第261話 魔物素材の引き取り
アースガルド王国の至宝、王立魔法学園「アルカナム」。
俺は今、この学び舎で学生として日々の勉強に励んでいる。
教室の窓からは、平和そのものの青空が見える。だが、その平穏は薄氷の上に成り立っている。
王国では現在、大規模な反乱が勃発している。
そんな中、俺はあえて討伐軍には参加せず、こうして安全圏に身を置いて着々と力を蓄えていた。
学校が終われば、即座に転移を使ってザルツ山脈へと飛び、火山地帯の探索を進める日々だ。しかし、ここ数日は素材として利用価値のありそうな大型の魔物には、なかなかお目にかかれていない。
学園に昼休みが訪れた。
俺は食堂でセシリアとリゼルの二人と共に昼食を済ませると、彼女たちを伴って図書館の裏手にある人気のないテラスへと向かった。
石造りの回廊を抜けると、古びたレンガの匂いと、湿った土の香りが漂ってくる。
グリムロック辺境伯家は王国の名門ではある。
だが、王家とは政治的に明確な敵対関係にあるため、学園内に専用の個室などはあてがわれていない。
そのため、人目を忍ぶ内密な話がある時は、決まってこの場所を使うのが通例となっていた。
***
俺はテラスに備え付けられたベンチに深く腰を下ろし、その膝の上にセシリアを乗せていた。
陽気な春の日差しが、生い茂る木々の葉の隙間から差し込む。
その木漏れ日が、セシリアの鮮やかな赤い髪をまだらに輝かせていた。
彼女の体温と柔らかさが、制服越しにじんわりと伝わってくる。
俺は目の前に座る彼女の腰に手を回し、指先で愛でるように揉み解しながら、最新の情報を聞き出していく。
「……んっ、ゼノス様……そこは……」
セシリアが甘い声を漏らし、身体をビクリと震わせる。
俺たちの傍らには、桃色の髪を揺らすリゼルが控えていた。
彼女は顔を真っ赤に染めながら、俺たちの様子をちらちらと盗み見ては、セシリアと共に情報を補足してくれる。
彼女たちから提供されているのは、主に現在進行中の「反乱」に関する戦況だ。
リアム王子が率いる王国軍は、すでにカストル侯爵領へと深く攻め入っているという。カストル侯爵軍は、自領の農地を深いぬかるみに変えることで敵の進軍を遅らせる戦術を採った。
泥濘に足を取られ、身動きが取れなくなる兵士たちの悲鳴が聞こえてきそうな話だ。だが、王国軍は「氷結魔法」によって地面を強引に凍らせることでこれを無効化。その勢いのまま、氷の橋となった大地を渡り、敵の急造された砦を次々と攻略した。
さらに、徴兵されたばかりの農民兵の多くが、カストル侯爵を裏切ったという。
その大半が戦場から脱走し、逃亡兵となって王国軍に助けを求めたのだ。
そもそもカストル侯爵は「闇属性」の魔力の持ち主であり、日頃から領民を過酷に虐げていたらしい。
そのため、侯爵よりもさらに上位の権威である王家が大軍を率いて現れたことで、これ幸いと裏切りの連鎖が起きた。農民軍が急に徴兵されたばかりで、圧倒的な訓練不足だったことも大きな要因だろう。
こうして前哨戦を理想的な勝利で飾った王国軍は、そのまま敵領を突き進む。
対するカストル侯爵軍も、温存されていた無傷の本隊8000を平原へと進軍させた。
現在、両軍は真っ向から睨み合い、来るべき決戦に向けて着々と準備を進めている状況だという。遠く離れた戦場の緊張感が、リゼルの震える声から伝わってくるようだった。
***
一通りの報告を聞き終えたところで、午後の授業を告げる予鈴が鳴り響いた。
キーンコーン、カーンコーン……。
無機質な鐘の音が、甘美な時間を強制的に断ち切る。
俺はセシリアを膝から降ろすと、二人を連れて教室へと向かおうとする。
「ちょ、ちょっと……! こんな状態にさせておいて、お預けなんて……っ」
「わたくしも……その、あまりに中途半端なところで止められたので、その……っ」
リゼルとセシリアが、交互に俺へ向かって抗議の声を上げる。
セシリアの瞳は潤み、リゼルの頬は熟れた桃のように紅潮している。
確かに俺は、テラスではリゼルの体に指一本触れていない。セシリアに対しても、わざと最後まで満足させないまま手を止めた。
二人とも、体内の熱が収まらずに中途半端な状態に置かれているのだ。
激しく憤るのも無理はない。
彼女たちの呼気が、春の空気の中で白く揺らめくように見えた。
「……続きは、屋敷に帰ってからだ」
俺は至極冷酷に、そう言い放った。
その言葉が、逆に彼女たちの情欲を煽ることを知りながら。
二人は火照った身体のまま、辛うじて午後の授業を耐え抜いた。
椅子に座るたびにモジモジと身体を揺らし、教師の視線を気にしながらも、俺の方を熱っぽい視線で見つめてくる。
そして放課後、俺と共に馬車に揺られて屋敷へと向かう。
そこで、溜まりに溜まった欲求を一気に解放することになった。
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屋敷の寝室は、濃厚な香水の香りと、熱気に満ちていた。
