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第329話 手堅く処分した

 (ゼノス視点)


 魔界の淀んだ空気を肺から吐き出し、俺は人間界にある自身の屋敷のエントランスへと転移を完了させた。


 つい先ほどまで、俺は魔界の最前線に赴き、味方につけた「樹木の魔人」たちと共に、オルカス陣営の猛烈な攻勢を迎え撃っていた。


 大地の形が変わるほどの激戦の末、やっかいな強敵であった「蟲の魔人」と「サルの魔人」を討伐することに成功し、ひとまずの区切りをつけて帰宅したのだ。


 もちろん、敵陣営の底知れぬ攻勢はまだまだ続いている。

 だが、いかに魔力量が規格外に多かろうと、俺のベースである「人間の体」には物理的な限界がある。精神的な疲労の蓄積も馬鹿にならない。


 万全のパフォーマンスを維持し、長期戦を生き抜くためには、適切な休息がどうしても必要なため、一度休みに来たわけだ。


 だが、帰還の理由は己の休息のためだけではない。


 こちらの世界――

 人間界の情勢が、どうにも気になっていたのだ。


 分体からの情報によれば、人間界に点在するすべての「魔物の湧き点」から、途方もない数の魔物が溢れ出しているという。


 とはいえ、出てくる魔物自体は、魔界の過酷な環境に生息する個体の中では、最下級に位置する「弱い部類」になるはずだ。


 次元を繋ぐ湧き点には容量のようなものがあり、個体として強大な魔力を持てば持つほど、湧き点を通じた空間移動が困難になるからだ。


 現在人間界に存在しているボスクラスの「強い魔物」たちは、はるか昔に魔界からやってきて、こちらの世界で時間をかけて進化したものに過ぎない。


 よって、今現在、湧き点から突如として大量に出現している魔物は、「湧き点の狭いゲートを通れる程度の雑魚」でしかないのだ。


 一体一体は、王国が誇る人間の常備兵でも、十分に連携すれば対処可能なレベルの相手である。


 問題なのは、その「絶望的な数」だ。


 いかに個が弱くとも、数万という津波のような群れに飲み込まれれば、人の集落などひとたまりもない。厳しい戦闘訓練を受けた兵士であっても、多勢に無勢の状況に陥れば、あっという間に動きを封じられ、押し潰されてしまう。


(各領主が城壁都市の防御を固めているはずだから、王国騎士団が遊撃兵として各地を回り、敵の総量を根気よく削っていくしかないだろうな……)


 非情な決断ではあるが、全てを無傷で守ることは不可能だ。

 防衛を諦め、切り捨てることになる村や町は、これからかなり多くなるだろう。


 この状況下において、人間サイドの唯一にして最大の切り札となるのは、なんといってもリアム王子の「天使召喚」だろう。


 広域に「聖域」を展開できるエレノアやリリアーナを人間界に連れてきて手伝わせたいところだが……彼女たちは現在、魔界における魔王城の結界維持に不可欠な存在となっている。


 オルカス陣営に対する最大の抑止力である彼女たちを、安易に動かすわけにはいかないのだ。



 ***


 屋敷に到着した俺は、すぐさま使用人たちに温かい食事を用意させ、まずは軽く風呂場で血と泥にまみれた体を洗い流した。


 湯船から立ち上る真っ白な湯気が、張り詰めていた神経を少しだけ解きほぐしてくれる。窓の外を見やれば、人間界ではすでに日が沈み、深い夜の闇が広がっていた。


 湯を上がり、すぐに真新しい黒の戦闘服へと身支度を整えると、執務室で待機していた婚約者たち――セシリア、リゼル、ヴィオレッタの三人から、人間界の最新の状況報告を聞いた。


 彼女たちの表情は一様に硬く、事態の深刻さを物語っている。


 俺の予想では、王宮は今頃騎士団を編成し、各方面への派遣先を決定しているところだろう。


 おそらく優先順位が最も高いのは、クロウリー公爵家の領地だ。あそこには、領地の北西にかなり大きめの「魔物の湧き点」が存在しているからだ。


(数万の魔物が湧き出ていれば公爵領の被害は甚大だろうが、リアム王子を伴って王国騎士団本隊が討伐に向かえば、殲滅は十分に可能だろう。あそこが沈静化してくれれば、現在ドワーフ領を守らせている俺の分体の負担も減ることになる)


 俺がそう頭の中で作戦を組み立て、確認のために三人に尋ねたのだが、返ってきたのは全く思わぬ内容だった。


「それが……王都郊外にある『地下遺跡跡地』から、突如として魔物の大群が出現したようなのです。そのイレギュラーな事態の対処に、急遽、リアム王子と親衛隊の騎士団が向かっているとの情報が入っております」


