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第266話 ――ざまぁ、なのじゃ!

 俺はキラー・マシーン三号機を伴い、ザルツ山脈を探索していた。


 標高が上がるにつれ、酸素が薄くなり、息を吸い込むたびに肺の奥が冷たく痛む。しかし、地表からはマグマの熱気が立ち上り、足元からジリジリと炙られるような不快な感覚がつきまとっていた。


 その道中、突如として魔物の襲撃を受ける。


「……ッ!」


 背後から音もなく忍び寄ってきたのは、【火精の捕食者】サラマンダー・ストーカーだ。岩肌と同化した赤黒い鱗が、不気味な光を鈍く反射している。


 死角からの鋭い奇襲。


 だが、微かな硫黄の匂いの変化と、空気を裂く微細な音を捉え、俺たちは阿吽の呼吸で左右に分かれた。鼻先を巨大な顎が通り過ぎ、その一撃を紙一重で回避した。


 敵は群れで獲物を追い詰める習性があるらしい。


 逃げた先にも、岩陰からヌルリと別の個体が這い出て待ち構えていた。

 四方八方から、ジュルリと粘着質な涎を垂らす音が聞こえる。


 俺は迷わず専用武器「クロノス・ヴァイス」を抜き放ち、眼前の敵へ切りかかる。


 ――ザシュッ!


 回避と同時に入れたカウンターの一撃が、敵の分厚い身体を深く切り裂いた。


 硬質な鱗を断ち切る確かな手応えと共に、高熱の血液が噴き出す。

 全長二メートルを超える巨大なトカゲは、苦悶の声を上げながらも、次々と俺に向かって凶悪な牙を剥き、狂ったように噛みつきを仕掛けてくる。


 鼻腔を突く、焦げた肉と血の匂い。


 一方、俺の後方に位置するキラー・マシーン三号機にも、別の個体が攻撃を仕掛けていた。


 三号機は、無機質な駆動音を響かせながら鋭い跳躍で噛みつきを回避。空中で身を翻すと、そのまま敵の背の上に張り付き、装備した剣を容赦なく突き立てた。


 ――ザシュッ! ザシュッ!


 三号機が着実に敵を削る中、俺は敵の執拗な噛みつきをバックステップで躱し、一定の距離を保つ。


 額から流れ落ちる汗が、目に入って視界を滲ませる。


「ギュギャァアアアア!!」


 不意に、巨大なトカゲが天を仰いで鼓膜を破るほどの咆哮を上げた。

 刹那、その口の奥で赤黒い光が圧縮され、猛烈な炎が吐き出される。


 ――ゴォオオオ!!


 こちらに向かって放たれた火炎放射。

 だが、その魔法攻撃は俺の特殊能力「魔封印」に接触した瞬間、目に見えない壁に阻まれたように力なく霧散した。


 俺の半径二メートル圏内は絶対の無風。

 しかし、その圏外は瞬く間にオレンジ色に染まり、火の海と化す。


 他のトカゲたちも足並みを揃え、一斉に火を噴きかけてきた。

 炎による急激な気温の上昇はどうにもならない。サウナ室に放り込まれたような息苦しさと、肌がチリチリと焼けるような熱。


 だが、俺自身の身体は無傷だ。

 敵の自慢の攻撃は、完全に不発に終わったといっていい。


 その膠着状態の間にも、味方の三号機が猛攻を加え続けていた。


 ――ズシュッ! ズシュッ! ズシュッ!


 三号機は次々と敵の体から体へと飛び移り、急所をめった刺しにする。


 狙うは心臓。

 一撃必殺の刺突だ。


 この魔物の皮は素材として高く売れる。

 広範囲を傷つけないよう、最小限の傷で仕留めるための精密な措置だった。


 このまま進めれば、順調に殲滅できるだろう。

 俺がそう確信し、敵の頭部へ狙いを定めて剣を突き入れようとした、その時。


 ――ごぉおおおおおおおおおおおお!!!


 上空から、先ほどのトカゲどもの比ではない、さらなる苛烈な炎がこの一帯へ降り注いだ。


 視界が白く染まるほどの、圧倒的な熱量。



 ***


(キラー・マシーン三号機、ゼノス分体視点)


 俺は現在、三号機のコア魔石に憑依している。

 ゼノス・グリムロックの意識の一部だ。


 空間把握能力で周囲の状況を把握し、戦闘を行っている。


 今、俺は【火精の捕食者】サラマンダー・ストーカーの群れを相手に立ち回っている。敵の身体を足場に飛び移り、心臓を的確に貫いている最中、不意に周囲が炎の海に包まれた。


