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第318話 種明かし

 王立魔法学園「アルカナム」の卒業式を祝うはずだった豪奢なパーティー会場は、今や死の静寂に包まれていた。


 破壊された重厚な扉、床に散乱する砕け散ったシャンデリアのガラス片、そして壁際で身を寄せ合い、恐怖に震える貴族の生徒たち。


 その阿鼻叫喚の惨状の頭上、空中にふわりと浮かぶのは、完璧な執事服を纏った「転移の魔人」アシュラフだ。

 彼は先ほど、古の魔王を復活させるための血の供物として、「人類の半数を殺害する」という狂気の沙汰を、まるで明日の天気を告げるかのような平坦な声で宣告した。


(人類の半数を殺害、か……)


 俺は舞台の中心に立ちながら、極度の緊張を悟られないようポーカーフェイスを貫き、あくまで冷静に状況を観察していた。


 リアム王子が最後の力を振り絞って構築した光魔法の『聖域』。

 その純白の輝きは未だ会場中央を包み込んでおり、魔人にとって忌避すべき神聖な結界として機能している。


(聖域の効力自体は確実に及んでいる。あいつのステータスは間違いなく半減しているはずだが……それでも、その程度のデバフでは、リアム王子や側近のアルドリックが放った全力の魔法攻撃は全く通用しなかった)


 基礎スペックの次元が違いすぎるのだ。


 だが、ただ震えて立っているだけでは事態は好転しない。

 反撃の糸口を掴むためには、奴の目論見をさらに引き出し、情報収集を行う必要がある。



 ***


 俺は内心の焦燥を押し殺し、余裕の佇まいを崩さずに、宙に浮くアシュラフを真っ直ぐに見据えて問いかけた。


「――古の魔王の復活、か。なるほど、目的はわかった。それで、人類の半分を殺害するという話だが、具体的にどういう方法をとるつもりだ?」


 アシュラフほどの圧倒的な力があれば、やろうと思えば彼一人でも国を滅ぼすことは可能だろう。

 だが、彼が自らの手で地道に一人一人を殺して回るとは思えない。


(そんなアナログな方法をとっていては、人類を半減させるまでに何十年、下手すれば何百年かかるかわかったものではない)


「各国の王族や、軍隊などの治安機関からピンポイントで潰していく気か?」


 最も効率よく人類の指揮系統を麻痺させ、社会を崩壊させるのであれば、その手口だろうか。


 俺がそうカマをかけてみたのだが、完璧な執事の顔に浮かんだのは、静かで冷酷な笑みだった。

 返ってきた答えは、俺の想定を遥かに超える最悪のものだった。


「いえいえ。とんでもない。今回のミッションにおいて、私自身が直接関与するのは、この『最初』だけです」


 アシュラフは芝居がかった手つきで、指をパチンと鳴らした。


「この人間界の各地に点在している『魔物の湧き点』。私はあそこに少しばかり空間の干渉を行い……一カ所に付き、数千匹規模の魔物を同時に召喚いたします。ええ、全世界で、一斉に、です」


「……なっ!?」


 背後でリアム王子が息を呑む音が聞こえた。


「死にたくなければ、どうぞ必死に抗ってください。皆様の足掻きを、期待しておりますよ」


 アシュラフはそう言うと、空中で恭しく、絵画のように美しい一礼をした。


 次の瞬間――

 彼の姿は空間に溶け込むように陽炎となり、完全に姿を消したのだった。



 ***


 アシュラフの魔力が完全に消失し、会場に押し潰されるような重圧がなくなった。生徒たちから安堵の溜息が漏れそうになった、まさにその時。


『――ッ! 警告。大規模な魔力異常を検知』

『対象エリア・ドワーフ領近郊。魔物の出現数、測定不能』

『対象エリア・エルフの森境界。防衛ライン突破の危機――』


 俺の脳内に、無数のアラートがけたたましく鳴り響き始めた。


 世界各地の魔物の湧き点――

 ドワーフ領やエルフの森の近くに、俺は自身の分体である『キラー・マシーン3号機』を数体ずつ潜ませ、戦闘訓練の任に就かせていた。


 彼らから、常軌を逸した異常を示す緊急信号が次々に発せられてきたのだ。


 一か所に付き、数千匹。

 アシュラフの言葉は、決して絶望を煽るためのハッタリではなかった。


(こう来たか……!)


