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第336話 不遜なる侵入者

 進むも地獄、引くも地獄。

 帝都放棄という帝国史上最大の悲壮な決断が下されようとしていた作戦会議室。


 俺は隠密魔法を解き、アドラステア帝国の最高首脳陣が顔を突き合わせるその場に、唐突に乱入した。


 巨大な一枚板の机を挟み、アドラステア帝国の頂点に君臨する皇帝、ルートヴィヒ・ギルベルト・アドラスティアの目の前に悠然と立ち塞がる。


 ルートヴィヒの年齢は五十代後半といったところか。

 幾多の戦場と政争をくぐり抜けてきたであろう、岩を削り出したように彫りの深い顔立ち。


 そして何より目を引くのは、王者の威厳を体現したかのような、深淵を思わせる「紫紺」の瞳だ。


 その瞳が、突然空間から湧き出た俺を鋭く射抜く。


「曲者だ! 陛下をお守りしろ!!」


 一拍の遅れの後、壁際に控えていた近衛の護衛たちが、怒声と共に一斉に動き出そうとした。

 ガチャリ、と重厚な鎧が鳴り、無数の抜き身の刃が俺へと向けられ、会議室内にチリチリとした濃密な殺気が膨れ上がる。


 だが、皇帝は玉座に深く腰掛けたまま、わずかに片手を軽くかざした。

 たったそれだけの動作で、護衛たちの動きがピタリと止まる。


 皇帝の目は冷徹に俺を観察していた。


 何重もの結界と精鋭の護衛に守られたこの厳重な空間に、何の気配もなく、まるで散歩の途中にでも立ち寄ったかのように現れた男――。


 ただ者ではないと判断したのだろう。


 今は国の存亡がかかっている状況だ。

 突然降ってわいたような、得体の知れない男の話であっても、この絶望的な状況下においては、聞く価値があるかもしれないと踏んだらしい。


「まずは、名を名乗るのが先であろう」


 低く、腹の底に響くような皇帝の声が会議室を震わせた。


 それもそうだ。

 見ず知らずの不審者に国を預けるバカはいない。


 皇帝の指摘はもっともだ。


「失礼しました。俺は『漆黒の魔剣士ゼノス』――エリザベート様の護衛騎士を務めている者です。この度は、滅亡の淵にある帝国を救うため、急ぎ馳せ参じました」


 俺は右手を胸に当て、堂々と名乗りを上げた。



 ***


 自分の娘の直属の護衛騎士だと名乗った男を見て、皇帝は紫紺の瞳に疑念と、僅かな興味がないまぜになった光を宿した。


 そして、俺の無礼な振る舞いを咎めたり、背後関係を探ったりするよりも先に、今最も肝心な一点だけを鋭く問い質してきた。


「貴様一人で、この帝都を囲む魔物どもを……殲滅することができると、そう申すか?」


 俺はニヤリと笑みを深める。


「ええ、もちろんです。この私にかかれば、あのような有象無象の群れなど、瞬く間に蹴散らして見せましょう」


 絶対的な自信を乗せて、切らなくてもいい大見得を堂々と切ってやった。

 周囲の貴族たちがざわめく中、皇帝の傍らに立つ側近が、素早く皇帝の耳元へ顔を寄せ、俺に関する情報を小声で伝え始めた。


 アドラステア帝国において、俺――

 「漆黒の魔剣士ゼノス」の公式な功績はいくつかある。


 バルバロッサ辺境伯領における厄介な魔法生物の討伐。

 帝国北東部における大規模な野盗狩り。

 そして、国境を脅かしていた獣人族の攻勢を退け、あまつさえあの気高き獣王に認められ、個人的な関係を築いていることくらいか。


 帝国の情報網なら、それ以外にもいくつかの裏情報を持っているかもしれないが、側近の耳打ちを聞き終えた皇帝は、俺を門前払いすることはなかった。


 居並ぶ将軍や貴族たちからは、いまだ訝しげで敵意を含んだ目を向けられている者が多い。


 だが、俺がこの場で無礼討ちにされることはなかった。


 彼らにはもはや、そんなプライドを振りかざす余裕すらないのだ。

 得体の知れない劇薬であっても、藁にもすがりたい状況なのである。



 ***


 そういう訳で、会議から数時間が経過した現在。

 俺は、帝都の正面を護る巨大な城壁の上に立っていた。


 東の空から、まばゆい朝日が昇ってくる。

 冷たい夜気を押し退けるように光が差し込む、すがすがしい希望の朝だ。


