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第347話 少女との駆け引き

 灼熱の太陽が照りつける砂漠の王国の地方都市、「イスファラ」。


 平穏なオアシスを突如として襲ったイレギュラーな巨大モンスターの脅威は、たまたまこの街に滞在し、迎撃に出た俺の手によってあっけなく幕を下ろした。


 俺が剣身から流し込んだ『時限式爆裂魔法』によって、巨大なサソリタイプの魔物・ギガ・スコーピオンの強固な肉体は、内圧に耐えきれず内部から派手に爆ぜた。


 緑色の体液と甲殻の破片が、乾いた砂地へと雨のように降り注ぐ。

 焦げた肉の臭いと、オゾンのような魔力の残滓が周囲の空気に色濃く立ち込めていた。


 圧倒的な暴力の余韻が漂う中、俺はそっと視線を落とす。

 そこにいるのは魔物の巨大なハサミにすり潰される寸前だったところを、ついでに助け出した小汚いガキだ。


 さて、こいつをどうしたものか――。


 少女は年齢にして十歳かそこらだろう。

 擦り切れてボロボロになった布切れのような衣服を纏い、露出した細い腕や足は土埃にまみれている。


 どこからどう見ても、その日を生きるのすらやっとの貧しそうな身なりだった。


 当然、無事に親元へ送り届けたところで、金貨の一枚はおろか、まともな謝礼など一切期待できないだろう。


 もちろん、魔物を倒す「ついで」に気まぐれで助けただけなので、最初から見返りや礼など期待していない。


 だが、せっかく人助けをしたというのに、後から身寄りのないガキを放り出したと周囲から文句を言われたり、白い目で見られてはたまらない。



 ***


「……おい、もう脅威は去った。怪我がないなら自分の家に帰れ」


 俺は地面に降り立つと、不愛想な声で少女に声をかけた。


 このガキと俺の間には優に四十センチ以上の身長差があった。

 俺が見下ろす形になる小柄で華奢な体躯。


 だが、その薄汚れた小さな両手は、俺の漆黒のコートの裾をギュッと力強く握りしめ、決して離そうとはしなかった。


「……? どうした」

「家は、つぶれました」


 少女は俺を見上げたまま、平坦な声でそう告げた。

 瓦礫の山となった外周の惨状を見れば、それも嘘ではないだろう。


「……それは気の毒にな。そうか……とりあえず、親のところに行け」

「親は死にました。あの魔物に……さっき、食べられて」


 そうか――。


 それはひどく困ったことになった。

 天涯孤独の身となった子供を、この半壊したスラムのような場所に放置していくのは流石に気が引ける。


 俺は面倒な展開になったと内心で頭を抱えながらも、ふと、強烈な『違和感』を覚えた。


 目の前にいるこの子供の態度は、どうにも冷静過ぎるのだ。


 普通、目の前で巨大なバケモノに親を殺され、自分自身も死の淵に立たされた直後の子供であれば、泣き叫ぶか、恐怖で失禁して震え上がるか、あるいは絶望で虚脱状態に陥るかのどれかだ。


