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第273話 降臨する覇者

 (王国騎士団長 サー・ガイウス視点)


 アースガルド王国に、大規模な反乱が勃発した。


 私はリアム王子と共に軍を率い、その反乱の鎮圧にあたっている。

 今はまさに、その総仕上げの局面であった。


 謀反を企てた領主親子を公開処刑し、新たな領主による統治を宣言する。

 それによって、この一連の混乱に完全なる終止符を打つところなのだ。


 新領主の君臨を民衆に強く印象付けるため、リアム王子は一足早く王都へと帰還している。

 ゆえに、この場を取り仕切る戦力は、騎士団200名と王国兵500名のみとなっていた。


 この日は、朝から鉛のような厚い雲に覆われた肌寒い一日だった。

 吐く息がうっすらと白く染まり、鎧の隙間を抜ける風がチクリと肌を刺す。


 季節は夏の終わり。いわば季節の変わり目だ。

 少しばかり寒くなるのが早いな、とその程度には思っていたが、さして気にも留めてはいなかった。



 **


 新領主による厳かな声名とともに、ついに処刑が開始される。


 「殺せ!」「地獄へ落ちろ!」という怒号が、冷たい空気を震わせる。

 民衆はおのおの、手に持った石をかつての支配者たちへと憎しみを込めて投げつけていた。


 ゴツッ、という鈍い音が響くたび、私の眉間には深い皺が刻まれる。


 我が軍に投降した農民兵から聞き及んだ話によれば、カストル侯爵親子は、この地で相当に凄惨な圧政を強いていたらしい。


 反乱を企てたものの末路――通常であれば即座に打ち首とするところだが、それでは領民たちの怒りが収まらないだろうと判断され、あえてこの凄惨な処刑方法が採用されたのだ。


 法を守護する騎士としては目を覆いたくなる光景だが、これもまた統治の一つの形なのだろう。


 私は城の巨大な外壁の上から、昂る民衆が暴徒化しないよう、鋭く目を凝らして見張っていた。

 だからこそ、真の異変に気付くのが遅れてしまったのだ。


(……いや、寒すぎる。異常だ)


 ただならぬ不穏な気配を感じ、反射的に空を見上げる。

 すると、そこには厚い雲を切り裂くように、青白く発光する巨大な魔法陣が描き出されていた。


 鼓膜を圧迫するような、低い耳鳴りが鳴り響く。


「なんだ、あれは……?」


 私の呟きに呼応するかのように、「それ」は姿を現した。


 ピキピキと空間そのものが凍りつく嫌な音と共に現れたのは、全長5メートルにも及ぶ、氷で構築された異形の化け物。

 そいつは全身を震わせ、大気を激しく鳴動させるような重低音を発した。


「我は氷結の魔人・『絶零ぜつれいのアブソリュート』。今日から人間界を支配する、貴様らの王だ!」


(氷結の、魔人……だと……!?)


 背筋に、氷の刃を突き立てられたような激しい戦慄が走る。

 心臓が警鐘のように早鐘を打つ。


 その魔人は信じがたいほどの濃密な冷気を纏っており、ただ存在するだけで周囲の空間を次々と氷漬けにしていく。

 上空の厚い雲さえも凍らされ、やがて大粒の氷の塊が、パラパラと不吉な音を立てて地上に降り注ぎだした。


 民衆は、あまりに突飛な出来事と急激な気温低下に思考を停止させ、呆然と立ち尽くしている。

 私は肺が凍りつくのを無視し、腹の底から大声を張り上げた。


「逃げろ! ここから離れるんだ!!」


 彼らがパニックになれば将棋倒しによる二次被害が出る。

 そんなことは百も承知だ。


 だが、それ以上に、あの怪物がこの場に降り立つ前に一刻も早く逃がさねばならないと、私は騎士としての本能で瞬時に判断した。


 私は新領主をはじめ、戦う術を持たぬ文官たちにも即座に退避を促す。


「兵士は領主と民衆の護衛を! 騎士団は私と共に、あの化け物を討つ!!」


 方針を電光石火で決し、血を吐くような思いで叫ぶように伝達した。


 正直に言えば、勝てるとは微塵も思っていない。

 だが、誰かが盾となり立ち向かわねばならぬのなら、それは王国の精鋭たる我らの役目に他ならない。


(……皆が逃げるための時間稼ぎができればいい。だが、果たしてそれさえ可能かどうか……)