 魔物たちの口から一斉に放出された、火炎魔法の濁流だ。


 しかし、俺や本体には「魔封印」がある。

 周囲二メートルの魔法はすべて強制的に無効化されていた。


 さらに、俺は本体とは異なり、鋼鉄で作られた機械の身体だ。

 痛みも暑さも一切感じない。ただ、関節部の潤滑油が揮発しないかだけが懸念事項だ。


 本体の方はこの熱気に辟易しているだろう。

 汗まみれで不機嫌そうな本体の顔が目に浮かぶ。


 ならば俺が、一刻も早く敵を仕留めてやるべきだ。

 敵の数を減らしさえすれば、この炎の海も自ずと消えてなくなる。


 俺が次の獲物に狙いを定め、行動を開始したその時。上空から、先ほどとは比較にならないほどの火力が、この一帯へ無慈悲に浴びせられた。


 ――ごぉおおおおおおおおおおおお!!!


(うおっ! びっくりした……!)


 把握していた空間一帯がホワイトアウトし、一時的に機能不全に陥る。


 上空から飛来したのは、全身に炎をまとった鳥の魔物――

 フェニックス。


 ヤツによる突然の奇襲攻撃によって、地上は文字通り炎に焼かれた地獄へと変貌した。フェニックスは超高速で地表へと肉薄。


 俺たちが仕留めたばかりのサラマンダー・ストーカーを一匹かっさらっていく。

 その鋭い爪を持つ両足には、逃がさぬと言わんばかりにトカゲががっちりと掴まれていた。


(くそっ、俺たちの売り物(獲物)を横取りされたか……!)


 だが、今の俺には遠距離攻撃の手段がない。

 ただ地面の上で歯噛みし、空を見上げるしかなかった。


 俺が近くに残っていたサラマンダー・ストーカーを剣で貫いていると、突如として、本体の剣に宿っている守護精霊が実体化した。


 淡い光を放ちながら、半透明の少女が姿を現す。


「おのれ……っ、許さぬぞ!」


 シルフィーは憤慨した様子でそう叫ぶと、上空に向けて水魔法を連打し始めた!


 ――ドウッ! ドウッ! ドウッ!


「わらわは、燃える魔物が大嫌いなのじゃ!」


 シルフィーはエルフの森の神樹を司る精霊の分体である。

 本能的に炎を忌避しているのかもしれない。


 森は燃えることで新しく生まれ変わることもある。

 長い目で見れば必要な自然現象なのだろうが、だからといって、我が身が焼かれるのを好きになれる道理もないだろう。


 シルフィーが放った巨大な水球は、上空でフェニックスの飛行軌道を激しく阻害した。炎と水が正面から衝突し、ジュワァァァッという爆音と共に、周囲に凄まじい水蒸気が噴き上がる。


 火の鳥の視界が白い霧に包まれ、一気に湿度が高まる。


 上手く飛べなくなったフェニックスは、激しい揺れの中でバランスを崩し、あろうことか掴んでいたサラマンダー・ストーカーを離してしまった。


 ――ヒュー……、ドッ!


 地面に激突したトカゲは、無残にもはじけ飛び、周囲に血肉の雨を降らせた。


「がははははっ! ざまぁ、なのじゃ!」


 空中での失態を見て、腰に手を当てて勝ち誇るシルフィー。

 

 だが、幼女の悪戯に激怒したフェニックスが急旋回し、猛スピードで彼女に迫る。その全身から発せられる殺気が、ビリビリと空気を震わせる。


「ちょ、まっ……来るでない!!」


 シルフィーは慌てて水球で迎撃を試みる。

 しかし、フェニックスはその攻撃を華麗な身のこなしで回避。シルフィーに狙いを定め、炎をまとった鋭いくちばしを突き入れようと肉薄する。


 ――ザシュッ!!


 その瞬間、鋭利な刃物が肉を深く貫く音が山脈に響いた。


 シルフィーを執拗に狙っていたフェニックスの心臓。

 そこを、本体が真横から放った剣が一閃した。


 加速魔法によって超高速化した本体は、残像すら置き去りにし、勢い余ってそのままフェニックスの巨体へと体当たりを食らわせる。


 ――ドサッ!!


 地面に叩きつけられたフェニックスの首を、俺が装備した剣が間髪入れずに切り裂いた。


 眩く燃えていた火の鳥から、徐々に、しかし確実に炎が消えていく。

 断末魔すら上げさせない、完璧な連携攻撃だった。


 気づけば、俺たちを包囲していたサラマンダー・ストーカーの生き残りも、自分たちの天敵が倒されたことに恐怖したのか、いつの間にか霧散するようにいなくなっていた。


 後に残ったのは、静寂と、冷えゆくフェニックスの亡骸だけだった。

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