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第351話 荒廃した領土と抵抗の跡

 俺は今、エルフの森に隣接する人間の領土――

 ブランシュフォール辺境伯領に足を踏み入れていた。


 事の発端は、エルフの里で行われた評議会だ。


 血気盛んな強硬派のエルフたちを黙らせるため、俺自身が彼らと辺境伯との間に『永続的な和平(という名の絶対的な不可侵協定)』を強制的に結ばせると約束したからである。


 評議会の後、俺はひとまずエルフの姫リフィアを王都の劇場【砂漠の星】へと転移で送り届けた。そして一旦自らの屋敷へと帰還し、中庭の倉庫に置いてあった切り札の一つ、『キラー・マシーン二号機』を起動させたのだ。


 二号機を伴った俺が転移魔法で跳んだ先は、エルフの森の南西に位置する、淀んだ空気が渦巻く魔物の湧き点だった。


 ここは以前にも一度訪れたことがある場所だ。

 だが、転移の光が収まった瞬間に肌を刺した禍々しい気配は、あの時とは比べ物にならないほど濃密だった。


 以前は周囲を丹念に探さなければ見つからない程度の個体数だったというのに、今はどうだ。

 視界の広がる荒野をざっと見渡しただけでも、優に百匹を超える醜悪な魔物の群れが、ひしめき合いながら蠢いているのが確認できた。


「グルルルゥゥ……ッ!」

「ギシャァァッ!」


 突如として空間から現れた俺と二号機の存在に気づき、魔物たちが一斉に敵意を剥き出しにしてざわめき立つ。血走った無数の眼球がこちらを捉え、よだれを撒き散らしながら四方八方から襲いかかってきた。


 しかし、俺の心に焦りや恐怖は一切ない。

 迫りくるそいつらは、今の俺たちにとって脅威でも何でもないからだ。


 何しろ、俺の傍らにそびえ立つ『キラー・マシーン二号機』は、全長五メートルにも及ぶ圧倒的な質量を持った「鋼鉄の塊」である。


 ズゥゥーン……ッ!!


 二号機が一歩、重々しく足を踏み出した。


 ただそれだけで大地が激しく震え、接近していた数匹の魔物が、悲鳴を上げる間もなく巨大な鋼の足裏によってトマトのように無残に踏み潰される。


 この機体の動力源であるコア魔石には、『写し身の魔法』によって俺の魂の一部が付与されている。


 この巨大な人型兵器の操作は極めて精密で難易度が高いのだが、ただ「歩き、目の前の障害物を蹴散らす」程度であれば、魂をわずかに移して大雑把な命令を下すだけで十分事足りた。


 俺は上を見上げ、その五メートルの巨人の分厚い右肩の上に瞬間移動する。

 そして、王座にでも座るかのように腰を下ろした。


 全長五メートルの巨人が歩く一歩の歩幅は、人間のそれとは次元が違う。

 肩の上に乗っていると、巨大な機械の駆動音が足元から響き、まるで遊園地のダイナミックなアトラクションにでも乗っているかのような高揚感があり、なかなか面白い。


 ブチブチと気色悪い音を立てて雑魚魔物たちをミンチに変えながら、俺たちは流れる凄惨な景色を悠然と堪能しつつ、ブランシュフォール辺境伯の領地深部へと進軍を開始した。



 ***


 魔物がうろつく鬱蒼とした森を抜け、辺境伯の領内へと入る。


 最初に見えてきたのは、かつて農民たちが暮らしていたであろう小さな村。

 ……いや、正確には「村だった場所」と言うべきか。


 家屋の屋根は無残に引き剥がされ、壁は砕け散り、あちこちに黒焦げた焼け跡が残っている。


 そこに人の気配は一切なかった。


 代わりにその廃墟を我が物顔で占拠していたのは、鋭い牙と爪を持った魔物の群れだ。どうやら、自分たちで住民を喰らい尽くし、完全に壊滅させたこの村にそのまま居着いているらしい。


