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第315話 魔人との同盟

 せ返るような濃密な生命の気配が満ちる、魔界の森林地帯。


 俺は今、外部の者を決して立ち入らせない『樹木の魔人』たちの縄張りの最深部で、ふぅ、と額に浮かんだ冷や汗を拭っていた。


 俺の周囲をぐるりと囲んでいる樹木の魔人たちは、複数存在し、そのいずれもが女性の姿をとっている。しかも、見惚れるほどの美女であったり、可憐な美少女であったりと、容姿のレベルが異常に高い。


 肌の色が新緑のようであったり、髪の毛の代わりに美しい花弁や茨が混じっていたりと、若干、人間とは違う形状をしている者もいるが、その圧倒的な美の前にあっては気にするほどのことではない。


 だが、その美しい外見に惑わされて油断すれば、待っているのは確実な死だ。


 古来より「綺麗な花には猛毒がある」と言うが、見目麗しい相手というのは、得てして油断ならないものだと相場が決まっている。

 実際、先ほどの短い交戦で味わった彼女たちの能力は、どれもこれも背筋が凍るほどえげつないものばかりだった。


 空気を切り裂いて襲い掛かってきた棘の生えた弦など、彼女たちの手札の中では一番可愛い物理攻撃にすぎない。


 相手の視線を奪って精神を魅了し、幸福感の中で行動不能にしてから、ゆったりと絞め殺して自身の養分にする者。

 吸い込めば肉体に「急速な老化(植物化)」を促し、生きたまま苗床に変える死の胞子を無差別に振りまく者。


 そして、ただ触れただけで対象の魔力を底なしに吸収する者。


 この『相手の魔力を吸収する』という技自体は、俺もスキルとして持っている。 

 だが、俺の場合は「相手の意識を奪い、無抵抗な状態にすること」、なおかつ「相手が闇属性の魔力を持っていること」という厳しい条件が必要だ。


 しかし、先ほど背後から俺を掴んだ虚樹のネメシアの能力は、相手の属性など一切関係なく、しかも一瞬で奪い取る吸収量も俺のスキルより遥かに多いみたいだった。


(見た目がどれだけ可愛かろうとも、魔界の頂点の一角に君臨する魔人なだけはある……)


 気を抜けば一瞬で肥料にされる緊張感の中、俺は改めて気を引き締めた。



 **


 そして、俺の正面。

 この恐るべき「樹木の魔人」たちを束ねる生みの親にして、森の絶対的支配者である大樹母アルラウネ・シルヴァ。


 彼女は巨大な神木の根元で、巨体をゆったりと地面に寝そべらせているが、横になっていてもなおデカい。

 その圧倒的な存在感は、息をするだけで周囲の空気を震わせているようだった。


 彼女自身は目を閉じたまま動かず、代わりに彼女の巨大な体の陰からひょっこりと顔を出した、緑色の肌を持つ小柄な少女『万緑のクロリス』が、俺との交渉窓口を担当するらしい。


「あなた、敵意はなさそうね。それに……何だか、とっても面白い気配がするわ」


 クロリスは鼻をひくひくとさせながら、興味深そうに俺を見上げている。

 彼女の言う「面白い気配」……恐らくは、俺の腰に帯びた専用武器『クロノス・ヴァイス』に宿っている、あの騒がしい精霊の事だろう。


 俺が心の中でそう推測した瞬間だった。

 呼び出すよりも早く、剣からまばゆい光が溢れ出し、勝手にシルフィーが実体化して空中に飛び出したのだ。


「にょほほほ! 我が放つ高貴なオーラに気づくとは見所があるぞ! さあ、我を崇めよ! 魔人ども!」


 両手を腰に当て、ふんぞり返りながらへんてこな笑い声を上げるシルフィー。


 彼女は小さな胸を張り、魔人たちに向かって自らを称えることを堂々と要求した。

 緊張感の欠片もないその態度に、俺が頭を抱えそうになった次の瞬間。


「えっ……まあ、可愛い!」

「へー! ちっこいのに、なんだか神々しいわね」

「……これ、精霊?」

「精霊にしては、神域の格が桁違いに高いわね……すごい」


 なんと、先ほどまで俺を無慈悲に殺そうとしていた樹木の魔人たちが、目を輝かせてシルフィーをぐるりと囲み、キャーキャーともてはやし始めたのだ。


 それもそのはずだ。

 シルフィーはただの精霊ではない。


 人間界における聖地、エルフの森にそびえる神樹の精霊から直接分祀された、極めて神聖な存在なのだから。

 いつも俺の側で偉そうに騒いでいるやつだとは思っていたが、まさか魔界の頂点に立つ「魔人」たちが一目置くほどに、本当に偉い奴だとは思わなかった。


 よくよく考えてみれば、魔人というのは必ずしも「邪悪な存在」と決まっている訳でもない。強大な力を持った自然現象の化身のようなものだと捉えるのが、最も正確かもしれない。


