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第352話 蹂躙者を蹂躙する

 血のように赤い夕暮れの下、ブランシュフォール辺境伯の居城を抱く巨大な城塞都市は、文字通り終焉の時を迎えようとしていた。


 この町から南東に位置する魔物の湧き点――そこから底が抜けたように溢れ出した大量の魔物の群れが、黒い津波となって分厚い城壁に打ち付けられているのだ。


 もっとも、湧き点から溢れ出た魔物の多くは薄暗く魔力に満ちた環境を好み、エルフの森の方へと流れ込んでいった。

 その「幸運」があったおかげで、この城塞都市は完全に飲み込まれることなく、今日まで辛うじて持ち堪えられていたと言える。


「だが、その命運もあと僅か――か」


 俺は『キラー・マシーン二号機』の分厚い鋼鉄の肩の上に座り、足を組みながら、眼下で繰り広げられる絶望の光景に向けて、少しばかり芝居がかったカッコいいセリフを口にしてみた。


 防壁にはすでに無数の亀裂が走り、門を叩き割ろうとする魔物たちの地鳴りのような咆哮が、ここまで風に乗って響いてくる。


 悲鳴と怒号が入り交じる戦場を見下ろしながら、俺はゆっくりと、眼前の窮地を「助けてやる」ために町へと機体を進ませた。



 ***


 正直なところ、俺にとってブランシュフォール辺境伯の領地など、どうなろうが知ったことではない。


 何しろ、ブランシュフォール辺境伯という男は、元のゲームにおいて典型的な「悪役」として登場するヘイトの高いキャラクターだ。

 仮に俺がここで城を救ってやったところで、奴が素直に感謝の言葉を口にするわけがないし、今までの非道を悔いて改心することもないだろう。


 おまけに、俺の重要な同盟相手であるエルフ族とは、長年血で血を洗う殺し合いを続けてきた犬猿の仲でもある。


 政治的な損得だけを考えれば、このまま見捨てて魔物に食い殺させてしまってもいいような奴だ。

 俺の快適な異世界生活にとって、その方が都合が良い部分すらある。

 

 だが――

 俺の視線は、今にも破られそうな城門の奥、怯えきった顔で身を寄せ合っているであろう数万の領民たちへと向いた。


 目の前の町に暮らしている人々が、全員辺境伯と同じような悪者であるはずがない。その大部分は、その日暮らしの仕事に汗を流し、家族を愛し、ただ懸命に生きているだけの普通の人々なのだ。


 彼らはたまたま、底意地の悪い悪役貴族の領地に生まれてしまった。

 ただそれだけの理不尽な理由で、魔物の牙にかかり無惨に引き裂かれるいわれはない。


 彼らをあっさりと救い出せるだけの圧倒的な「力」を現在有している俺が、あえて見殺しにするというのは、どうにも後味が悪かった。


(……まあ、少しばかりの気まぐれだ)


 俺が胸の内でそう結論づけた瞬間、俺の足元で駆動音が低く唸りを上げた。


 この『キラー・マシーン二号機』の動力であるコア魔石には、写し身の魔法によって俺の魂の一部が付与されている。


 機体そのものが、主である俺と同じ気持ちを共有しているのだ。

 ゆえに、俺が具体的な命令を言葉にせずとも、鋼鉄の巨人は主の意志を汲み取り――殺戮の歩みを開始した。



 ***


「ギィィィィィン……ッ!!」


 身の毛もよだつような金属の駆動音を響かせ、人間界において『鋼鉄の魔人』や『白い悪魔』と恐れられている全長五メートルの巨躯が、黒い魔物の群れめがけて一直線に進撃する。


