表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
302/361

第302話 光速の奇襲

 頬を叩く空気は、氷の粒を含んでいるかのように鋭く、重い。

 冷たい風をその身に受けながら、俺は広大な魔界の空を移動している。


 空間魔法による『転移』を連続で発動し、視界の端から端へと一瞬で瞬間移動を繰り返す。

 一瞬前まで遠方にあった景色が、次の瞬間には背後へ流れる。胃の腑が持ち上がるような転移特有の浮遊感に耐えながら、俺は高度を維持した。


 肌を刺すように上空は寒く、見上げる空は分厚い灰色の雲でどんよりと覆われている。太陽の光など決して届かない、魔界はいつも陰鬱な曇り空だ。


 眼下に広がるのは、枯れ果てた大地と、魔素を帯びてどす黒く変色した河川のみ。


 今回、俺が単独で動いているのは、新たな転移ポイントの確保が主な目的だ。

 行って帰ってくるだけではあるが、決して油断はできない。喉の奥がカラカラに乾き、無意識のうちに奥歯を噛みしめる。


 何しろ、この先に縄張りを構える相手は「雷の魔人」。

 無数に存在する魔王候補の中でも、確実に五指に入る実力者と言われている化け物だ。


 俺は次に戦うターゲットを、そいつに決めた。



 ***


 現在、魔界の勢力争いは激化の一途を辿っている。


 俺が「氷結の魔人」絶零のアブソリュートを討ち果たして勢力図から抜けさせたことで、均衡が崩れた。アブソリュートと相性の悪かった最大派閥の長・オルカスが、ついに「炎獄の魔人」との決戦に動いているというのだ。


 俺の前世の記憶――『ゲーム世界』では、オルカスが真のラスボスとして人間界に現れることになっているのだから、恐らくその頂上決戦にはオルカスが勝つだろう。


 天敵であった「氷結の魔人」が姿を消し、さらに同レベルの力を持つ「炎獄の魔人」をも打倒したとなると、オルカスの勢力はかつてないほどに勢いづく。


 そうなると、日和見を決め込んでいた他の魔人たちは、強者であるオルカスの傘下に雪崩をうって入るかもしれない。


 魔族の社会は、驚くほどシンプルで残酷な実力主義だ。

 強い奴に媚び、さらに強い奴が現れれば即座に乗り換える。


 魔王城は今、エレノアとリリアーナが協力して張った強固な結界「聖域」で守られている。だが、オルカスが傘下を充実させて圧倒的な大軍勢となれば、いずれその暴力で攻めてくるのは目に見えている。


(その前に、厄介そうな実力者を先手を打って潰しておく)


 俺が目を付けたのが、「雷の魔人」雷轟らいごうのヴォルテックス。

 噂によれば、周囲では常にバチバチと放電現象が起きており、自身の拳から数万ボルトの致死的な放電を繰り出すことができるそうだ。


 とんでもなく強く、そして厄介な魔人だが、能力の相性を聞く限り、こいつはオルカスと相性が悪い。


 雷の魔人の能力が全く効かないということはないだろうが、真のラスボスたるオルカスの規格外の力には、あと一歩届かないだろう。


 恐らく、まともに戦っても勝ち目はない。

 それは歴戦の魔人である本人もよくわかっていることだ。


 だからこそ、この先オルカス優位の情勢が明確になれば、以前の吸血候のように、自らの生存戦略のためにあっさりと傘下にくだる危険がある。


(敵の強大な兵力になる前に、潰せるときに潰しておかないとな)


 冷たい空気を肺の奥まで吸い込み、魔力を練り上げる。

 俺が転移を繰り返し、雷轟のヴォルテックスの縄張りへとついに近づいた、まさにその時だ。


 ――ゾクッ、と総毛立つような戦慄が背筋を走り抜けた。



 ***


 肌の表面の産毛が、一斉に逆立った。


 鼻腔を突く強烈なオゾンの匂い。

 極限まで研ぎ澄ませた直感が、致死の危機を告げる。


 ドクン、と心臓が一度大きく跳ね、血流が沸騰するような錯覚に陥った。

 その刹那――


 敵の奇襲を受けた。


 俺は微かな異変を感じ取ると同時に――

 ためらうことなく「時止め」の魔法を使った。


 「時止め」の発動が間に合わなかったのではない。

 確実に魔法は発動した。


 世界から一切の色と音が消え去る。

 鮮やかだったはずの魔界の闇は煤けたモノクロームへと変わり、吹き荒れていた暴風は硬い壁のようにその場に固定された。


 世界の進みは停止し、ゆったりと進むスローモーションの中で、俺の思考だけが極限まで加速している。


 だが、信じられない光景が目の前にあった。


 絶対的な停止世界のはずなのに、「雷の魔人」はすでに俺の眼前の近距離まで接近していたのだ。


 距離にしてわずか三メートル。

 回避不能の圏内だ。


 雷轟のヴォルテックスは、巨大なバケモノではなく、人間サイズの魔人だった。

 背丈は俺よりも少し低いぐらいだろうか。


 逆立った髪はまばゆい金色。

 停止した灰色の世界において、その髪だけが異常な存在感を放っている。


 事前に聞いていた通り、その鍛え抜かれた体からは青白い電気がバチバチとほとばしっている。上半身は裸で、下は武道着のようなゆったりとしたズボンをはいていた。


 俺の思考だけが加速している、時が止まったかのようなスローモーションの世界で、そいつはあろうことか『普通に』動けていた。


 ……いや、違う。

 魔法が破られたわけではない。


 奴の動きも、この世界では確実に遅くなっているのだ。


 ただ、奴の基本スピードが余りにも速すぎるせいで、時が遅延したこの世界でも、まるで普通に動いているように見えるだけだ。


 光速……あるいは、それに限りなく近い速度。

 そんなデタラメな物理法則を、こいつは体現している。


 身体を捻って躱す。

 ――いや、転移でこの場を離脱する。


 加速した思考の中で、俺は生存のためのあらゆる最適解を弾き出した。

 転移魔法の構築に入る。

 

 だが――敵の攻撃に対処する前に。

 俺の胸のど真ん中に、そいつの拳が深々と突き刺さっている。


 じゅ、と肉が焼ける嫌な音と共に、焼け焦げるような熱が肺を焼いた。


(魔封印の影響で――こいつの魔法は霧散している――だが――攻撃が速すぎて――霧散しきる前に――届いて――)


 心臓を貫かれた。

 遅れて、激痛が脳髄を揺らす。


 ごぼりと、口から大量の鮮血が溢れ出る。

 視界が真っ赤に染まり、急速に力が抜けていく。


 それから、ずいぶんと遅れて――


 ドォオオオン!!

 ゴロゴロゴロ……!


 鼓膜を破るような、凄まじい雷鳴の音が空に響いた。

 奴の光速の移動速度に、物理的な『音』が全く追い付いていないのだ。衝撃波が遅れてやってきて、俺の体をさらに激しく揺さぶる。


「……ッ」


 声にならない血の泡を吐きながら。

 胸を貫かれた俺は、抵抗する術も失い、そのまま重力に引かれて空の上から真っ逆さまに落下していく。


 意識の端で、薄暗い魔界の雲が、遠ざかっていくのが見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