 「森」という場所は、足を踏み入れる人にとって命を奪う恐ろしい場所ではあるが、同時に豊かな実りや恵みをもたらす母なる存在でもある。彼女たちと精霊の相性が良いのも、頷ける話だった。



 ***


「それで?」


 シルフィーをひとしきり撫で回して満足したのか、クロリスが不意に真顔に戻り、俺に向き直った。


「あんたたちは、なにしにここに来たのよ? さっき、話があるって言っていたわね」


「ああ。単刀直入に言おう。俺と『同盟』を組んでもらいたくてな」


 俺は姿勢を正し、静かな、しかし力強い声で告げた。


「魔王継承戦がいよいよ大詰めを迎えている。勝ち上がっている次期魔王候補の筆頭『オルカス』が、対抗勢力を潰して回っている。じきにこの森へ攻めに来るだろう。奴を迎え撃つため、俺と共闘してもらいたい」


 オルカスの名を口にした瞬間、森の空気が一変した。


「えーっ、あいつがここに来るの!?」

「やだ、嘘でしょ。きもいんだけど」

「……最悪。あいつの魔力、泥みたいで臭いし」

「あー、たしかに。あいつが相手だと、うちの森もちょっと分が悪いわね」


 先ほどまでの神秘的な雰囲気はどこへやら、魔人たちは露骨に顔をしかめ、まるで放課後の教室で嫌いな男子の悪口を言う女子高生たちのように、口々に不満を漏らし始めた。


(……女子が集まって悪口を言っている)


 怖い。


 その容赦のない辛辣な言葉の連打に、俺が引きつった顔で黙り込んでいると。


 ――ズゥゥン……。


 突如、大気が重く震えた。


 大樹母アルラウネ・シルヴァが、それまで閉じていたエメラルドグリーンの瞳をゆったりと開いたのだ。

 彼女が動いただけで、騒いでいた魔人たちは水を打ったように静まり返り、一斉に道を空けた。


「……いいでしょう」


 シルヴァの唇から紡がれた声は、森全体を共鳴させるような深く美しい響きを持っていた。


「お前の実力は、先ほどの攻防で十分に見せて貰っています。我らと敵対する者を打ち滅ぼすため、その力を貸し、協力しなさい」


 その言葉で、すべての腑に落ちた。

 彼女たちが挨拶代わりとばかりに俺を本気で攻撃してきたのは、ただの排他行動ではなく、俺の実力を確かめるための「テスト」でもあったのだろう。


 弱く、利用価値のない相手など、彼女たちにとっては話をする価値もない。

 せいぜい、肥料にしかならないのだから。



 ***


 どうやら、死に物狂いで攻撃を凌いだ甲斐あって、無事にテストは合格。

 強力な魔人たちとの同盟は成立したようだ。


 俺は肩の力を抜き、「助かる、よろしく頼む」と深く安堵の息を吐き出した。


 だが、安心したのも束の間。

 大樹母アルラウネ・シルヴァは、巨大な瞳で俺をじっと見つめ下ろしながら、とんでもない条件を突きつけてきた。


「ただし。お前と手を組んであげる代わりに、私から一つ『命令』があります」

「命令……?」


「我が娘たちと、子をなしなさい」

「……」


 思考が、完全に停止した。


 シルヴァは慈愛に満ちた微笑みを浮かべているが、その目には一切の冗談の色はない。周囲の魔人たち(娘たち)も、顔を見合わせてクスリと笑ったり、興味深そうに俺の身体を値踏みするように見つめたりしている。


 つまり俺は、この恐ろしくも美しい『樹木の魔人』たちと、子作りをしなければいけなくなってしまったらしい。


 今すぐにどうこうというわけではなく、戦いが終わった将来の話ではあるだろうが……どうやら俺は、オルカス討伐とは別のベクトルで、とてつもない面倒ごとを抱え込んでしまったようだ。

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