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第275話 巨人たちの死闘

 俺は現在、キラー・マシーン二号機の魔導コアに魂を写し、命がけの戦いに身を投じている。

 対する相手は「氷結の魔人」、絶零のアブソリュート。


 お互いの体長はおよそ五メートル。

 人が見上げるような巨躯――サイズこそ互角だ。


 敵の最大の強みは、自身の周囲を瞬時に絶対零度へと変える極悪な冷気魔法。

 だが、今の俺は鋼鉄の機械。


 装甲の表面がパキパキと凍りつく嫌な音を立ててはいるが、血肉の通った生身の人間のように、寒さを苦痛として感じることはない。


 コア魔石と接続された疑似神経に異常はなく、幸い、機体の動作にも今のところ異常は見られず、問題なく戦闘を継続できている。


 ――どっ!!

 ――がっ!!

 ――がこっ!!

 ――ばきっ!!


 たがいに空中で肉薄し、金属と氷が削り合う凄まじい肉弾戦を繰り広げる。

 激突のたびに青白い火花と氷の破片が撒き散らされ、超重量を誇る「鋼鉄」と「氷結」の魔人が衝突するたびに発生する戦闘の余波(衝撃波)は、遥か地上にまで容赦なく及んでいた。


 地上から戦況を見上げている騎士団。

 そして、避難して距離を取っている民衆たち。


 彼らは激しい風圧に身を屈めながら、固唾をのんで、空の上で展開されるこの異次元の死闘を見守っていた。


 俺は並列処理で複雑な魔法操作と機体制御をこなしつつ、左腕に換装された新パーツ「火力圧縮機」に魔法の炎を蓄積させ続けていた。


 左腕の装甲の隙間から、高熱による赤い光が漏れ出し、チリチリと空気を焦がす匂いがコックピット(精神世界)にまで伝わってくるようだ。


(……これ、途中で暴発したりはしないよな?)


 腕が熱で溶け落ちるのではないかという、俺は内心でそんな一抹の不安を抱きつつも、製作者であるエイルたち五人のドワーフ少女を信じることにした。


 彼女たちが油まみれになって心血を注いだ技術を信じて、限界まで火力を蓄積させていく。


「ぬがぁあああああああ!」


 絶零のアブソリュートが、苛立ちを隠そうともせずに大気を震わせる雄叫びを上げる。


 これまで魔界の極寒地域において、文字通り絶対的な覇王として君臨してきたこいつにとって、正面から互角に殴り合える存在など初めての経験なのだろう。


 通常、こいつの周囲にいるだけで大抵の相手は血液が凍りつき動かなくなる。


 冷気に耐性のある氷系の魔物ですら、巨体で踏み潰せばそれで終わりだ。

 それゆえに、自分と対等に渡り合える相手――そんな存在が目の前にいること自体に、奴は激しい憤りを覚えている。


 怒りのせいで、奴の攻撃が目に見えて雑になった。

 大振りのフックが空を切る。


 俺はその隙を逃さなかった。


 敵が放った無骨な氷の拳を最小限の動きで回避し、即座にその手首を掴んで強引に引き寄せる。バランスを崩した相手の懐へ、至近距離から熱を帯びて赤熱化した「火力圧縮機」の噴射口を真っ向から向けた。


 そして、噴射口を封じていた物理的な門の留め具を、一気に外して解放する。


 ――ごぉおおおおおおおお!!!!


 圧縮され続けていた極大魔法のジェット噴射が、鼓膜を破らんばかりの咆哮とともに解き放たれる。


 必殺――

 『超魔獄炎波ちょうまごくえんは』。


 放った側の俺でさえ、肩の関節が外れそうになるほどの反動で後ろに押し出されるほどの凄まじい圧力が加わる。


 だが、敵の手首をしっかりと掴んで固定しているため、至近距離を保ったまま、太陽の表面温度にも匹敵する致死量の火力を浴びせ続けることができた。


(……とんでもない威力だな。エイルたちの探求心が恐ろしい)


 この開閉口は物理的な留め具を外して開放するため、戦闘中に使用できるのは一度きり。エイルたちに再びメンテナンスをしてもらうまでは、ただの焦げた頑丈な筒に成り下がる。


 しかし、その一撃の威力はまさしく絶大であった。

 凍てついた空をも塗り替えんとする凄まじい業火。


 だが。

 そんな一撃必殺のはずの高火力を正面から受けてなお、絶零のアブソリュートはまだ生きていた。



 ***


 アブソリュートは腹部に高火力のジェット火炎を叩き込まれ、その強固な氷の身体の大部分がどろどろに融解していた。

 大量の水蒸気が立ち上り、視界を白く染める。


「がぁああああああ!!」


 だが、奴は死に体になってもなお、痛覚がないのか、怒りに任せて魔法を展開する。周囲の急激な温度変化を利用し、空中へ無数の氷の槍を出現させ、雨あられのごとき一斉攻撃を仕掛けてきた。


