第332話 救世主現る
世界規模で同時多発的に発生したモンスタースタンピード。
その未曾有の危機に対抗すべく、俺は自邸の屋敷の中庭にある倉庫へと足を運んでいた。
重厚な鉄扉を押し開けると、長らく使われていなかった埃っぽい匂いと、冷ややかな油の匂いが鼻腔を突く。
薄暗い空間の奥底で沈黙を守っていたのは、無骨な鋼の殺人兵器――
「キラー・マシーン一号機」だ。
小型化した三号機とは違い、巨大で暴力的なその姿は、ただ純粋な「殺戮」の機能を体現している。
俺は巨体の胸部装甲を開けて中にあるコア魔石に手を当て、自らの魂を微かに切り取るイメージを脳内に描いた。
『写し身の魔法』
静かに魔力を紡ぐと、俺の体から青黒い魔力の奔流が溢れ出し、一号機の魔石へと吸い込まれていく。自身の意識の一部を切り離し、機体深部に鎮座する魔導コアへと直接宿らせる高度な魔法だ。
――ガゴンッ、ギュイィィィン……!
魂が定着した瞬間、重たい駆動音が倉庫内に響き渡った。
巨人の眼部に禍々しい真紅の光が点灯し、機体がゆっくりと、だが確かな力強さを持って身をよじる。
鋼鉄の関節が軋む音を立てながら、各部の動作確認が行われていく。
「一号機」の俺が内部のステータスを確認している。
魔力伝導率、関節の稼働箇所、兵装の出力――
すべて異常なし。
これで、強力な分体の出撃準備は整った。
さて、どこへ向かうべきか。
俺は少し思案し、ザハラ王国の聖都「アル・ジャバル」へ転移することを決めた。
現在、アースガルドの王都は夕暮れ時で、空が赤く染まり始めている。
時差を考慮すれば、向こうの気候帯ではちょうど日が沈みきり、「夜の始まり」をむかえた頃合いだろう。
ザハラ王国の首都付近には、砂漠の奥地にかなり大きめの「魔物の湧き点」があったはずだ。アイゼンバルト辺境伯領のように防衛線が崩壊していないか、様子を見に行っておいてやろう。
俺は、背後にそびえ立つキラー・マシーン一号機を伴い、ザハラ王国において俺の専用エリアとなっている「ハレムのプール」の座標を指定し、空間跳躍の魔法を発動させた。
***
視界がぐにゃりと歪み、次の瞬間には、肌寒い夜風と微かな塩素の匂いが俺を包み込んだ。
転移が完了した先は、ザハラ王国の王宮内にある広大なハレムのプールサイドだ。
いつもなら、着飾った美しい美女たちが水辺で戯れ、甘い香水と享楽的な空気が漂っている場所だが……今のここは完全に無人であり、不気味なほどの静寂に包まれていた。
いや、完全に無音というわけではない。
遠く、王宮の厚い壁の向こう側――市街地の方角から、微かに魔物の咆哮や、人々の絶叫、そして建物の崩れる重低音が絶え間なく響いてきているのだ。
どうやら、この都市もすでに魔物の侵入を許しているらしい。
俺が状況を分析していると、プールの出入り口を警備していた一人の若い兵士が、転移の気配に気付いてこちらを振り向いた。
「おい、カリムはどこにいる?」
俺が尋ねた瞬間。
兵士の顔からサァッと血の気が引き、その両脚がガクガクと見苦しく震え始めた。
「ひっ! ひぃぃいいいっ!! ば、化け物ォォッ!!」
兵士は腰を抜かし、手にした槍を落としながら、大袈裟なほど悲鳴を上げた。
化け物とは、ずいぶんと失礼な奴だな。
俺は軽く眉をひそめる。
「あっ! し、漆黒の魔人さまでしたか! こ、これは、大変なご無礼を……! そ、そちらに連れている恐ろしい魔物は、魔人さまの配下でございましょうか……?」
這いつくばるようにして必死に謝罪する兵士を見て、俺はようやく合点がいった。
どうやらこの新米らしい兵士は、俺の後ろに音もなく屹立している「キラー・マシーン一号機」の威容を見て、新手の凶悪な魔物だと勘違いしたらしい。
(そういえば、最近はこのプールに機体の洗浄に来ることもなかったからな)