 二号機は一歩一歩、ゆっくりと歩いているだけだが、その絶大なストライドが巻き起こす突風は凄まじく、肩の上に乗っている俺の髪やコートをバサバサと激しく煽った。


 そんな巨大な人工物が接近してくることに、城壁の上で死に物狂いの防衛戦を繰り広げていた兵士たちが気づかないはずがない。


「な、なんだあれは!?」

「でかいぞ! 白い巨人……新たな魔物か!?」


 彼らは完全に慌てふためき、顔面を蒼白にしていた。

 無理もない。


 ただでさえ処理しきれない魔物の大群に包囲され、自分たちの命が風前の灯火であるという究極の窮地の場面に、さらに見たこともない規格外の巨大な化けキラー・マシーンが出現したのだから。


 完全に絶望のどん底へと突き落とされた気分だろう。


 まだ距離がある上、あまりにも機体が巨大すぎるためか、その肩の上にちょこんと乗っている俺の姿は、彼らの目には入っていないようだった。


 城壁の上の絶望や驚愕など一切意に介することなく、鋼鉄の魔人はついに魔物の群れの最後尾へと激突し、容赦のない駆逐を開始した。


 この城を囲んでいるのは、数は多いが個々の能力はさして高くない、言わば烏合の衆だ。


 大きなものでも、せいぜい二・五メートル級のオークや、群れを率いるゴブリンキング程度。最大の敵と呼べる存在ですら、土塊から生まれた三メートル級の岩石ゴーレムにすぎない。


 五メートルの純粋な鋼鉄の塊である二号機からすれば、それらはすべて児戯に等しかった。


 ズドォォォォンッ!!


 二号機が白銀の巨大な腕を薙ぎ払うだけで、オークやゴブリンの群れは悲鳴を上げる暇もなくトマトのように弾け飛び、血の雨となって周囲に降り注ぐ。


 最大の障壁となるはずだった三メートルの岩石ゴーレムに至っては、二号機の体当たりという力押しで、まるで脆いビスケットのように難なく粉砕されてしまった。



 ***


 圧倒的な質量による、一方的な蹂躙。

 戦闘開始から一時間もしないうちに、さしもの大群も完全に瓦解し、二号機は視界に入るすべての敵をただの肉塊へと変えることに成功した。


 城門を叩く魔物の姿は消え去った。

 町の危機は、間違いなく去ったのだ。


 しかし――

 血の海と化した平原にポツンと立つ鋼鉄の巨人を前にして、町を守っていた兵士たちから、勝利の歓声が上がることはなかった。


 シン、と。

 不気味なほどの静寂が戦場を包み込む。


 圧倒的すぎる暴力をただ見守るしかなかった彼らの顔に張り付いていたのは、安堵ではなく、底知れぬ困惑と、純粋な恐怖だった。


 そして魔物が一掃されたことで、彼らもようやく、血塗られた鋼鉄の魔人の肩に乗る「人間の姿(俺)」に気づき始めた。


「ひぃ、ひぃぃぃっ……! あ、悪魔だ……悪魔が、魔物を従えている……っ!」


 俺と目が合った途端、兵士の一人は恐怖に顔を引き攣らせ、文字通り腰を抜かして城壁の上にへたり込んでしまった。


 無理もない反応だと内心でため息をつきながら、俺は改めて城壁の上を見た。

 すると、パニックに陥る兵士たちの中でただ一人、微動だにせずこちらを見ている見知った顔があった。


 そいつは、ゲームにおける悪役貴族。

 アルビオン・ディ・ブランシュフォール。


 三十代後半に差し掛かる年齢の男だ。


 日に透けるような白い肌と、月光を思わせる銀色の髪が特徴的な、どこか冷たさを感じさせる高貴で端正な顔立ち。

 血と泥に塗れた戦場には似つかわしくない上等な装束に身を包んだその男は、城壁の縁から身を乗り出すようにして、俺を睨みつけていた。


 彼は言葉を発しない。

 だが、その瞳の奥には、正体不明の怪物に自らの領地を「救われてしまった」という屈辱と、底知れぬ警戒心が渦巻いているのがはっきりと見て取れた。


 その男は必死に感情を押し殺しながら――

 ただ静かに、鋼鉄の魔人を操る俺を見据えていた。

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