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第324話 VS「サルの魔人」

 ――どごぉおおおおおおおおんッ!!!


 魔界の分厚い雲から撃ち下ろされた漆黒の稲妻が、天と地を繋ぐように閃いた。


 上空から「黒い雷」という疑似的な自然現象と化して落下した俺は、音すらも置き去りにする圧倒的な速度で、「サルの魔人」【猿王】ハヌマン・シャーの燃え盛る五メートルの巨体を、脳天から股下まで容赦なく貫通した。


 鼓膜を破るような遅れてきた轟音が周囲の木々を吹き飛ばす中、電流体となっていた俺は、貫いた衝撃の余波が渦巻く爆心地から少し離れた位置で、確かな質量を持つ人間体へと戻った。


 ズン、と両足に重力を感じると同時に、肺いっぱいに焦げたオゾンの匂いが流れ込んでくる。


(……ふぅ。やはり、この魔法は長くは使えないな)


 俺が今使った変身魔法「メタモルフォーゼ、タイプ・フェノメノン」。

 自身の肉体構造そのものを純粋な雷へと作り変え、光の速度に等しいスピードで行動を可能にするこの規格外の魔法は、間違いなく強力無比だ。


 しかし、情報処理が追いつかないほどの極限状態に変化するため、過度な使用や長時間の維持は精神に深刻な負担がかかり、決して推奨できるものではない。


 だが、使うのはほんの『一瞬』で十分だった。


 光速での上空からの急降下攻撃は、どんなに優れた動体視力を持っていようと完全な不意打ちになる。


 そして何より、体を貫通した致死量の電流の一撃は、敵の強靭な神経を焼き切り、その巨大な体に致命的な「麻痺」をもたらして一時的な行動不能に陥らせるのだ。



 ***


「さて、仕上げといくか」


 人間体に戻って態勢を整えた俺は、一切の容赦なく腰の鞘から専用武器たる魔剣「クロノス・ヴァイス」を抜き放ち、一気に攻勢をかける。


 同時に「加速魔法」を起動し、景色が引き伸ばされるような超高速の体感時間の中、動けなくなっている敵の懐へと弾丸のように接近した。


 近づくにつれて凄まじい熱波が全身を焼くように襲いかかってきた。


 ハヌマン・シャーはその巨体を覆う赤黒い毛の全てを、太陽の表面のようにゴウゴウと燃え上がらせている。麻痺して立っているだけの状態であっても、近づくだけで肺が焼け焦げそうに熱い。


 上空からは先ほど俺が降らせた大雨が滝のように降り注いでおり、周囲の森の延焼を防いではいる。しかし、サルの魔人本体が放つ異常な炎を完全に鎮火するほどの効果は出ていない。


 敵の持つ魔力火力が圧倒的に高すぎて、降り注ぐ雨水は敵の表面に触れる前に「ジュウッ!」と白い水蒸気となって蒸発してしまい、まさに焼け石に水程度の効果しか発揮していないのだ。


(……この熱波の中での近接戦闘。無傷というわけにはいかないだろうが、ダメージ覚悟でやるしかないな)


 俺は剣の柄を強く握り直すと、麻痺で完全に動きの止まった猿の巨体へと飛び込んだ。

 超高熱の結界を無理やり突破し、相手の熱せられた体を容赦なく切り刻む。


 相手は五メートルにも及ぶ巨体だ。

 地を蹴って跳躍し、空中で分厚い岩のような筋肉を斬り裂いては着地し、また飛んでは斬る。


 それを高速で何度も何度も繰り返した。


 手応えはある。

 だが同時に、炎の至近距離にいる俺の皮膚もジリジリと焼け焦げ、深刻なやけどを負っていく。


 その状態であっても、俺の表情に焦りはない。


(負った熱と痛みは、すべて無効化できるんだよ)


 俺はあらかじめ自身の体に埋め込んである「身代わり術式」を起動。

 受けたやけどのダメージは、人間界にある俺の屋敷の庭、その檻の中で飼育しているゴブリンの肉体へとまとめて移してやった。


 敵の急所たる筋肉や腱を十数カ所も完全に切断した俺は、全身から湯気を上げながら敵から大きく距離を取り、静かに加速魔法を解除した。


 ――引き伸ばされていた時間が、一気に通常の流れへと戻る。


 ざしゅぅううううううううううッ!!!


