第308話 第二段階
バチバチバチバチッ!!
空気を劈くような鋭い破裂音が、夜の静寂を暴力的に引き裂いた。
ザハラ王国の豪奢なハレム。
俺がかざした両手のひらで「黒い雷」が生まれてはけたたましい音を立てて消えていく。雷撃の交じり合う虚空では、空間そのものが歪んで見える。
それは、通常の青白い稲妻とは全く異なる、異質なエネルギーの塊だった。
純粋な俺自身の魔力を極限まで圧縮し、雷という自然現象の概念へと強引に変換しているのだが、生まれ持った魔力の本質が『闇属性』であるためか、作り出される電撃の色は、周囲の光を吸い込むようなおぞましい漆黒に染まっていた。
(……本物の雷撃と、この俺の「闇魔力」由来の黒い雷。その成分や威力の違いを精密に検証してみたいところだが、流石にこのファンタジー世界の設備と技術水準では難しいだろうな)
ジジジ……と音を立てて手のひらを這い回る黒い火花を見つめながら、俺は冷静に分析する。
生み出した雷は、色が黒い。
そして、オゾン臭に混じって、どこか深淵を覗き込むような冷たい魔力の残り香が漂っている。
だが、本物との決定的な違いは、おそらくその程度だと思う。破壊力や熱量、放電現象としての性質は、本物の雷と遜色ないレベルにまで達しているはずだ。
(より本物の自然雷に近づける必要は……ないな。むしろ色や性質が少しばかり変質していても、こっちの『黒い雷』の方が、俺自身の魔力との相性がいい分、直感的に扱いやすいかもしれん)
魔術というものは奥が深い。
術者の持つ魔力属性に応じて、使える魔法の適性や、得意とする系統も大きく違ってくるのが常識だ。
例えば、同じエネルギーを生み出すにしても、水の魔力を持っていれば、単純な水の生成や操作以外にも、生命力を潤す回復魔法と非常に相性がいい。
一方、俺が持つ闇属性の魔力と相性がいいのは、対象の精神や肉体を蝕む呪術的な魔法だ。
それ以外にも、破壊力に特化した爆発系の攻撃魔法も得意分野として扱える。
だが、俺はこれまで深く試していなかったが……ひょっとして、闇属性の魔力は、破壊の象徴である「雷」とも案外相性が良かったのだろうか。
(いや、だが一般的なイメージ的に考えれば、雷という光り輝く現象と最も相性がいいのは、間違いなく対極にある『光属性』の魔力だろうしな~)
そう考えると、光属性とは真逆の性質を持つ俺が、こうして他の属性を補うための補助魔石などを一切使わず、単独の魔力操作だけで純度の高い『黒い雷』を作り出せているのは、ひとえに俺自身の卓越した魔術センスと、緻密なイメージ能力によるところが大きいのだろうか。
その辺りの魔術理論はまだ判然としない部分も多い。
だが、今ここで確かなことは、俺が己の魔力のみで「黒い雷」を自在に作り出せているという事実だ。
第一段階は、上空の竜巻を利用し、自然現象の中で雷を作り出すことだった。
そして第二段階は、触媒に頼らず、純粋な己の魔力だけで雷を自力で作り出すこと。
ここまでは完璧だ。
雷を「魔力で」作り出すという難関は、見事にクリアできた。
***
(よし、いい兆候だ。この感覚を忘れないうちに、いよいよ未知の領域である第三段階に入るか……)
俺が両手にさらに莫大な魔力を集め、次の危険なステップに進もうと気合を入れた、まさにその時だった。
「あ、あの~……漆黒の魔人殿……」
ひどく遠慮がちな、それでいて脂汗の滲むような情けない声が背後からかかった。
振り返ると、この豪邸のハレムの主であり、ザハラ王国を牛耳る悪徳大臣のカリムが、俺からかなり離れた太い大理石の柱の陰から、顔だけをひょっこりと出して、こちらの顔色を伺うように尋ねてくる。
「も、申し訳ございません。その……いったい、私の庭で何をなさっておられるのですかな……?」
カリムの視線の先には、俺が放出した黒い雷の余波で、真っ黒に焦げ焦げになった美しい熱帯植物や、ひび割れた高級な敷石がある。