 だが、眼下を見下ろせば、そこには希望の欠片もない。


 城壁のすぐ下では依然として無数の魔物たちがうごめいている。

 城壁の上では、徹夜で魔物の迎撃に当たっている傷だらけの兵士たちが、血走った目で忙しく駆け回っていた。


 俺が魔物を迎撃すると正式に決まり、帝国の騎士団長や軍事の責任者たちと手短に話をしてから、ここへ来た。


 帝国軍としては、もはや俺に期待するよりほかにない状況だ。

 仮に重要人物を逃がすための血路を開くにしても、奇跡的に他領からの援軍を待つにしても、包囲している魔物の数は少しでも減らすに越したことはないのだから。


 風が吹き抜ける城壁の上、俺のすぐ隣には、エリザベート姫と、彼女の生真面目な護衛騎士フレイヤ・バートランド、そしてエルミーネ・バルバロッサの三人が立っている。


 少し離れた場所には、彼女たち以外にも、事の顛末を見届けるべく騎士団長や参謀が同行していた。


 エリザベートは、大見得を切った俺の身を案じるように、ひどく心配げな視線を向けてきている。


 一方で、残りの二人――フレイヤとエルミーネは、俺の顔を胡散臭そうに、半ばジト目で睨みつけていた。


「……それで、お前はどうやって魔物を減らす気なんだ?」


 代表して、フレイヤが低い声で問い詰めてきた。


 無理もない。

 彼女たちはこれまで、俺のことを「魔力ゼロのただの剣士」だと信じ込んでいる。


 そもそも、「漆黒の魔剣士ゼノス」という存在は俺の有能な『部下』だと適当な嘘で説明してあったのだ。


 それがどうだ。

 つい先ほどの最高会議で、俺自身が堂々とその名を使い、こんな最前線にまでしゃしゃり出てきたのだから、彼女たちが不審に思わないわけがない。


(まあ、緊急事態だから仕方ないよな)


 俺は内心で軽く開き直った。

 今から面倒な説明や言い訳を並べている時間はないので、その辺の事情はすべてすっ飛ばし、実力を行使して黙らせることにした。



 ***


「出てこい、シルフィー」


 俺は腰に帯びた剣の柄に手をかけ、短く呼びかけた。


「なんじゃらほい。我が主よ」


 ぽんっ、という気の抜けた音と共に、俺の剣に宿っている神樹の精霊が実体化した。


 見た目は五歳くらいの人型の子供。

 長い黄緑色の髪を、綺麗に切りそろえた愛らしい女の子の姿だ。


 突然現れた宙に浮く幼女に、周囲の騎士団長たちがギョッと目を見開く。

 俺はそんな周囲の反応を無視し、懐から冷気を放つ「氷の魔石」を取り出した。


「あれをやるぞ」

「了解じゃ」


 シルフィーが楽しげに笑う。


(本当なら、殲滅戦には広範囲を制圧できるキラー・マシーン二号機を使いたかったところだがな……)


 俺は思考を走らせる。

 二号機、別名「鋼鉄の魔人・ガダーム」は、現在「魔界の重鎮オルカスの部下」という設定で世界的に流布してしまっている。


 ここで俺が大々的に召喚してしまえば、これまでの触れ込みに致命的な齟齬が出てしまう。隠していた実力を披露するにしても、悪名高い魔人を召喚すれば、それがどんな噂に変容するかわからない。


(ただでさえ、帝都での俺の評価は「不審者」だろうからな)


 代わりにお見舞いしてやるのは、俺が『変身魔法』を習得する過程で、シルフィーと共に作り上げた、とっておきの広範囲殲滅魔法だ。


 俺は手にした氷の魔石に莫大な魔力を流し込み、無数の小さな氷のつぶてを生成すると、遥か上空へと一気に射出した。


 ドドドドドドドドドドッ!!


 同時に、シルフィーが両手を空へ掲げ、規格外の風魔法で巨大な竜巻を発生させる。

 天を衝くほどの竜巻が、俺の放った無数の氷の礫を器用に絡め取り、凄まじい速度で天空へと巻き上げていく。


 ゴオォォォォォォォッ!!


 竜巻の内部で、超高速で回転する無数の氷の礫が激しく衝突し、摩擦を繰り返す。


 そこで発生した膨大な静電気は、風の魔力と混ざり合い、やがて紫電を伴う凶悪な「雷」へと急成長していく。


 シルフィーが風をまとめる。

 瞬く間に、帝都の上空に、雷鳴を轟かせながら稲妻をまとった「巨大な球形の暴風の塊」が出来上がった。

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