第337話 蹂躙と殲滅
アドラステア帝国の帝都。
その巨大な防壁を埋め尽くす数万の魔物の群れを眼下に収めながら、俺は魔物の侵入を辛うじて防いでいる正門の上に立っていた。
俺の傍らには、剣に宿る守護精霊シルフィーが実体化してふわりと宙に浮いている。俺たちは二人の魔力と特性を融合させ、今まさに、天を焦がすような超大規模魔法を作り上げていた。
見上げるほどの上空。
そこには、巨大な球形を成した自然エネルギーの塊が脈動しながら浮かんでいる。
紫電を帯びた凶悪な雷と、鋭く尖った無数の氷の礫。
それらを、シルフィーが操る規格外の強風が分厚く包み込み、巨大なミキサーのようにごちゃ混ぜにして高速回転させているのだ。
大気が悲鳴を上げるような轟音が周囲の空気をビリビリと震わせ、オゾンの焦げたような匂いが城壁の上にまで立ち込めていた。
背後に控える帝国軍の将軍や騎士たちは、余りのスケールに言葉を失い、ただただ呆然と空を見上げている。
「主様よ。そろそろ、いいかのぅ?」
シルフィーが、退屈そうにあくびを噛み殺しながら聞いてきた。
「ああ。魔物どもの群れの中へ、ゆっくり下ろしてくれ」
俺が静かに命じると、シルフィーは楽しげに小さな手を振り下ろした。
***
ゴアァァァァァァァァッ!!
上空で荒れ狂っていたエネルギーの塊が、重力に引かれるように徐々に地面へと近づいていく。そして、地表に触れた瞬間、それはこの世の終わりを告げるような地獄を顕現させた。
地表に到達した球形のエネルギー体は、周囲の空気を巻き込みながら、天を衝くほどの巨大な竜巻へとその姿を変化させたのだ。
大竜巻は、地響きを立てながら前進を開始し、平原を隙間なく埋め尽くしていた魔物の軍勢を一方的に蹂躙し始めた。
逃げる間など与えない。
圧倒的な吸引力が、魔物たちを塵芥のように宙へと吸い上げていく。
中には三メートルを超えるような重量級の巨大ゴーレムやオーガの姿もあったが、大自然の猛威の前ではその巨躯も無意味だった。
お構いなしに竜巻の内部へと飲み込まれ、凄まじい勢いでシェイクされていく。
「おいシルフィー、城門に近づけすぎて壊すなよ」
「無論じゃ、我を誰だと思っておる。任せておくがよい」
俺の忠告に対し、シルフィーは自慢げに胸を張り、器用に大暴風の軌道を操作していく。
竜巻の内部は、まさに阿鼻叫喚の血肉のミキサーだった。
雷に打たれて黒焦げになり、超高速で飛び交う氷の礫によって全身に小さな穴を開けていく。
そして、ボロ雑巾のようになった魔物たちは、上空へと高く投げ出され、後はただ重力に従って地表に落下するしかなかった。
運良く竜巻の中で氷の礫や雷の直撃を免れた魔物もいたが、数十メートルの上空から硬い地表に叩きつけられれば、トマトのように潰れて即死する運命にある。
そのまま三十分ほど、俺たちは竜巻を維持し、平原を巨大な掃除機のように移動させながら魔物の大群を「掃除」し続けた。
やがて竜巻が霧散すると、そこには見渡す限りの肉塊と静寂だけが残されていた。
竜巻の効果範囲に入らなかった端の方の魔物も僅かに残っているため、文字通りの「完全な一掃」とはいかなかったが、平原を埋め尽くしていた数万の魔物たちは、これでほぼ全滅に追い込むことができた。
「ふう……もう、疲れたのじゃ」
魔力を消費したシルフィーが、ふうっと息を吐き、実体化を解いて俺の剣の中へと戻っていった。
よくやってくれた。
俺たちの仕事はここまでだ。
数さえ一桁パーセントまで減れば、残党の処理は息を吹き返した帝国軍で十分に殲滅できるだろう。
***
場面は変わり、アドラステア帝国の姫君、エリザベートの私室。