 グチャッ。

 メキメキッ。


 俺の意識を付与してあるキラー・マシーン二号機が、瓦礫の山ごと、群がってくる魔物を手当たり次第に踏み潰していく。


 この純白の装甲に身を包んだキラー・マシーン二号機は、人間界の一部では圧倒的な恐怖と畏敬を込めて『鋼鉄の魔人』、あるいは『白い悪魔』という通称で知れ渡っている。


 もし平時であれば、領民たちにこの動く巨大な兵器を見られただけで大パニックを引き起こすところだったが……皮肉なことに、しばらくはその心配は無用のようだ。


 目撃して騒ぐべき人間が、この土地にはもう誰一人として残っていないのだから。



 ***


 さらに鋼鉄の魔人を歩ませ、より内陸へと進む。

 やがて見えてきたのは、高い防壁を備えていたはずのかなり大きな商業町だった。しかし、そこからも黒々とした煙と火の手が上がり、空を焦がしている。


 この領地は以前にも一度、魔物の大群に襲われている。

 俺がエルフと同盟を組むために、このブランシュフォール辺境伯領に千匹規模の魔物の軍勢を召喚し、差し向けたことがあった。


 だが、その時の襲撃と今回の惨状は、根本的に意味合いが違っていた。


 あの時、俺は魔物たちに「軍事施設や兵士のみを狙え」という厳密な縛り(命令)を与えていた。

 あくまで戦力を削ぐための、人道に配慮した限定的な攻撃だったのだ。


 しかし、今回アシュラフが引き起こした世界規模のモンスター・スタンピードには、当然ながらそんな慈悲深い縛りなど存在しない。


「……ひどい有様だな。ここまで決定的な痛手を被るとは。領地の再建は、もはや絶望的だろう」


 巨人の肩の上から町の中を見下ろした俺は、感情の乗らない冷たい声でそう呟いた。


 石畳の通りには、魔物と必死に交戦したであろう生々しい跡が延々と続いている。折れた槍、へし曲がった剣、そして……無残に食い散らかされ、原形をとどめていない兵士たちの死体が、文字通りゴミのようにそこかしこに転がっていた。


 少数の生き残りは命からがら別の都市へ逃げ出したのだろう。

 この大きな町にも、生存者の気配は全く感じられなかった。


 キラー・マシーンの巨大な姿に気づき、血の匂いに狂った魔物たちが次々と路地裏から湧き出して襲いかかってくる。

 俺はそいつらを巨人の足でただ機械的に踏み潰し、あるいは薙ぎ払いながら、燃え盛る死の町を冷酷に通り抜けていった。



 ***


 町を抜け、見晴らしの良い平原や、鬱蒼とした森の横をひたすらに歩き続ける。


 森の中からは時折、縄張りを荒らされたと勘違いした魔物の群れが飛び出してきたが、そのすべてが二号機の歩みをとめることすらできず、ただの血の染みへと変わっていった。


 どれくらいの距離を歩き、どれほどの数の魔物を轢き潰しただろうか。


 ふと空を見上げると、いつの間にか綺麗な夕日が西の空を赤く染め上げていた。

 その光景は、まるでこの大地に流れた夥しい血潮が空に反射しているかのようで、ひどく不吉な美しさを放っている。


 そして、その血に染まったような夕日を背にして、ついに目的の場所が見えてきた。

 ブランシュフォール辺境伯の居城である。


 堅牢を誇る巨大な城壁。

 その巨大な門は今、死に物狂いで固く閉ざされている。


 だが、俺の目を惹きつけたのは城そのものではない。その分厚い城壁の周囲を、まるで黒い海のようにびっしりと覆い尽くしている「絶望」の方だ。


 数千、いや、万に届くかもしれない圧倒的な数の魔物の大群が、辺境伯の居城を完全に包囲し、波のように押し寄せては城壁を削り取っていた。


 もはや陥落は時間の問題だろう。


 俺はキラー・マシーン二号機の肩の上で足を組み、頬杖をついた。

 そして、虫の息となっているであろう辺境伯の籠る城と、それに群がる魔物の波を、ただ冷徹に、チェス盤でも見下ろすかのように静かに眺め続けていた。

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