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第274話 不意打ち、激突する巨人

 (ゼノス視点)


 カストル侯爵の反乱。

 そのあまりに唐突で最悪な終着点は、「氷結の魔人」絶零ぜつれいのアブソリュートの襲来であった。


 空を覆う巨大な魔法陣から放たれる、骨の髄まで凍りつくような冷気。


 アブソリュートは周囲のすべてを無慈悲に凍てつかせながら、神が下界を見下ろすような緩慢さで、地上へとゆっくり降下を始めた。


 事態は一刻を争う。


 あのまま傍観していれば、間違いなく俺も氷像のコレクションに加えられていただろう。


 俺は即座に転移を発動し、王都の屋敷の中庭にある機体格納庫へと移動した。

 ツンとした機械油の匂いと、むせ返るような夏の熱気が肺を満たし、先ほどの絶対零度の幻影をわずかに和らげてくれる。


「エイル、急で悪いが二号機を使う。――整備状況はどうだ?」


 ちょうど中にいて、溶接の火花を散らしながら三号機のメンテナンスをしていたドワーフの少女、エイルに声をかける。


 彼女はゴーグルを額に押し上げ、驚いたように瞬きをした。


「いつでも動かせる状態です。……この機体が必要になるなんて、よほどの相手なのですか?」


 油で汚れた小さな手が、不安げに工具を握りしめている。


「ああ、とんでもない強敵だ」


「……ご武運を」


 俺は震えるエイルの額に軽くキスをしてから、金属の軋む音を響かせながら足場を駆け上がり、機体胸部の分厚い装甲ハッチ前へと移動した。

 そして、二号機の心臓部たるコア魔石に、自分の意識の大半を「写し身の魔法」で定着させる。


 視界が反転し、人間の柔らかい肉体の感覚から、圧倒的な質量と出力を誇る鋼鉄の四肢へと神経が繋ぎ変えられる独特の浮遊感。


 意識だけを巨大な機械の体へと移した俺は、隠密状態のまま転移を使い、再びカストル侯爵の居城前へと舞い戻った。



 **


 処刑が行われていたその場所からは、すでに民衆が蜘蛛の子を散らすように逃げ出している。


 だが、逃げ遅れた者が若干名いたようだ。

 彼らは無残にもその場に倒れ、ピクリとも動かない。


 肌を刺すような冷気の中、周辺の草木も表面はすでに完全に凍りついているようで、ガラス細工のように不気味な白い霜がびっしりと浮かんでいる。


(……あれでは、もう助かる見込みはないだろうな)


 氷結の魔人が降臨したことで、周囲一帯は生命を拒絶する絶対零度の地獄と化していた。その場にいるだけで、排気ダクトの内側が凍りつきそうになる錯覚を覚える。


 城の前では、王国騎士団200名が必死に炎と光の結界を張り、何とか魔人の冷気に対抗しようとしていた。


 彼らは血を吐くような悲痛な叫びと共に、持てるすべての攻撃魔法を掃射する。

 放たれた眩い光弾と爆炎は、全長五メートルの氷の魔人を完全に覆い尽くしたが、……効果はそれだけだ。


 もうもうと立ち込める水蒸気が晴れた後には――

 傷一つない絶望が佇んでいた。


 アブソリュートは返礼とばかりに、大気をミシミシと鳴らしながら、空中に家屋ほどの巨大な氷の塊を複数生成した。


 それらを一斉に落とし、防壁ごと騎士団を文字通り壊滅させる気なのだ。


(……そうはさせるかよ)


 正直に言って、俺に騎士団を助ける義理など一分いちぶもない。

 だが、彼らはこの国の治安を守るかなめだ。警察機構が崩壊しては、俺の優雅な日常もあっけなく崩れ去ってしまう。


 この世界で平穏な生活を享受しようとする俺にとっても、彼らは必要不可欠な存在といえる。



 ***


 俺は即座に加速魔法を展開した。


 機体各所に取り付けた強化パーツから烈火の炎を噴射し、鼓膜を破らんばかりの轟音と共に爆発的な推進力を得る。

 常時展開している浮遊魔法の恩恵により、この鋼鉄の機体が持つ本来の重量は完全に無視できる。


 俺は空中を弾丸のような高速で移動し、目標物へと一気に急接近した。

 そして、敵がこちらの存在に気づくよりも早く、強烈な不意打ちを食らわせた。


 ――どがぁああああああああ!!!