外の血生臭い戦場とは打って変わり、高級な香木の匂いが漂う静かで豪奢な空間で、俺は彼女と仲睦まじく話していた。
ふかふかの天蓋付きベッドの上に腰掛け、エリザベートの華奢な体を俺の膝の上に乗せながら、今後の動向について情報交換(という名目のスキンシップ)を行っている。
部屋の隅では、彼女の護衛騎士であるフレイヤとエルミーネが、居心地が悪そうに若干頬を赤らめながら、壁の花となって待機していた。
「それにしても……ゼノス様は、単身であれほどまでに規格外の魔法が使えたのですね。私、本当に驚きました」
エリザベートが、俺の胸元に頬を寄せながら、熱を帯びた尊敬のまなざしで見上げてくる。
俺が魔力ゼロの剣士だと思い込んでいた彼女からすれば、あの天変地異のような殲滅劇は、信じがたい光景だったに違いない。
「ああ、お前たちには隠していたがな。俺には、魔界へと自由に移動する術もあるんだ。実は向こうの魔界では、人間界の支配を企む『オルカス』という巨悪と、苛烈な抗争を繰り広げているところでね」
俺はもっともらしい顔をして、適当な大風呂敷を広げた。
ガダームの件で広まっている設定を、ここでうまく自分の都合の良いように繋ぎ合わせる。
「まあ……。ゼノス様が、獣人族との停戦の裏交渉を取り持っていただいたという噂は耳にしておりましたが、まさかそのご本人だったとは……」
「無用な混乱を避けるため、そして周りを油断させるために力を隠してはいたが……俺は裏で、世界平和のために尽力しているんだ」
自分の口から「世界平和」などと白々しい言葉が出たことに内心少しだけ呆れたが、エリザベートは「やはり、ゼノス様は救世主だったのですね」とでも言いたげな、完全に心酔しきった表情で俺の言葉を信じ込んでいた。
***
俺は久々に会ったエリザベートの髪を撫で、その柔らかな体を十分に可愛がる。
やがて、安心感と高揚感で完全に満足し、とろんとした瞳になった彼女をそっとベッドに残し、俺は立ち上がった。
部屋を退出する前、壁際に立つフレイヤとエルミーネの元へ歩み寄り、二人の引き締まった体を順番に軽く抱きしめて、別れの挨拶を済ませる。
「本当なら、お前たちのこともたっぷり可愛がってやりたいところだが、今は時間がなくてな。事態が落ち着いたら嫌というほど構ってやるから、それまでお預けだ。待っているんだぞ」
俺が耳元でそう囁くと、二人は対照的な反応を見せた。
「ば、馬鹿を言うな! 別に、私は貴様に可愛がって欲しくなどないわ! さっさと行け!」
フレイヤは顔を真っ赤にしてそっぽを向き、典型的な照れ隠しの暴言を吐く。
「……こんな状況で私を待たせるなんて、本当に悪いお人ですね。次は覚悟しておいてください。後でたっぷり、私のためだけに時間を取って貰いますからね」
一方のエルミーネは、俺の背中に腕を回し、妖艶な笑みを浮かべて積極的な反応を返してきた。
俺は苦笑しながら二人の体から離れると、魔力を練り上げ、空間転移の魔法を使って帝都から自分の屋敷へと一瞬で帰還した。
名残惜しい気持ちはあるが、仕方ない。
あちこちを飛び回り、完全な徹夜をしてしまった俺の体は、泥のように重くなっていた。
すぐにでも休息が必要だ。
世界規模の魔物の大量発生、暗躍するアシュラフの思惑など、解決すべき問題はまだまだ山積している。
今の俺の最優先事項は、体力の回復と健康維持だ。
屋敷の使用人に湯を沸かさせ、軽く風呂に入って戦場の汚れと疲労を洗い流すと、清潔な寝間着に着替え、俺はふかふかのベッドに倒れ込んだ。
思考が微睡みに溶けていくのを感じながら、俺は深い眠りについたのだった。