小型化された三号機とは違い、一号機は見上げるほどの巨体だ。
その上、殺戮をするためだけに生み出された機体だ。初めて見た一般兵であれば、恐怖で腰を抜かすこの反応も無理からぬことだろう。
いちいちゴーレムだと説明するのも面倒なので、俺は「配下の魔物」ということにして適当に話を合わせることにした。
「まあ、そんなところだ。俺の連れだから安心しろ。それよりも、カリムはどこにいるんだ?」
「さ、宰相閣下でしたら……現在、迫り来る魔物の迎撃作戦の指揮を取るために、王宮の指令室に籠りきりでございます!」
***
指令室、か。
あの見栄っ張りで小心者のカリムが、まともな軍事作戦の指揮をとれるとは到底思えない。
おそらく、お飾りというか、最終責任者として一番偉い席に座らされ、震えながら報告を聞いているだけだろう。
俺は兵士から指令室の正確な場所を聞き出し、自らそこへ出向くことにした。
(本来ならば、あいつをここへ呼びつけてやるのが筋というものだ。だが、この町にもかなりの数の魔物が侵入して大変な状況みたいだからな)
俺は寛大な心で、特別に気を利かせてやることにしたのだ。
王宮の廊下を歩いていくと、指令室が近づくにつれて、空気がピリピリと張り詰めていくのがわかった。
分厚い樫の木のドアの向こうからは、絶望に満ちた声がひっきりなしに漏れ聞こえてくる。
『第三防衛線、突破されました!』
『西門の部隊は全滅! 魔物が市街中心部へ向かっています!』
『援軍を! 誰か、援軍はまだ来ないのか!?』
怒号と悲鳴が入り混じる中、俺は立ち止まり、背後の一号機に待機を命じた。
そして、ノックもせずに、目の前のドアを思い切り蹴り開けるように乱暴に開け放った。
バンッ!!
という爆音と共に、指令室内のすべての視線が入り口の俺へと突き刺さる。
「おい、カリム! 久しぶりだな、遊びに来てやったぞ!!」
俺は、この絶望の空間にまったくそぐわない――
極めて軽いトーンで声を響かせた。
***
「し、漆黒の魔人殿ォォォッ!!??」
俺の予想通り、部屋の一番奥の中央にある、無駄に豪華で一番偉そうな椅子に座っていたカリムが、俺の姿を見た瞬間、素頓狂な声を上げた。
そして、ガタッと立ち上がろうとした拍子に足をもつれさせ、椅子ごと派手に床へと転がり落ちた。
「そ、そんな……まさか……ッ。この最悪のタイミングで、来るとは……!!」
床に這いつくばったカリムは、俺を見上げたまま顔をくしゃくしゃに歪ませた。
「う、うぉお……うおおおおおおおおんっ!!」
そして次の瞬間――
大の大人が、それも一国の宰相が、周囲の騎士や官僚たちの目も気にせず、恥ずかしげもなくマジ泣きし始めたのだ。
滝のように涙と鼻水を流し、俺の足元にすがりつかんばかりの勢いである。
俺が援軍として駆け付けたことが、自らの死を覚悟するほど追い詰められていたこの男にとって、よほど嬉しかったと見える。
思えば、俺はこのザハラ王国において、腹の立つことが非常に多かった。
誰も俺に感謝しなかったり、何でもかんでも俺のせいにしたり……、それは全てこのカリムが原因なのだが。
(なるほど。死の淵を覗いて、こいつもようやく心を入れ替えたか。俺という存在のありがたみと、感謝することを覚えたらしいな)
俺はカリムの号泣を見て、満足げに頷いた。
「泣くほど喜んでくれるなら、来た甲斐があったというものだ」
それから呆気にとられている指令室の面々を見渡し、フッと笑う。
「俺の配下(キラー・マシーン一号機)を置いていってやる。町に入り込んだ魔物の迎撃は、こいつに全て任せておけ。じゃあな」
俺は一方的にそれだけを告げると、鼻水をすするカリムの返事すら待たず、さっさと次の目的地への転移魔法を発動させた。
彼らの防衛戦は、キラーマシーン・一号機が手堅く解決してくれるはずだ。
俺が長居してやる必要はない。