 加速世界で俺が斬り裂いた無数の箇所から、時間差で一斉に赤黒い血が滝のように噴き出した。



 ***


「ぐぎゃ……ア、アァ……お、おのれぇえええええええええええ~~ッ!!」


 だが、流石は次期魔王候補に連なる強大な魔人だ。

 あれほどの急所を斬られ、血だるまになりながらも、まだ生きている。


 こちらが麻痺の隙を突いて一方的に怒涛の攻撃を加えたためか、ハヌマン・シャーは激痛よりも屈辱に怒り狂っていた。


 麻痺が解けかかっているその憤怒の形相は悪鬼のごとく歪み、奴は雄叫びと共に、自身の足元の大地に深く刺さっていた家屋ほどもある巨大な岩盤を、両腕で強引に引き剥がして持ち上げた。


「チョコマカと……! 俺様を怒らせたこと、後悔しろッ! ぐしょぐしょの肉塊にして、骨の髄まで燃やし尽くしてくれるわァッ!!」


 ハヌマン・シャーは持ち上げた超質量の岩に、自身の規格外の炎の魔法をまとわせて一気に過熱する。岩は瞬く間に赤熱化し、溶岩のようにドロドロに溶け出すほどの凄まじい高温と化す。


 それを頭上高く振りかぶり、俺の方へ向けて全力で投げつけようと構えた。

 直撃すれば、即死する以外にない威力だ。


 だが、俺は微動だにしなかった。


 なぜなら、激怒で視野の狭くなったハヌマン・シャーは、目の前の俺にばかり気を取られていて、頭上の決定的な異変に全く気づいていなかったからだ。


 上空――雨雲の中に俺が残してきていた守護精霊、シルフィーが、俺が降らせた無数の大雨を竜巻のように巨大な一つの塊へと束ね上げ、空から一気に降下してきていたことに。


「ふははははっ! これでトドメじゃ! 必殺・『豪竜滝落とし~!』一本背負い。なのじゃ~~~ッ!!」


 空気を読まない無邪気な声で、わざわざ技名まで律儀につけて叫びながら、シルフィーは圧縮された湖ほどの膨大な質量の水を、超高速の落下攻撃として眼下の敵へと容赦なく叩きつけた。


 ――ずごぉおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!


 それはもはや水ではなく、物理的なハンマーだった。


 すさまじい速度と、圧倒的な質量と、暴力的な重さ。


 頭上からの不意の直撃を受け、さしもの凶悪な魔人ハヌマン・シャーもその超水圧には耐えきれず、放つはずだった熱岩もろとも、大地の深くに無様に押しつぶされた。



 ***


 津波のように弾け飛んだ巨大な水の余波は、地上にいた俺の方まで容赦なく押し寄せてきた。

 俺は間一髪で転移魔法を使い、空中の安全圏へと逃れると、そこから浮遊魔法でピタリと静止した。


「ガァ……ッ! 次から次へと、この俺様をコケにしやがってぇええええ~~~っ! 絶対に許さん、貴様ら全員、皆殺しにしてくれるゥゥッ!!」


 水圧で全身の骨を軋ませ、炎を半ば消されながらも、泥水の中から立ち上がろうと足掻くハヌマン・シャー。

 その執念深い殺意を帯びた眼光で見上げられた俺は、一切の感情を交えずに、ただ冷たく見下ろして言い放った。


「無駄だよ。サルの魔人――お前はもう、死んでいるんだ」


「……は、あ?」


 ハヌマン・シャーが俺の宣告の意味を理解できず、間抜けな声を漏らした。

 次の瞬間。


 カッ……!!


 ハヌマン・シャーの体に刻まれた無数の『切り傷の奥深く』から、不吉な閃光が漏れ出した。


 先ほど加速世界で「クロノス・ヴァイス」で肉を深く斬り裂いたその瞬間に、俺はそれぞれの傷口の奥底に、時差で起爆する「時限式爆裂魔法」の術式をこっそりと仕込んでおいたのだ。


 ――ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!!!


 内側からの連続した大爆発が、巨猿の肉体を四方八方へと弾け飛ばした。


 あれだけのダメージをすでに負い、さらにシルフィーの攻撃で疲弊しきった後だ。

 傷口を内側から抉るように爆発させられ、四肢を無残にもがれてしまっては、いかに巨大で強靭な魔人と言えどもひとたまりもなかった。


 やがて爆炎と土煙が収まると、シルフィーが頭上から叩きつけた大量の水の滝が辺り一帯に静かに広がり、森を燃やし尽くそうとしていたハヌマン・シャーの残炎を、「ジュウゥ」と音を立てて完全に消化していった。


 かくして、俺たちはこの森の最大の脅威であった「サルの魔人」を、息のぴったり合った連携によって討伐したのだった。

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