彼女たちはいつもの「獣人コスチューム」に身を包み、俺に対して激しく、そして情熱的に甘えてくれた。
肌と肌が触れ合う摩擦熱、鼓動の高鳴り、そして甘い吐息。
「……クーコとルミアが今、魔界に行っていてな。少しばかり『モフモフ』が足りなかったんだ。だから今日は、二人にその代わりを務めてもらった」
激しいコミュニケーションを終えた後。俺はベッドの縁に腰かけ、二人の肩を優しく抱き寄せながら、こちらの事情を語り始めた。
汗ばんだ肌がシーツに触れる感触が心地よい。
これは流石に、いくら人気がないとはいえ学園内では口にできない内容だ。
俺はこの二人に対し、自分の秘密のすべてを明かしているわけではない。だが、ある程度の情報はすでに共有している。
俺が「何らかの特殊な方法」を用いて魔界へ渡れることも、リリアーナとエレノアの二人を無事に救出していることも、彼女たちはすでに知っていた。
「クーコちゃんやルミアちゃんがいないのは、やはり寂しいですわね……」
無類の動物好きであるセシリアは、残念そうに溜息をつく。
その表情には、友人を案じる優しさと、少しばかりの寂寥感が滲んでいた。
「……代わりに今日は、二人で存分にリゼルを可愛がってやるか?」
俺がそんな提案を投げかける。
幸い、二人とも今日はこのまま屋敷に泊まっていく予定だ。セシリアの目が、肉食獣のように鋭く光った。
「べ、別に……っ! 可愛がって欲しくなんて、ないんだからねっ!」
リゼルの意思など、今の俺には関係ない。
夜はまだ、始まったばかりだ。
俺はセシリアと共に、彼女へとたっぷりと愛を注ぎ込むことにした。絹のような肌触りと、抵抗するたびに弾む肢体を存分に堪能するために。
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ラヴァ・タートルを討伐してから、早いもので一週間が経過した。
今日は、業者に頼んでいた解体作業が完了する予定日である。
俺は転移を使い、ザルツ山脈のふもとにある町「グラード」へと移動した。
この七日間、俺なりに山脈を隈なく見て回ったつもりだ。
だが、結局のところ目ぼしい獲物を発見することはできなかった。乾いた風が吹き抜ける荒野を歩きながら、俺は舌打ちをする。
学業がある以上、探索ばかりに全時間を割くわけにはいかない。
そのため、まだ三カ所ほどのポイントを回るのが精一杯だった。
道中で倒した数匹の小型魔物をベアリスの解体所に持ち込みもしたが、二束三文にしかならなかった。手間ばかりかかって実入りが少ない、典型的な「ハズレ」の日々だ。
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俺がベアリスの作業場に足を踏み入れると、そこには見事に解体されたラヴァ・タートルの各部位が並べられていた。作業場には、血生臭さと、魔物特有の焦げたような匂いが充満している。
「……よし。甲羅と魔石は、予定通りこちらで引き取る。残りの部位はそちらで自由に売って構わない」
目の前には、圧倒的な威容を誇る巨大な甲羅。
黒曜石のような光沢を放ち、叩けば金属のような硬質な音がしそうだ。
さらには、眩い輝きを放つ大粒の魔石が5個。
その内側では、マグマのように赤い光が脈動している。それよりは一回り小さいものの、それでも十分に高品質な魔石が7個も揃っていた。
これらをまともに市場で販売すれば、軽く金貨500枚以上の値がつくだろう。
ましてや、需要が集中する末端価格ともなれば、一体どこまで値段が跳ね上がるのか想像もつかない代物だという。
俺の口元が、自然と歪む。
「……それじゃ、約束通り解体費用は金貨10枚になるけど。あんた、本当に今すぐ払えるのかい?」
ベアリスが、半信半疑といった様子で尋ねてくる。
彼女の手は油と血で汚れていたが、その瞳だけは真剣そのものだった。
「おいおい。言っただろう、俺は姫様の護衛騎士だ。その程度の金額なら、即金で問題ない」
俺は革袋から金貨を取り出し、ジャラリと音を立てて机の上に置いた。
通常の魔物狩り業者の場合、討伐した魔物を丸ごと解体業者へ販売する。
解体業者はそこから解体費と手数料を差し引き、残った差額が冒険者の取り分となるのが一般的だ。
だが今回、俺は「素材そのもの」を入手することが目的だ。
そのため、最初から解体業者へ直接現金を支払って依頼する形を採っている。
もちろん、俺がいらないと判断した残りの素材については、ベアリスに販売代行を任せている。
業者側に渡す素材が多ければ多いほど、その分だけ解体費用が割り引かれる仕組みだ。
ちなみに、俺が合間に持ち込んだ小型魔物の素材などは、残念ながら金貨一枚分にすら届かなかった。徒労感が蘇るが、目の前の戦利品を見ればそれも吹き飛ぶ。
俺は約束通りベアリスに金貨10枚を支払い、こうして極めて貴重な魔石と素材の数々を手に入れたのである。手の中に収まる魔石の熱が、俺の野望をさらに燃え上がらせるようだった。