 インパクトの瞬間、俺はあえて浮遊魔法を完全にカットした。


 腕のロケット噴射の推力に、数トンに及ぶ自重が加わった、超重量級の一撃。

 鋼鉄の拳が氷の巨顔にめり込むすさまじい衝撃を伝えた直後、墜落を避けるために再び浮遊魔法を起動して機体を空中に留まらせる。


 そのまま、宙に浮いていた三つの巨大な氷の塊に向けて、炎を纏った鋭い蹴りを叩き込み、よろめいたアブソリュートの体へとまとめてお見舞いしてやった。



 **


 不意打ちは、見事に成功した。


 現在、俺はキラー・マシーン三号機たちにも少しずつ魂を分割して配置している。

 そのため、二号機に注げる魂の総量が減少しており、決して万全の状態とは言い難い。だが、この奇妙な欠落感にも、最近はようやく慣れてきた。


 これまでの地道な魔法の研究、厳しい戦闘訓練、そして実戦での運用。

 それらの積み重ねによって、魔法の制御と機体の操作精度は、以前とは比べ物にならないほど確実に向上している。


 補助魔法の細かな切り替えと、空中における機体の精密な制動。

 難易度は極めて高いが、今の俺になら不可能ではない。


「地上の支配者は貴様ではない。――オルカス様だ!!」


 俺は機体の外部スピーカーを最大出力にし、腹の底から、大声で「嘘」を叫んだ。これは、下でこの戦いを呆然と見守っている騎士団に向けてのプロパガンダだ。


 「白い悪魔」ことガダームがこの場に突如現れ、人類の敵である「氷結の魔人」と戦っている理由付け。

 悪の組織の縄張り争いという体裁。


 この一言があれば、彼らも勝手に納得して、こちらの真意を探ろうとはしないだろう。――余計な思考を切り捨て、意識をアブソリュートへと集中させる。

 

 俺の会心の不意打ちを、あれほど正面から食らってもなお、奴はまだ死んでいない。


 瓦礫と氷に埋もれていた地面から力任せに起き上がると、奴はその全身から禍々しい青白い魔力を溢れさせ、怒りを爆発させた。


「……この痴れ者がッ! ――不敬であるぞ!!」


 どうやら、不意打ちでぶん殴られたことがよほど腹に据えかねたらしい。

 奴から溢れ出た魔力によって、周囲の地面が一気に氷漬けとなり、パキパキと音を立てて凍土が広がっていく。


 アブソリュートの周囲に、空間を歪めるほどの冷気を纏った無数の氷の槍が出現した。俺はそれらが発射されるよりも早く、再び加速魔法を発動させる。


 装甲が軋むほどの超加速での最短移動。


 一瞬で敵の懐へと潜り込んだ。

 その凄まじい勢いを殺すことなく、五メートルの巨体を下から豪快に蹴り上げた。


 ――どごぉおおおおおおお!!


 空中の氷の槍はそのままに、アブソリュートの巨体だけが空高くへと舞い上がる。


(……ここで畳みかける!)


 俺は地面を力強く蹴り上げ、ブースターでさらに加速――

 敵への追撃に移る。


 さらなる打撃を叩き込むべく、右拳を勢いよく繰り出した。


 空中に吹っ飛ばされながらも、驚異的な速さで体勢を立て直したアブソリュートが、迎え撃つように巨大な氷の拳でカウンターを仕掛けてくる。


 激突の瞬間、爆発的な衝撃波が空の雲を吹き飛ばした。

 俺たちは遥か上空で、金属と氷が削り合う不快な音を響かせながら、激しい格闘戦を繰り広げた。


「ぐぉおおおおおお、おのれぇ~~~~! アシュラフめっ! この私をたばかりおったな!!」


 アブソリュートが大声で呪詛の言葉を吐き散らす。


(……なるほど、こいつを人間界に呼び出したのは、やはりアシュラフの野郎だったか!)


 そういえば、俺がカストル侯爵の処刑を見物しに行くと言った際、奴が「流石だ」などと言っていたのは、この仕掛けを施していたからか。


 俺が新魔人の出現を予見し、自ら討伐に向かうのだと、あのアホ執事は勝手に深読みしたのだろう。


 まあ、それはともかく――

 とんでもない者を寄こしてくれたものだ。


(こいつがただ『存在する』だけで、周辺地域には人が住めなくなるぞ……くそっ!)


 この魔人が気の向くままに動き回れば、その通過した土地はそれだけで死の氷土と化すのが目に見えてわかる。生産活動はできなくなり、流通経路はズタズタになる。……おそらく、人類の半分が死に絶えることになるだろう。


 魔人の制御など、そもそも人間には不可能なのだ。


(ならば、ここで仕留めるしかない! 俺の快適なスローライフのために!)


 俺は氷結の魔人と激しく拳を交わし――

 装甲に走る冷気を無視しながら腹を括った。

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