 セシリアが緊迫した声で告げた。


 この世界には、遠方とやり取りするための様々な通信用の魔道具が存在する。

 「情報は令嬢の武器」とはよく言ったもので、彼女たちが独自に築き上げた情報網の精度は極めて高い。


 報告に間違いはあるまい。


「……王都郊外に魔物が出たとなれば、当然そこの対処が最優先されるな。だが、あそこは湧き点ではないはずだ……」


 俺は眉間に皺を寄せ、思案した。

 人間界にはゆっくりと休息に来たはずだったのだが、どうやらそうも言っていられないらしい。このままでは、王都が崩壊しかねない。


「屋敷の守りにつかせている分体二つを、直ちに王都郊外の魔物殲滅に回すか。――俺も直接、様子を見てくるよ」


 大忙しだな、と内心で毒づきながら、俺は心配そうな令嬢たちに頷き返し、空間を割って転移魔法を発動させた。


 目的地は、以前違法な闘技場があった場所。

 地下闘技場のすぐ近くだ。



 ***


 転移先の王都郊外は、凄惨な地獄絵図と化していた。

 鼻を突く濃密な血の匂いと、建物の燃える熱気。通りには醜悪な魔物が溢れ返っている。


 俺はこのあたりには以前来たことがあるため、地理は頭に入っている。

 俺は視界に入り、威嚇しながら襲いかかってきた魔物たちを、歩きながら素手で適当に屠りつつ、周囲の状況を冷静に確認していく。


 しばらく進むと、街中の交差点に、光属性の魔力で構築されたドーム状の結界が張ってあるのを発見した。


 だが、その結界内で行われていたのは、防衛戦などという生易しいものではなかった。


 行ってみると、そこではリアム王子や彼の側近たち、そして親衛隊長が、地べたに這いつくばってボロ負けしていたのだ。


 そして――彼らを絶望のどん底に叩き落としていた張本人の顔を見て、俺は思わず目を丸くした。


「あれ? 負けてる……。――おっ、そっちのゴロツキはゾルタンか。よう、久しぶりだな!」


 そこに立っていたのは、懐かしのゾルタンだった。


 かつて俺と関わり、今はアシュラフの「魔力奴隷」へと成り下がっていた哀れな男。どうやら自我をいじられ、不死身の肉体を与えられて、最前線の鉄砲玉として都合よくこき使われているらしい。


 俺に気付いたゾルタンは、過去の恨みからか発狂したように魔力を膨れ上がらせて向かってきた。


 だが、俺にしてみれば単調な動きだ。


 俺は一切の殺気を消して踏み込み、奴の打撃の初動を完璧に潰すように関節を打ち据え、反撃を許さずに適当にボコボコに叩きのめした。


 加速魔法を使える俺の敵ではない。

 最後は掌底から中枢神経に雷属性の魔力を直接流し込み、麻痺させて行動不能にしてやる。


「じゃ、いこうか?」

「ま、待て、どこへ……」


「魔界」


 俺は動けなくなったゾルタンの襟首を引っ掴むと、呆然とするリアム王子たちをその場に残し、再び空間を跳躍した。



 ***


 次なる転移先は、禍々しい空に包まれた魔界の中心――魔王城の玉座の間だ。

 突然の俺の帰還と引きずってきたゴロツキに、ルシフィールが怪訝な顔をする。


「ルシフィール。悪いが、こいつに『消滅魔法』を使ってくれないか」


 俺は単刀直入に頼んだ。


「承知いたしました、ゼノス様」


 引き受けてくれた彼女と共に、俺は魔王城のバルコニーへと出る。


「ふんっ!」


 俺が身体能力強化を使い、麻痺して動けないゾルタンの巨体を、上空の闇夜に向かって思いっきり放り投げる。


 ルシフィールが優雅に指先を天に向ける。


 彼女の指先に収束するのは、相反する極光と漆黒。

 光の魔力と闇の魔力を、寸分の狂いもなく全く同じ分量で混ぜ合わせて構築される、絶対的な『消滅魔法』だ。


 ルシフィールはそれを、空中に滞空しているゾルタンに向けて迷いなく撃ち放った。


 ――カッ!!


 音すらない、純白の閃光。


 断末魔の悲鳴を上げる間もなく、ゾルタンの不死身の肉体は光と闇の奔流に飲み込まれ、細胞の一個すら残さず、文字通り「消滅」した。


 魔界で戦場となっている「樹木の魔人」の支配する樹海へ放り込み、彼女たちの肥料(養分)にすることも一瞬頭をよぎった。


 だが、ゾルタンはアシュラフの操り人形だ。


 なんらかの呪いや罠の危険性を考慮すれば、こうして跡形もなくきっちりと消しておいた方が良いと判断した。

 消滅というのは、後腐れがない手堅い処分だろう。


「助かった。ありがとう、ルシフィール」


 俺は完璧な仕事をしてくれた彼女に短く礼を言うと、魔物掃討戦が続く人間界の状況を把握すべく、再び転移魔法を発動させた。

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