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第267話 姉さんとの情事

 (ゼノス・本体視点)


 ザルツ山脈にて、複数の魔物を討伐した俺とキラー・マシーン三号機。

 標高の高いこの場所は、夏が近いというのに肌を刺すような冷たい風が吹き荒れている。夜ともなればなおの事だ。


 周囲には、先ほどの激闘を物語るように、岩が砕けた粉塵と焦げた肉の匂いが立ち込めていた。


「さて、こいつらを運ぶか」


 俺はキラー・マシーン三号機に捕らえた獲物の見張りを任せると、フェニックスの死体と共にグラードの事務所へ転移した。


 まずは、大物から順に運ぶ。


 視界が一瞬歪み、ひんやりとした山の空気から、湿気を帯びたむせ返るような生温かい空気へと変わる。


 学校を終えてからこの山脈に来たので、時刻はすで深夜だ。


(時差の関係で、こちらのほうが日の入りは早いしな)


 月明かりが山々を青白く染めている、そんな頃合いだった。

 銀色の光が、事務所の庭に横たわる巨大な鳥の骸を不気味に照らし出している。


 あの火の鳥は、伝承にあるような不死鳥というわけではなかったようだ。

 灰から蘇ることもなく、心臓を的確に貫けば、それで絶命した。


 ただの巨大な、炎を纏うだけの鳥に過ぎない。

 俺は事務所の庭にその巨体を置くと、中にいる獣人の従業員たちを呼び出した。


「仕事だ。こいつをベアリスのところまで運ぶ。準備をしておけ」


 足音を鳴らして飛び出してきた獣人たちは、フェニックスの放つ微かな余熱と威圧感に一瞬たじろいだが、従順に運搬の準備を開始する。


 大物を先に運び、残りのトカゲどもは後に回そう。


 従業員たちが太い麻縄で巨体を縛り上げ、掛け声と共に荷台に乗せたのを見届けてから、俺は再び転移で山脈の上部へ移動した。


 そこに置いておいたサラマンダー・ストーカーを、一匹ずつ転移で事務所の庭へと運び込んだ。


 冷たい山頂と蒸し暑い町を何度も往復し、俺の額にもうっすらと汗が滲む。



 ***


 翌日。

 学校を早退し、早めにこちらに来た。


 獲物をすべて運び終えると、俺はベアリスの作業場へと向かう。


 裏路地には、どろりとした血の匂いと獣の脂臭さがすでに漂い始めていた。

 ちょうど、うちの従業員たちが搬送作業を終えたところだった。


 ベアリス側の作業員たちが、さっそく血抜き作業に取りかかっている。


 刃物が肉を裂く鈍い音と、血が樽に注がれる生々しい水音が響く。

 時刻的に少しばかり残業になるだろう。


(悪いことをしたが、血抜きだけならそう時間はかかるまい)


「よお、大物を捕らえたぜ」


「あんた……よくこんなのを狩れたね」


 腕組みをしたベアリスが、呆れ顔で俺を見る。

 その瞳の奥には、隠しきれない驚愕と、俺という底知れない存在への畏怖が揺らめいていた。


 本来、空を飛ぶ魔物を仕留めるには、周到な罠を張るか、魔法、あるいは弓などの遠距離攻撃を用いるのが定石だ。小型の敵ならまだしも、大型の飛行生物を相手にするのは極めて難易度が高い。


 今回の獲物は、かなりの貴重品になるはずだ。


 俺は獣人の従業員たちを労いの言葉と共に帰らせると、作業場の奥にある個室の事務所で、ベアリスとの商談に入った。


 ランプの灯りが揺れる薄暗い室内は、埃とインク、そして彼女自身から香る汗の匂いが混ざり合っている。


「魔石はこちらで引き取る。それと魔法素材として使うから、羽根の半分とくちばし、爪、それと血はこっちに回してくれ。羽根の残りは販売に回すから、別に包んでおいてくれ。――で、作業代はいくらだ?」