「炎と光の防壁を展開せよ!」


 私の指示を受け、騎士団に所属する炎と光魔法の使い手が、即座に魔力を練り上げる。


 ゴォォォッという音と共に、炎の壁がこの場に踏みとどまった騎士団を囲い、光の結界が地表から我々を死守するように展開された。


 冷え切った身体に、わずかな熱が戻る。


 この迅速な措置により、どうにか即座に凍死することだけは免れた。

 しかし、周辺の木々はすでに白く凍り付き、パリパリと音を立てて生命活動を停止させている。


 伝令の魔鳥を飛ばし、リアム王子に救援を要請したが、果たして人間があの化け物に勝てるものだろうか。手が小刻みに震えているのが自分でもわかった。


 空から悠然と降下してくる「絶零のアブソリュート」は、地上で防壁を張り待ち構える我ら騎士団の存在に気づき、不敵に声をかけてきた。


「ぐははははっ! 出迎えご苦労。褒美として全身を凍らせ、永遠にその姿をこの世にとどまらせてやろうではないか」


 回りくどい言い回しだが、要は全員を美しい氷の彫像にして殺すと言っているのだろう。


(……そうはいくか。王国の誇りにかけて、一矢報いてやる!)


 私は魔法攻撃の準備を終えていた騎士団員たちへ、烈火のごとき号令をかけた。


「放てぇええええ!!」


 総勢二百名による、上級魔法の一斉斉射。

 放たれた眩い光輝と灼熱の炎は、狂いなく「絶零のアブソリュート」に命中した。


 敵の巨体を完全に覆い尽くす、圧倒的な攻撃魔法の奔流。

 いける、と誰もが思った瞬間だった。


 しかし。


 それらの猛攻は、氷結の魔人の体表をただ優しく撫でただけに過ぎなかった。

 視界が晴れた後、もうもうと立ち込める水蒸気の中から現れた敵の身体には、傷一つ見当たらない。


(そんなっ! これほどまでとは……!)


 以前対峙した「鋼鉄の魔人」には、魔法そのものを技術的に打ち消された。

 だからこそ、命中さえすれば相応の打撃を与えられるものだと思い込んでいたのだ。


 だが、現実は残酷だった。

 圧倒的な「個」の暴力の前では、数の利など無意味だったのだ。


「なんだ? 花火を打ち上げて我の戴冠を祝うとは、人間というのもなかなか気が利いているではないか。はっはっはっ!」


 魔人は、我々の全力の攻撃を文字通り「余興」としか捉えていなかった。

 私はその圧倒的な力の差に、深い絶望の淵へと突き落とされた。剣を握る手から力が抜けそうになる。


(リアム殿下に援軍を要請したのは、間違いだったかもしれない。殿下の『聖域』があれば、敵の魔力を半減させることはできる。だが、基礎となる力が違いすぎる。これでは、殿下まで無駄死にさせてしまう……。何とかして、ここに来ずに逃げるよう伝えなければ……!)


「我を楽しませた褒美だ。受け取るがよい」


 「絶零のアブソリュート」が、その周囲に家屋ほどの巨大な氷の礫を複数展開させた。あんな質量兵器を落とされては、防壁ごと騎士団はひとたまりもなく全滅だ。


(ここまでか……陛下、申し訳ありません……)


 私が死を覚悟し、瞳を閉じた――

 その時だった。


 ――どがぁああああああああ!!!


 一体どこから現れたのか。

 鼓膜が破れんばかりの轟音と共に、氷結の魔人と同等、あるいはそれ以上の体躯を誇る巨人が、猛スピードでの不意打ちでアブソリュートの顔面を殴りつけた。


 その巨人は空中で器用に姿勢を制御すると、魔人が生み出した巨大な氷の塊を、炎を纏った脚で次々と蹴り飛ばしていく。


 ――どか! どか! どか!


 蹴り飛ばされた氷塊は、軌道を変え、そのまま地上へと叩きつけられていた「絶零のアブソリュート」に、吸い込まれるように命中した。


「地上の支配者は貴様ではない。――オルカス様だ!!」


 奇襲を仕掛けた巨人は、空間を震わせる機械的な大声でそう宣言した。

 鋼鉄の白い身体からは、以前の王都での戦いでは見られなかった激しい炎のブースターが噴き出している。熱波が我々の防壁まで届くほどだ。


「……間違いない。あれは――」


 白い悪魔。

 こと、鋼鉄の魔人・ガダーム。


(なんということだ。あの化け物まで出てくるとは……)


 どうやらこの人間界で、人類の理解を超えた魔人同士による壮絶な勢力争いが勃発してしまったようだ。


 周囲に、さらに激しく凍える吹雪と、それを溶かす灼熱が吹き荒れる。


 私はただ、人類の滅亡の始まりとなるであろう光景を――

 呆然と見上げるしかなかった。

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