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第348話 思わぬ拾い物

 ザハラ王国の地方都市、イスファラ。


 外周でのギガ・スコーピオン討伐を終えた俺は、熱砂の吹き荒れる乾いた街を抜け、領主サーメフの屋敷へと帰還した。


 分厚い石造りの扉をくぐると、魔法具によって冷やりと快適な温度に保たれた空気が肌を撫でる。俺の片腕の中には、先ほどの騒動の最中に拾った薄汚い少女が、大人しく抱えられたままだった。


「こ、これはこれは、漆黒の魔剣士殿ォッ! 我が町に入り込んだ恐るべき魔物の討伐、誠にご苦労様でございました!」


 エントランスホールに足を踏み入れるなり、領主のサーメフが弾かれたように駆け寄ってきた。


 豪華な絨毯の上に膝をつき、滝のような冷や汗をダラダラと流しながら、俺の帰還を過剰なまでにもてなしてくる。その顔には、安堵と、俺に対する底知れぬ恐怖が入り混じっていた。


「ああ。あの程度の雑魚など、俺にかかればどうということもない」


 俺は腕の中の少女を下ろすことなく、冷ややかな視線で足元の領主を見下ろした。


「……それよりお前、俺が屋敷を出る前、あの魔物が入り込んだのを『俺が差し向けたせいだ』と喚き散らしていたよな?」


 意図的に声のトーンを落とし、呆れを込めて尋ねる。

 その瞬間、サーメフは「ヒィッ」と短い悲鳴を上げ、慌てて床に額を擦りつけるほどの勢いで平伏した。


「も、申し訳ございません! あ、あれはですね、愚かな部下からそのように誤った報告を受けまして! てっきり、あなた様の壮大な計画の思し召しなのかと、私めが早合点をしてしまった次第でございます!」


 サーメフは必死に言い訳を並べ立てる。


「そのような報告を上げた無能者は、直ちに責任を取らせて始末いたしますゆえ! どうか、何卒この私めにお許しを……っ!」


(……どうせ嘘だろうな)


 震える背中を見下ろしながら、俺は内心で鼻で笑った。


 自分の不始末と勘違いを、名もなき部下のせいにして擦り付けているだけだ。

 この男の小者っぷりには反吐が出る。


 とはいえ、ここでサーメフを問い詰め、悪くもない末端の兵士が理不尽に首を切られるのはあまりに可哀そうだ。俺は大きくため息をつき、あえてこの見え透いた嘘を不問にしてやることにした。


「別に構わん。いちいち怒っているわけではない。お前のくだらない保身のために、貴重な人的資源を無駄にするな」


「ははっ! おお、海より深きお許しをいただき、誠に、誠にありがとうございますっ!」



 ***


 命拾いをしたと悟ったサーメフは、露骨にホッと息を吐き出し、媚びへつらうような笑みを浮かべて顔を上げた。


 そこで初めて、俺の腕の中にいる存在に気がついたらしい。


「――ところで、漆黒の魔剣士殿。その、大変小汚い身なりをした少女は一体……? まさか、町からわざわざ攫ってこられたのですかな?」


 サーメフの濁った目が、いやらしく細められる。

 彼は下品に両手を揉みながら、声を潜めてすり寄ってきた。


「いやはや、あなた様のような御方が、よもや『あどけない少女』もいける口でいらっしゃったとは……! お好みがそういうことでしたら、私めに一言お申し付けくだされば、もっと上等で美しい人材をいくらでもご用意いたしましたのに」


「…………ん?」


 あまりの思考の飛躍に、俺は絶句した。


 どうやらこの男は、俺が性的な目的で孤児のガキを拾ってきたと、とんでもない誤解をしているようだ。


 こいつは、息を吐くように邪推と誤解をしなければ死んでしまう病気にでもかかっているのだろうか?


