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第319話 対処方針の確認と優先事項

 王立魔法学園の卒業パーティー会場――ルカ・ドルトンの襲撃と、アシュラフの絶望的な宣告によって地獄絵図と化したその場から、俺はリアム王子を救い、言いたいことだけを言い放って転移魔法を展開した。


 視界が歪み、一瞬の浮遊感の後、足裏に屋敷のリビングのふかふかとした絨毯の感触が伝わる。

 焦げ臭い破壊の匂いと悲鳴が渦巻いていた空間から一転し、そこには静寂と、微かに香るカモミールティーの匂いがあった。


「ゼノス様……!」


 転移の光が収まるや否や、弾かれたように立ち上がったのは、俺の帰りを待機していた婚約者のセシリアとリゼル、それにヴィオレッタの三人だった。


 彼女たちの顔には深い安堵と、それを上回るほどの濃い不安が張り付いている。


 無理もない。

 先ほどまで、監視用の魔道具越しにあの惨劇と狂気の宣告をリアルタイムで見ていたのだから。


「とんでもないことになりましたわね……」


 セシリアが、微かに震える両手を胸の前で組みながら、代表して俺に確認してきた。


「あの魔人が、世界中に大量の魔物を召喚したというのは……本当に、本当なのですか?」


「ああ」


 俺は短く肯定し、リビングのソファに腰を下ろして重い息を吐いた。


「いくつかの湧き点に配置しておいた俺の分体が、すでに魔物の群れと交戦を開始している。湧き点の規模にもよるだろうが、報告から推測するに、少なくとも一箇所につき千、多ければ万単位の魔物が、全世界で同時多発的に出現したとみて間違いないだろう」


 その絶望的な数字に、令嬢たちの顔色が一気に蒼白になった。



 ***


「万単位の魔物が、同時に……」


 リゼルが血の気の引いた顔で呟き、すがるような視線を俺に向けてくる。


「人類の半分を殺すっていうのは、本当なのかしら……? それに、古の魔王の復活とか、そんなおとぎ話みたいなこと……」


「それは正直、わからんな」


 俺は即答した。

 不確かな希望を抱かせるわけにはいかないが、絶望に染まりきる必要もない。


 魔人という生き物は、人に対して平気で嘘をつく。


「アシュラフの奴は、俺のことをまだ主として敬っている。嘘はつかないだろう――しかし、あの『人類の半数を殺す』という宣告は、俺に対してというよりも、人類全体に向けてのパフォーマンスだ。そこに何らかの嘘、あるいは隠された意図が潜んでいる可能性は否定できない。――奴の言葉の表面的な目的は、話半分に聞いておいた方がいいだろう」


 俺の脳裏には、一つの最悪の仮説が浮かび上がっていた。


(『古の魔王の復活』というのがフェイクで、奴の真の狙いは……次期魔王候補の筆頭であるオルカスの軍勢を、この人間界に直接召喚するための生贄として『大量の人の死』が必要だということかもしれない)


 それが、現時点での俺の論理的な見解だ。


「それで、ゼノス様はこれからどう動かれますの? わたくしたちは、どうすれば……」


 ヴィオレッタが、不安を押し殺した凛とした声で質問を投げかけてきた。

 それに対して、俺はあらかじめ立てておいた方針を告げる。


「そうだな。俺自身が直接迎撃に出て、人間界の魔物を掃討したいところだが……あいにくと、魔界の情勢もひっ迫している。こっちの対応は、リアム王子や各国の軍隊に任せることになるだろう」


 痛みを伴う決断だが、俺の戦力も有限だ。

 数が限られている。


「この屋敷の防衛は、今までアシュラフに担当させていたが、奴が表立って敵対行動に出た以上、もう信用できん。『キラー・マシーン3号機』の予備機をすべて起動して、屋敷の周囲の警戒に当たらせる。お前たちは外に出ず、この屋敷にいた方が安全だ」


 ヴィオレッタは元々、訳あってこの屋敷の地下に住んでいるから問題ない。


「セシリアとリゼルには、すぐに親元へ手紙を書いてもらいたい。魔物の発生状況の簡単な説明と、安全のためにしばらくこの屋敷に滞在するという連絡だ」


 王都は主要な魔物の湧き点から距離があるため、今日明日にすぐ魔物の群れが押し寄せるなどという直接的な影響はないだろう。


 だが、世界規模の同時多発的なモンスタースタンピードの影響は、物流の停止や難民の流入という形でやがて確実にやってくる。遠からず、物資の不足による政情不安や、恐怖に駆られた民衆の暴動なども想定しておく必要があるのだ。



 ***


 俺が必要な説明と指示を終え、三人が真剣な表情で頷いた、その時だった。


「――ん?」


 俺の胸ポケットの辺りが、急に熱を帯びた。

 中に入れていた小さな『種』――魔界で同盟を結んだ樹木の魔人の一人、『豊穣のデメテル』から連絡用に預かっていた分体の種だ。


 それが急速に緑色の淡い光を放ち、蔓を伸ばし、あっという間に手のひらサイズの花の妖精のような姿へと成長を遂げ、ひらりと俺の肩の上に乗った。


「こっちも、なんだかごたごたしているみたいだけど……。魔界の方でも、大きな動きがあったわ」


 可愛らしい声だが、そのトーンには微かな焦りが混じっていた。


「……そっちもか」


「ええ。オルカスの配下の軍勢が、私たちの縄張りの境界を越えて侵入してきたわ。戦闘開始よ」


 人間界の未曾有の危機と完全にタイミングを合わせたかのような、最悪の知らせ。


「そうか……」


 俺は短く息を吐き、立ち上がった。


「では、約束通り救援に行くとしよう」



 ***


 もしこのまま放置して、強大なオルカスが『樹木の魔人』たちを打倒するか、あるいは彼女たちを支配下に置き、その凶悪な戦力と能力を吸収してしまえば、奴は今よりもさらに手のつけられない強大な存在になってしまう。


 現在、あの魔人オルカスが魔界から人間界へと直接やって来る手段はない。

 だが、俺の知る元のゲーム世界において、奴は『真のラスボス』として人間界に降臨し、世界を絶望のどん底に叩き落としているのだ。


 あいつを人間界に呼び出すのは、間違いなく転移の魔人アシュラフだ。


 以前、アシュラフが『氷結の魔人』アブソリュートをカストル侯爵領のど真ん中に召喚したように、膨大な生贄さえ用意すれば、オルカス軍を丸ごと呼び出すことは十分に可能だろう。


(今回の魔物の大量発生は、まさにそのための布石、巨大な召喚陣を起動するためのエネルギー集めかもしれんしな)


 ならば、俺が取るべき最善の行動は一つだ。


 『樹木の魔人』たちと共闘できるこの絶好のタイミングで、オルカスの勢力を魔界で徹底的に削っておく。出来れば、人間界に召喚される前にあちら側で討ち取っておいた方がいいだろう。


 アシュラフの真の狙いが『オルカス軍の召喚』であるならば、召喚される本命である奴を魔界で直接倒してしまえば、最悪の事態は未然に防げるのだ。


「少し、留守にする。戸締まりは厳重にな」


 俺は不安げに見つめる令嬢たちにそう告げると、己の魔力を練り上げた。


 人間界の存亡をかけた二正面作戦。

 その主戦場となる魔界の深い森林地帯へと、俺は再び空間を跳躍した。

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