺境伯の思惑とは完全に別の意志で動いておる。そして、現在のグリムロック領の方針には一切関与していない――そういう理解で相違ないな?」


「ええ、その通りです。うちの頑固親父が何を考えていようが、俺の知ったことではありません」


 俺が他人事のように言い放つと、国王は満足げに深く頷き、本題を切り出した。


「では、王国が介入し、グリムロック家の戦闘行動を強制的に終わらせることについて……貴公個人としては、何ら異論はないということでよいな」


 国王の目は、俺の実力を恐れつつも、この機会に国内の不穏分子であるグリムロック家の軍事力を削ぎ落としたいという、統治者としての冷徹な光を宿していた。


 俺としても、親父のバカな私闘のせいで、俺の魔界での活動や、世界のバランスが崩れるのは非常に都合が悪い。


 利害は完全に一致していた。


「ええ、構いませんよ。今は人間同士で無益でくだらない殺し合いをしているような、そんな余裕のある状況ではありませんからね」


 俺が肩をすくめてそう同意した瞬間、国王との間に、事実上の「不可侵および協力関係」の裏取引が成立した。


 こうして、俺を糾弾するために開かれたはずの王宮会議は、完全に俺のペースのまま、俺の望む形で進行している。


 すべては、俺の思惑通りだ。

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