「人聞きの悪いことを言うな。こいつは、魔物に襲われていたところをついでに助けてやっただけだ。身寄りがない、世話をしてくれと図々しく言うから、気まぐれで拾ってやったにすぎない」


 俺は不快感を露わにして事実を告げたが、サーメフのニヤニヤとした笑みは消えなかった。


「そんな、まさかご冗談を! 冷酷無比なあなた様が、純粋な『人助け』などするはずがありません。ヒヒッ、恥ずかしがらずともよいのです。そういった特殊なご趣味は、退屈を持て余した上流階級や、抑圧された聖職者にはよくあること。私めは一切他言無用といたしますゆえ」


 ダメだ。

 完全に自分の都合の良いシナリオを信じ切っている。


 これ以上言葉を費やしても、こいつの脳内にある汚れたフィルターを通せばすべて「照れ隠し」に変換されるだけだ。


 俺はこいつの誤解を解くことを、完全に諦めた。


「……まあ、もうなんでもいい。とにかく、このガキのサイズの着替えを用意しろ。それと、使用人を呼んでこいつの体の汚れを洗わせろ」


 このまま連れ歩くには、あまりにも土埃と泥にまみれすぎている。 

 俺のテリトリーに連れ帰る前に、この屋敷の設備を使わせて最低限身ぎれいにしておく必要がある。


 俺が命令すると、サーメフは「お任せを!」と嬉々として手配を進めた。


 すぐに呼ばれた二人の女性使用人がやってきて、俺の腕から少女を預かり、浴室へと連れて行く。


 俺はひとまず、確保してある自室へと入り、大きなソファに深く腰を下ろして休息をとることにした。



 ***


 静かな部屋で一人くつろぎ、魔物討伐の疲れを癒やすこと小一時間。

 コンコン、と控えめなノックの音が響き、屋敷の使用人が扉を開けた。


「お待たせいたしました。身支度が整いました」


 使用人の背後から、見違えるように綺麗になった少女が静かに部屋へと入ってきた。

 俺は思わず、その姿に目を細めた。


 泥とススにまみれていた顔は白磁のように滑らかになり、ボサボサだった髪は丁寧に梳かれて、艶やかな亜麻色の輝きを取り戻している。


 サーメフが急ごしらえで用意させたであろう、上質な仕立ての小奇麗なワンピースが、彼女の華奢な体によく似合っていた。


 部屋の中に、ふわりと高級な石鹸の甘い香りが漂う。


「ほう。泥を落とせば、なかなか見違えるようになったじゃないか」


「……ありがとうございます」


 俺の言葉に対し、少女は小さな、しかしはっきりとした声で答えた。


 巨大な魔獣をあっさりと屠り、領主すら震え上がらせる俺と二人きりになったというのに、彼女の黒曜石のような瞳には怯えや物怖じする様子が一切ない。


「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな」

「……サラ、といいます」


 サラ。

 簡潔な響きの名前だ。


「そうか。俺の名はゼノス。ゼノス・グリムロックだ。覚えておけ」

「わかりました。命を助けていただいたこと、改めてお礼申し上げます。ゼノス様」


 サラは上品に、そして完璧な所作で頭を下げた。


(この屋敷の使用人のしぐさを見て覚えたのか)


 孤児とは思えない落ち着きと、状況を正確に把握する高い適応能力。

 先ほどの路上での交渉といい、やはりこいつはただの子供ではない。頭の回転が恐ろしく速い。


(……ただの気まぐれで拾ったが、これは思わぬ『拾い物』かもしれないな)


 俺は彼女の底知れぬポテンシャルに内心で舌を巻きながら、手招きをしてサラを俺のそばへと呼び寄せた。



 ***


「お前たちはもう下がっていいぞ」


 俺は入り口に控えていた二人の使用人に向かって、顎で退出を促した。


「かしこまりました。……うふふ、まあ。それでは、これからごゆっくりと『お楽しみ』くださいませ」


 使用人たちは、顔を見合わせて頬を染めながら、そんな不敬極まりないセリフを残して恭しくドアを閉じた。


 ……どうやら、サーメフの下劣な誤解は、すでに屋敷の使用人にまで広く蔓延してしまっているらしい。ため息しか出ない。


「移動するぞ」


 俺は転移魔法の構築を開始し、サラの小さな手を取った。


「これから、お楽しみなのですか?」


 俺の手を握りながら、サラがコトンと首をかしげて、無表情のまま聞いてきた。

 先ほどの使用人の言葉の意味を、わざと尋ねているのか、本当に分かっていないのかは読めない。


「……あいつらの言う戯言は、真に受けなくていい」


 俺は忌々しげに吐き捨てた。

 足元に眩い魔法陣の光が展開し、空間が歪み始める。


 目指す行先は、アースガルド王国の王都。


 俺が所有する、巨大な劇場型レストラン【砂漠のデザート・スター】だ。

 この聡明で奇妙な少女を預け、さらなる価値を見極めるには、あの場所が最適だろう。


 光が視界を白く染め上げる。

 俺とサラの姿は、誤解に満ちた領主の屋敷から完全に消失した。

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