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第358話 戦力の投入

 魔界での超高速機動による『一瞬の犯行』を終え、人間界の拠点である王都の屋敷へと転移で帰還した俺は、全身の骨が軋むような深い疲労感を覚えていた。


 思えばここ最近、人間界で発生した世界規模のモンスター・スタンピードの対処に加え、魔界における「樹木の魔人」とオルカスの抗争への介入など、世界の情勢が気になって休む間もなく各地を飛び回り続けていた。


 俺の肉体は頑健にできているとはいえ、精神的な張り詰めに限界が来る前に、ここで一度まとまった休みを取ることも必要不可欠だろう。

 ――そう思いながらも動き回っている。


 魔界の巨大な結界に空けた百五十の穴から、オルカス陣営の展開した海水が完全に抜けきるまでには、およそ二ヶ月の時間を要する計算だ。


 魔界での本格的な決戦は、その機が熟してからでいい。


 となれば、当面は人間界の情勢管理に集中できる。

 こちらの状況は、各地に溢れ返った魔物の残党を処理していく泥臭い掃討戦へと移行することになる。



 ***


(……気になる懸念事項は、なんといっても魔人アシュラフの動向だな)


 湯気の立ち込める広々とした浴室。

 肩までたっぷりと温かい湯に浸かり、凝り固まった筋肉をほぐしながら、俺は思考を巡らせていた。


 あの不気味な魔人とは「ダンスパーティー襲撃事件」以来、一度も顔を合わせていない。あれからアシュラフが姿を見せることはなく、追加で魔物の召喚を行うような不穏な様子も一切確認されていなかった。


 アシュラフの真の目的は、『人類の半数の殺害による古の魔王の復活』という、規模が大きすぎて進行状況が極めて確かめにくい、漠然としたものである。


 相手の狙いが不透明な現状において、こちらから焦って積極的に動き回るのは悪手だ。ここは戦力を温存しつつ、いかなる状況の変化にも即応できるような柔軟な体制を整えておく方が理にかなっている。


 風呂から上がり、専属の料理人が腕によりをかけた温かく美味な肉料理とワインを腹に収めた俺は、久々に屋敷の柔らかいソファに深く腰を沈め、ゆったりとした時間の流れを堪能した。



 ***


 翌日。

 心身ともに十分な休息を取った俺は、王都の屋敷を拠点としたまま、各地に派遣している戦力の状況確認を再開した。


 まずは、城壁を突破され甚大な被害を出していた、ザハラ王国の聖都アル・ジャバル。


 転移した先は、肌を焦がすような強烈な日差しと、乾燥した熱砂の風が吹き荒れる砂漠の気候だ。

 だが、街の空気は以前のような絶望に包まれてはいなかった。


「おお……! 漆黒の魔人殿!」


 俺が姿を現すなり、顔見知りである悪徳大臣カリムが駆け寄ってきた。


 こいつの報告によれば、俺が聖都防衛のために派遣しておいた分体――

 『キラー・マシーン一号機』の圧倒的な蹂躙劇により、市街に入り込んだ魔物の掃討はすでに成功を収めたとのことだった。


 街のあちこちでは、復興に向けた活気ある声が響いている。


「ここはもう大丈夫そうだな。じゃあ、こいつの機体を洗って、次の戦場へ行くとするか」


「あ、あの、漆黒の魔人殿……。その、魔物の体は、洗う必要はないのでは?」


 カリムが、俺の背後に控える巨大な鋼鉄の魔像を見上げながら、恐る恐る進言してくる。


(魔物だと思っているなら、そう思うのも無理はないか……)


 使役している魔獣をこまめに洗っている魔物使いなどいない。


 キラー・マシーン一号機の装甲には、数え切れないほどの魔物を粉砕してきた証として、どす黒い血や体液、そして砂ぼこりがベッタリとこびりつき、正視に耐えないほどの凄惨な有様になっていた。