 俺はギリッと奥歯を噛み締めた。


 この世界の基となったゲームのシナリオでは、本来、この卒業式の日を境に泥沼の『世界大戦』が勃発するはずだった。

 しかし俺のこれまでの暗躍により、各国の反乱因子は分散・排除され、到底、人間同士の世界大戦など起こる状況ではなくなっていた。


 シナリオの強制力は完全に回避できたと思っていたが……まさか、『魔物の大量発生モンスタースタンピード』という形で、世界規模の大戦イベントを無理やり引き起こしてくるとは。


(マズいな。非常にマズい)


 現在、キラー・マシーン3号機たちが即座に迎撃作業に入り、魔物の群れを削ぎ落としているが、ドワーフ領やエルフの里といった重要拠点方面へ進行する魔物を食い止めるだけで完全に手いっぱいだ。


 それ以外の、各地の街や村へ向かう別方向への広がりは、俺の持つ戦力だけでは到底阻止しきれない。


 魔物の群れに高度な指揮官はおらず、組織立って動いているわけではないのが唯一の救いだが、放置すればアシュラフの引き起こしたこの同時多発的なモンスタースタンピードの被害は、人類滅亡レベルの甚大なものになるだろう。


 さらに悪いことに、俺は現在、魔界の方で次期魔王候補の筆頭である「魔人オルカス」の強大な軍勢と対抗するため、大樹母アルラウネ・シルヴァ率いる樹木の魔人たちと同盟を結び、まさに魔界大戦の準備を進めている最中なのだ。


 あちらの戦線をおろそかにすれば、俺自身が魔界で足元をすくわれ、すべてが終わる。



 ***


「殿下! あの魔人の言ったことが本当か、至急各所に確認する必要があります!」


 知的な青髪の側近、エリオットが声を張り上げた。

 そして、血走った鋭い視線を俺へと向ける。


「――それと、おい、グリムロック! 貴様、一体どうやってこの場に現れた!」


 俺が現れたことで普段の冷静さを欠き、肩で息をするエリオットが、問い詰めるように睨みつけていた。


「タイミングが良すぎる! 先ほどの魔人の攻撃を凌いだ謎の力……貴様、まさかこの事態を事前に見越していたのか! 何を知っている!」


 リアム王子やアルドリック、そして息を潜めていた生徒たちの視線が一斉に俺に突き刺さる。


(……まあ、いい。もう隠しておく必要もないだろう)


 世界がひっくり返ったこの極限状況で、しがない一介の学生のフリを続けるメリットなど何もない。


 俺は姿勢を正し、エリオットたちを見下ろすような、あえて冷徹で尊大な態度をとった。


「あの魔人の言ったことは本当だ。ハッタリじゃない」


 俺の静かな、しかしよく通る声が、瓦礫の広間に響き渡る。


「世界各地に潜ませていた俺の『部下たち』が、すでに数千規模の魔物の群れと交戦を開始している。だが、湧き出る数が多すぎて、俺の私兵だけではすべてを防ぎきれん」


「な……お前の、部下だと……? 何を言っている……!」


 エリオットが絶句し、リアム王子が驚愕に目を見開く。


「俺が自ら人間界の掃討戦の指揮を取りたいところだが、あいにくと今は魔界の最深部で『魔人オルカス』が率いる軍勢と戦争をしている最中だ。人間界の魔物の相手までしている暇はない」


 その言葉に、会場の空気が完全に凍りついた。


 一介の学生が「自らの部下を世界中に配置している」「魔界で魔人と戦争をしている」などと、通常であれば狂人の戯言だ。


 だが、先ほどアシュラフの絶死の魔法を無傷で防いでみせた俺の言葉には、有無を言わせぬ絶対的な説得力とプレッシャーがあった。


「だから――こっちは、お前たちで何とかしろ」


 俺はリアム王子たちを真っ直ぐに指差し、冷酷に言い放った。


「呆けている時間はないぞ。魔王の復活を阻止したければ、王族の権限を使って全軍を動かせ。……今すぐにな」


 俺は偉そうに彼らへ防衛の指示(という名の丸投げ)を出すと、それ以上の反論や質問を許さず、体内で転移魔法の陣を展開した。


「ま、待て! グリムロック――!」


 リアム王子の制止の声が届くよりも早く、俺の体は光の粒子となってその場から完全に姿を消した。


 後には、ルカ・ドルトンの襲撃と魔人アシュラフの蹂躙によって破壊された無惨な会場跡と、あまりの事態の連続に呆然と立ち尽くす卒業生たちだけが残された。


 真の戦いは、ここから始まるのだ。

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