「見ての通りだ。魔法の実験と、俺自身の修行だよ」
俺はふう、と短く息を吐き、両手の魔力を散らして魔法を解除した。
張り詰めていた集中を切らし、いったん小休止を挟むことにする。
俺は歩き出し、ライトアップされた夜のプールサイドへ向かった。
そこには、俺の守護精霊であるシルフィーが、高級なビーチソファーの上で優雅に寝転んでくつろいでいる。俺もその隣にある空いたソファーに、どっかりと同じように寝転んだ。
**
「えー……その、ですね。大変申し上げにくいのですが……」
カリムは俺が休止したのを見て、ようやく少しだけ柱の陰から出てきたが、それでも一定の安全距離は保ったままだ。もみ手をして、冷や汗をハンカチで拭いながら恐る恐る提案してくる。
「激しい修行でしたら、わざわざ私めの狭い庭ではなく、ご自身の本来の住処である『魔界』でなさっては……?」
「ダメだ。――魔界には、俺と互角か、あるいはそれ以上の実力を持った化け物どもがうようよいるからな。集中を要する修行中は無防備になる。隙を突かれて不意打ちされる危険があるだろう」
「は、はぁ……」
俺が堂々と「安全第一」を主張すると、カリムは戸惑ったように瞬きをした。
「で、でしたら、その。あなた様の契約相手であらせられる、「ゼノス・グリムロック」様の領地の屋敷で行われてはいかがでしょう?」
カリムは俺の正体がゼノス本人だとは夢にも思っておらず、俺のことを「漆黒の魔人」だと思い込んでいる。
そして、ゼノスという辺境伯の跡取り息子と契約を交わし、その使い魔として人間界に滞在している、という設定を信じ切っているのだ。
「ダメだ。あの屋敷の従業員たちに、迷惑をかけたくないからな」
俺は即座に却下した。
当たり前だ。
自分の愛着ある屋敷の庭で、一歩間違えればクレーターができるようなこんな危ない魔法の修業ができるものか。
俺の可愛いメイドたちが怪我でもしたらどうする。
お前の庭ならいくら焦げても俺の腹は痛まないがな。
俺の理不尽極まりない本音を知る由もないカリムは、さらに食い下がってくる。
「で、では……! その、誰の迷惑にもならない、人のいない広大な砂漠のど真ん中で修行なさっては!?」
「論外だな」
俺はビーチソファーで足を組み替えながら、鼻で笑った。
「砂漠の気候を知らないわけじゃないだろう。昼はうだるように暑く、夜は凍えるように寒い。そんな極端な環境で、繊細な魔法の修行など落ち着いてできるものか。それに、砂漠はひどく乾燥しているから、肌にも悪いじゃないか」
俺は人間界の学校帰りに、転移魔法で直接ここに来て修行している。
王国との時差の関係で、このザハラの町は日が沈み、極寒の夜へとその姿を変えようとしている。
凍える寒さの中で、厳しい修行などしたくはない。。
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「……し、漆黒の魔人殿ほどの恐ろしいお方なら、砂漠の寒さや乾燥など、まったく平気なのでは……?」
カリムが、引きつった笑いを浮かべながら、なおも引き下がってきた。
魔人ともあろう存在が、「肌に悪い」などと美容を気にするような発言をしたのがよほど解せなかったのだろう。
「そんなわけないだろう」
俺はあっけらかんと即答した。
呆然と口を開けて立ち尽くすカリムを完全に無視して、俺はビーチソファーからゆっくりと立ち上がる。
十分な休息を取り、魔力の循環も正常に戻った。
これ以上の無駄話は不要だ。
俺はカリムとの一方的な会話を切り上げ――
再び中庭の開けた場所へと歩みを進める。
第一段階、第二段階を経て、次はいよいよ俺自身の肉体に関わる最も危険な領域。己の身を雷へと変換する、変身魔法の第三段階へと突入するのだった。