 兵器としてはむしろ箔がついている状態とも言える。


「俺は綺麗好きなんだよ」


 カリムの疑問を短く切り捨てた。

 彼らにこの機体が俺の魔法による分体であることや、機械の体だから洗車が必要なことなど、細かい説明をするのはひどく面倒臭い。


 俺は唖然とするカリムたちを尻目に、ハレムの巨大な水浴び用のプールを躊躇なく借り受け、一号機をそこへ沈めて豪快に汚れを洗い落とした。


 最後に、守護精霊シルフィーに頼み、血の混じったプールの水ごと周囲を神聖な力で浄化してもらう。


 ピカピカに磨き上げられた一号機と共に、俺は自宅の中庭の広大な機体格納庫へと転移した。


 そこからは、ドワーフの姫であるエイルたちの出番だった。


「おおっ! 随分と派手に暴れてきたみたいですね! 関節部のギアが少し摩耗しています、すぐに油を差して調整しますよ!」


 金属を叩く甲高いハンマーの音と、機械油の独特な匂いが格納庫に充満する。


 エイル率いる優秀なドワーフの少女たちに丸一日かけて機体の細かな整備とチューンナップを行ってもらい、一号機は新品同様、いや、それ以上の完璧な状態へと仕上がった。



 ***


 次なる一号機の投入先はすでに決まっていた。


 防衛線が不安定な状態に陥っているヴァランティーヌ侯爵領。

 そして、それに隣接し、すでに魔物が跋扈する魔境と化してしまったアドラステア帝国の最東端、アイゼンバルト辺境伯領である。


 だが、キラー・マシーン一号機を前線へと投入する前に、俺はヴァランティーヌ侯爵の居城へと足を運び、彼にしっかりと断りを入れておくことにした。


 俺は、組織を動かす上での「報連相(報告・連絡・相談)」を何よりも重視する男だ。


 味方の領地に正体不明の巨大な魔物を勝手に送り込めば、無用な混乱を招く。 

 それに、こうして事前に筋を通しておくことで、侯爵に多大な恩を売っておいて損はない。


「この忙しい折に、度々お訪ねして申し訳ない、侯爵。――実は、私が手懐けた強力な『魔物』を、敵陣営の奥深くであるアイゼンバルト領へ直接投入しようと思い、ご挨拶にやってまいりました」


 俺が執務室でそう告げた直後。

 窓の外、中庭にズシン! と重々しい着地音を響かせて待機させたキラー・マシーン一号機の威容を目にして、ヴァランティーヌ侯爵は度肝を抜かれたように目を見開いた。


「こ、これはまた……珍しい魔物だな。全身が鉄でできているのか……?」


「ええ。少々見た目は無骨ですが、単機で戦い続け、何万という魔物を蹴散らす継戦能力があります。貴方方の防衛線の負担を劇的に減らすことができるでしょう」


「なんと頼もしい。辺境伯領の奥へ入り、魔物の数を根本から減らしてくれるのであれば、これほどありがたいことはない。前線の部隊には、この魔物が『味方』であると連絡を入れておこう」


 侯爵の了承を得た俺は、満足げに頷いた。



 ***


 城塞都市を出た俺は、町で頑丈な軍馬を一頭買い上げると、キラー・マシーン一号機を伴って、侯爵領の南東に位置する最前線へと向けて出発した。


 俺の転移魔法を使えば、前線など数分あれば到達できる。


 だが、最前線で命がけの防衛戦を行っている正規兵たちの目の前に、突如として空間が歪み、巨大な鋼鉄の化け物が現れれば、いかに侯爵からの通達があったとしてもパニックを引き起こしかねない。


 そのため、あえて正規のルートを辿り、「領主からの頼もしい援軍」としての体裁を整える必要があったのだ。


 人間が乗る馬の歩調に合わせ、巨大なキラー・マシーンがズシン、ズシンと重低音を響かせながら大地を踏みしめて歩く。


 そのあまりにもシュールで異様な光景に、道ゆく人々は皆、口を半開きにして道を譲った。


 ゆっくりとした行軍を続け、七日が経過。

 空の色がどす黒く濁り、焦げた肉の匂いが漂う最前線の基地へと到着した。


 前線の指揮官や兵士たちには、すでに侯爵からの通信魔法によって「漆黒の魔剣士が操る、鋼鉄の援軍」の知らせが行き渡っていた。彼らは一号機の圧倒的な威容を見上げ、どよめきと歓声を上げている。


 指揮官の話によれば、彼らもただ防衛するだけでなく、決死の騎馬隊を編成しては壊滅した辺境伯領に打って出て、少しでも魔物を間引く努力をしているという。


 だが、多勢に無勢であり、領地の浅いところまでしか進出できていないそうだ。


 辺境伯領のさらに奥、湧き出す魔物の森の深部までの道のりは果てしなく遠い。

 しかし、疲労を知らず、恐怖も感じないキラー・マシーン一号機の投入は、その絶望的な戦況の打開を大幅に早めることになるはずだ。


「さあ、行け。存分に暴れてこいよ」


 俺が命令を下すと、一号機のカメラアイが赤く不気味に発光し、轟音と共に魔物の大群が蠢く荒野の奥地へと突撃していった。瞬く間に、遠方で土煙と魔物の断末魔が上がり始める。


 その光景を見届け、人間界の布石を完全に打ち終えた俺は、乗ってきた馬の首を優しく撫でた。


 最寄りの町まで馬を連れて戻り、適切な価格で売り払った後、俺は人目を忍んで空間転移の魔法を発動し、王都の屋敷へと帰還した。

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