 素材の運搬も販売もこちらで引き受けるため、提示されたのは純粋な作業代だった。


「金貨13枚ってとこだね」


 ベアリスは机の上の計算板を弾きながら、素っ気なく答えた。


「じゃあ、前払いしておく――フェニックスの分だ」


 その言葉に、ベアリスはピタリと手を止め、露骨に渋い顔を作った。


「仕事があるのはありがたいが……いくらなんでも多すぎるだろ」


「トカゲの方は急ぎじゃない。ゆっくりやってくれていい。あいにくそっちの金は手持ちがないから、フェニックスの素材引き取りの時に持ってくる」


 俺はそう言いながら、ベアリスの肩を抱いて彼女を強引に引き寄せた。

 革のエプロン越しでも、彼女の鍛え抜かれた筋肉の弾力と、女性らしい体温が伝わってくる。


「……あとの方は、いくらくらいかかりそうだ?」


 俺の吐息が彼女の耳元を掠めると、ビクッと肩が震えた。


「今の段階じゃあ、正確な金額は言えないよ。でも、金貨50枚以上はするだろうね。――ちょっと、調子に乗るんじゃないよ」


 ベアリスが顔を赤くし、俺の手を押しのけようとする。

 しかし、俺はその身体を離さない。


 むしろ、さらに強く抱き込み、逃げ場を奪う。


「止めろって……あいつらがまだ外にいるだろ」


 ベアリスは外で作業する従業員の目を気にしているようだ。

 視線がチラチラとドアの方へ向かう。


「血抜きが終われば帰っていいと言ってあった。もう引き上げているさ」


「まだ、いるかも……後にしろ」


 息を荒くする彼女の懇願を、俺は聞き入れなかった。

 獲物をいたぶるような嗜虐心が、心の奥底で鎌首をもたげる。


「ダメだ。お前に拒否権はない」


 俺は一日の仕事で疲れている彼女の肉体を、慈しむようにほぐしていく。

 凝り固まった肩や背中の筋肉を指先でなぞり、押し込むたびに、彼女の口から微かな吐息が漏れる。

 

 その心地よさに、彼女は顔を赤らめて恥じらっている。


 心臓の鼓動が、俺の胸にまでトクントクンと伝わってきた。

 時折、俺のことを鋭く睨みつけはするが、心の底から拒絶しているわけではない。


 むしろ、この関係を彼女も望んでいた。

 強引に奪われるという免罪符が、彼女の理性を溶かしていくのがわかる。


 彼女が本気で拒む時は、決まって刃物を手に取るのでわかりやすい。

 今は手元にナイフがあるにも関わらず、それに触れようともしない。嫌がるように抵抗する素振りを見せてはいるが、それは本気の抵抗ではなかった。


 ただ、声だけは漏らさないよう、彼女は必死で我慢して自分の口を手で押さえている。どうやら従業員たちにだけは、この関係を知られたくないらしい。

 

 そのいじらしい姿が、さらに俺の火に油を注いだ。



 ***


 俺はベアリスとの「大人の交渉」をたっぷり終えてから、事務所の外に出た。


 夜風が火照った肌に心地よい。

 従業員たちはとっくに帰った後であり、血抜き作業も完了している。


 静まり返った作業場には、樽に満たされた血の鉄錆びた匂いだけが残っていた。


 俺は作業場を出て、自分の事務所へと歩き出した。

 周囲はとっくに暗くなっている。月明かりすら届かない裏路地には、不気味なほどの静寂が落ちていた。


(早く帰って飯を食おう)


 胃袋が空腹を猛烈に訴えている。

 そう思っていた、その時だった。


 ヒュッ、と空気を裂く微かな音。


 暗がりから音もなく影が近寄ってくる。

 俺の真横から、首筋を刈り取るべく鋭い手刀が突き入れられた。だが、俺はその獣人の手首をこともなげに掴んで防いだ。


 メキッ、と骨が軋む音と共に、暗殺者の口から「ッ!?」という驚愕の息が漏れる。


「まったく、しつこい奴だな」


 いつもなら隠密状態のキラー・マシーン三号機が捕らえているはずの、「ガイル」からの刺客だろう。


 おそらく、運搬作業のゴタゴタに乗じて網の目を潜り抜けたのだ。


(夕飯が少し遅くなってしまうな)


 俺は本気でそんな心配をしながら、空いた手でその獣人の腹に容赦のない拳を叩き込み、ボコボコにした後で子分に加えた。


 数度の鈍い打撃音と短い悲鳴の後、暗殺者は俺の足元で平伏し、震えている。

 これでまた一人、グラードの従業員が増えることになる。


「この町で事業を拡大する気は、これっぽっちもないんだけどな……」


 思わずこぼれた深い溜め息。

 そんな呟きと共に、事務所の二階から屋敷の書斎へと転移した。


 専用メイドのリーリアを呼び、共に食堂へと移動する。

 扉を開けると、温かいシチューと焼きたてのパンの、たまらなくいい匂いが漂ってきた。


 ようやく食事にありつけそうだ。

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