 さらに、地表に突き刺さっていた氷の槍までもが遠隔操作によって浮上し、四方八方から俺に向けて殺到する。


 俺は加速魔法を駆使し、スラスターを細かく吹かしてそれらを空中で紙一重に避けては捌いていく。


 だが、あまりに手数が多い。

 そしてこちらは的が大きい。


 そのすべてを回避することは物理的に不可能であり、鋼鉄のボディに次々と氷の槍がヒットする。


 それ自体で致命的なダメージを負うことはないが、ガンッ、ガンッという重い衝撃によって姿勢制御が狂わされる。


 ――がっ!! がっ!! がっ!! がっ!!


 敵が放つ大小さまざまな氷の破片が、付着物となって鋼鉄の体にまとわりついていく。関節部が凍りつき、動きが目に見えて鈍くなる。


「そのまま、氷漬けになるがいい!!」


 アブソリュートの吼える通り、俺の表面に張り付いた氷の体積は、秒単位で増殖していく。俺の体には炎を噴射するパーツが備わっているが、その炎で融かす速度よりも、氷が浸食するスピードの方がはるかに上回っている。


(魔封印の効果範囲を広げるか……。いや、それよりも)


 そう判断を下した瞬間、視界が真っ白に染まり、俺の全身は巨大な氷の塊に完全に飲み込まれた。


 機体の駆動音が完全に沈黙する。


「がははははっ! 勝った! 勝ったぞ!! 手間取らせおって!」


 虚空に響く、アブソリュートの不遜な勝利宣言。

 しかし、戦いはまだ終わってはいない。



 ***


 俺は完全に氷漬けにされ、身動き一つ取れない状態になりながらも、全く焦ってはいなかった。今の身体は寒さを感じないし、何より人間のように呼吸を必要としていない。窒息の恐怖とは無縁だ。


 だからこそ、冷徹に戦況を俯瞰することができた。


(……生身の体では、二度と戦いたくない相手だな)


 魔封印があったところで、急激な気温の低下そのものは防ぎようがない。

 もし生身の本体で戦うなら、時限式の爆裂魔法を何度も叩き込めば勝てるかもしれないが、一度や二度では倒せそうにない。


 こいつの致死の冷気が渦巻く懐に何度も飛び込んで魔力を注入し続けるのは、あまりに骨が折れる作業だ。


 それこそ二十匹のゴブリンを生贄にして身代わりにしたところで、こちらの命が持ちこたえられる保証はない。


(……この機体を作っておいて、本当に正解だったよ。俺の平穏な生活は知恵と工夫と努力で成り立っている)


 俺は氷塊の中から、勝ち誇る敵の無防備な背後へと、転移魔法を使って音もなく移動した。


 死んだふり作戦からの不意打ち。


 敵の背後を取った俺は――加速魔法、最大発動。


 火炎噴射、最大出力。

 超高出力のジェット加速を乗せた、渾身の火炎パンチ。


 ――どごっ!!


 敵の後頭部を、無慈悲な不意打ちで殴りつける。

 武士の情けも情緒も何もない、勝てばよかろうなのだと言わんばかりの極悪非道な奇襲攻撃。


 ――ばきっ!

 乾いた破砕音と共に、アブソリュートの強固な頭部に、明確なひび割れが走る。


 これまでどれほどの打撃を加えても、決して傷つくことのなかったその身体に、ついに決定的な綻びが生まれた。

 先ほどの『超魔獄炎波』による致命的なダメージが、相当深く効いているようだ。


 俺は好機と見て、畳みかけるように攻め立てる。

 加速魔法でさらに機動速度を上げ、敵に対して殴る、蹴る、体当たりといった暴力的な打撃を絶え間なく叩き込んでいく。


 ――どが! がこ! ばご!


 一撃を加えるたびに、敵の全身を覆うひび割れが蜘蛛の巣のように幾何学的に増殖していく。


 氷の四肢が、次々と粉砕されもがれていく。

 殴り続けるほどに、敵の体積は見る見る削られ、かつての威厳など欠片もない矮小な姿へと縮んでいった。


「おのれ、卑怯な……! 貴様のような奴に……!」


 ――ばごぉおおおんっ!!


 俺は負け惜しみの叫びを上げようとしていた敵の顔面に、一切の躊躇なく追い打ちの拳を叩き込み、木っ端微塵に粉砕してやった。


 キラキラと輝く氷の粉塵が、空中に舞い散る。


 夏の終わりだというのに――

 戦場には、ただただ冷たい風が虚しく吹き抜けていった。

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