 極度のショック状態だから感情の起伏が消失しているのかとも一瞬考えたが、違う。

 俺のコートを掴む手には確かな力と意志がこもっており、何より、俺を真っ直ぐに見つめ返してくるその黒曜石のような瞳には、絶望の濁りなど微塵もなかった。


 どちらかというと、この少女の奥底からは、状況を冷静に分析し、生き残るための最善手を導き出そうとする恐るべき「聡明さ」のようなものを感じていた。


「……親がさっき死んだというのは、嘘だな。お前、もともと孤児だったんだろ?」


 俺が冷たい声でカマをかけると、少女の肩がピクリと跳ねた。


「……はい。嘘をついてすみませんでした」


 あっさりと非を認めた少女は、しかし悪びれる様子もなく言葉を続ける。


「でも、魔物に襲われて、私がこっそり住んでいた空き家が壊されたのは本当です。帰る場所も、食べるものもありません」


 少女は依然として、俺のコートの裾を掴んで離さない。

 そして、この絶望的な状況下で、彼女は信じられないほど図々しいお願いを口にした。


「これも何かのご縁ですので、どうか私を養ってください。お願いします」



 ***


「…………」


 あまりの言い草に、俺は思わず呆気にとられた。


 命の恩人に対して、金も家もないから自分を丸抱えで養えと言うのだ。

 この土壇場で、圧倒的な暴力を持つ俺に対してそんな交渉を持ちかけてくる度胸と図太さには、舌を巻くしかない。


 おそらく彼女は、俺が魔物を瞬殺したのを見て、「この強者の庇護下に入ることこそが、この先最も安全に生き残る確率が高い」と打算で弾き出したのだろう。


 俺は少し間をおき、無言で少女の顔を見下ろしてから、ふっと息を吐いてこいつの願いを聞いてやることにした。


(……このザハラ王国という国では、カリムを筆頭に、裏切りと欲望にまみれたろくでもない連中ばかりで嫌な目に遭ってきた俺だが……不思議と、このガキからはそういう『嫌な感じ』がしないんだよな)


 ムカつく奴や敵対する者には、一片の容赦もなく残酷な対応をするのが俺の流儀だ。


 だが、俺の根底にあるのは――

 どうしようもない「お人好し」という性分だった。


 誰彼構わず無差別に人助けをするような聖人君子を気取る気は毛頭ないが、ここまで奇妙な縁ができてしまい、懸命に生きようと俺の服を掴むガキを、この無法地帯に放置して見捨てることはできない。


(しかし、どうしたものか……)


 引き取ると決めたはいいが、預け先が問題だ。


 この町――

 イスファラの領主サーメフは、今や恐怖で支配した俺の手下だ。


 あいつに命じれば、表向きは恭しくこの子の面倒を見てくれるだろう。


(だけど、あいつの本質は陰険で小賢しいからな。俺の目の届かないところで、腹いせにこのチビを陰湿にいじめる可能性がある)


 では、サーメフの娘であるフィラーマはどうか。

 彼女なら、父親のような悪意を持って虐待することはないだろう。


 だが、その代わり、新しいペットかおもちゃを手に入れた程度にしか考えず、一人の人間としてちゃんと面倒を見るようなことはしない。


 そういうタイプだ。


(……あそこに連れて行くのが一番安全だな)


 少しの思考の末、俺はこのガキを、自分の所有する『劇場』に預けることに決めた。


 あそこには、ザハラ王国出身の事情を抱えた従業員が多く働いている。孤児の一人くらい、裏方として面倒を見させるのは容易いし、あいつらなら理不尽な扱いはしないだろう。



 ***


 俺の中で今後の方針がきっちりと決まった頃、遠くからガチャガチャと金属音を鳴らしながら、町の衛兵たちが恐る恐る集まってきた。


 街の外周で暴れ狂っていたはずの巨大なギガ・スコーピオンが、凄まじい爆発音と共に沈黙したため、ようやく肝を冷やしながら様子を見に来たようだ。


 彼らは、原型を留めないほど四散した巨大な魔獣の死骸と、その中心で無傷のまま立つ俺の姿を交互に見比べ、信じられないものを見るように目を丸くした。


「……ひ、ヒィッ! ま、まさか、あんなバケモノを……お一人で倒されたのですか!?」


 震える声で尋ねてくる衛兵のリーダー格に向け、俺は余裕の笑みを浮かべて鼻で笑った。


「ああ。俺にかかれば、こんな雑魚――どうということはない」


 圧倒的な強者としての事実を突きつけ、驚愕で固まる彼らに軽く声をかけてから、俺はきびすを返した。

 向かう先は、ひとまず領主サーメフの屋敷だ。


「ほら、しっかり掴まってろ」


 俺は足元にいた少女の小さな体を軽々と腕に抱き上げた。


 急な浮遊感に一瞬だけ驚いたように目を丸くした少女だったが、すぐに俺の首に細い腕を回し、大人しく身を委ねた。


 拾ったばかりの奇妙で聡明なガキの、予想外に温かい体温を腕の中に感じながら、俺は砂漠特有の乾いた風の吹く街を、ゆっくりとした足取りで歩き出した。

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