第260話 デカい尻
俺は二体のキラー・マシーンを引き連れ、再びザルツ山脈へと転移した。
魔の森の肌寒く湿った空気が一瞬にして消え、代わりに肺を焼くような灼熱が押し寄せる。風景はモノクロームの森から、赤と黒が入り混じる荒涼とした火山地帯へと一変した。
そこには、先ほど俺が仕留めたラヴァ・タートルが、巨大な身体をひっくり返したまま横たわっている。
その巨体は未だ高熱を帯びており、周囲の空気を歪ませていた。
「じゃあ、手筈通りに頼むぞ」
俺が声をかけると、二体のキラー・マシーンは無機質な駆動音を微かに響かせ、即座に隠密魔法を発動した。
フッとその姿が風景へと溶け込み、気配すらも完全に消滅する。
三号機に宿った分体の意識は、一度俺の本体へと統合し、再分配したものである。ゆえに彼らは、俺の最新の意向を完全に共有していた。 いちいち全てを言葉にして説明せずとも、こちらの意図は寸分違わず伝わっている。
脳裏でカチリとスイッチが切り替わるような感覚――
完璧な連携だ。
俺が学校を長期欠席できない間、この二体には解体業者であるベアリスの護衛を任せる。
魔物の襲撃からは勿論のこと、彼女をつけ狙っているという「ガイル」なる男が動きを見せるかもしれないからだ。現在は人手が足りないため、三号機二体をこちらの戦力に振り分けることにした。
俺が準備を整えてくつろいでいると、やがて狼煙を見たベアリスたちが現場に到着した。砂利を踏む足音と、荒い息遣いが聞こえてくる。
「……嘘だろ。まさか、こんな大物が出てくるとは……! こいつはここの主じゃないか。あんた、本当にたった一人で倒したのかい!?」
ベアリスが目を見開き、驚愕の声を上げる。
汗ばんだ頬に、煤けた赤毛が張り付いている。
「ああ。他に邪魔な個体はいなかったからな」
ベアリスの話によれば、俺が倒したラヴァ・タートルはこの一帯のボスであり、滅多に姿を現さない希少種らしい。そして、この主が居座っている間は、他の個体は恐れて近づいてこないのだという。
つまり、このマグマ溜まりに他の魔物の姿が見えない時、普通の魔物狩りたちは「ボスがいる証拠だ」と判断し、恐れて退散するのが常識なのだそうだ。
(……おい。そういう重要な情報は、先に言っておけよ)
俺は、報連相を怠ったベアリスのデカい尻を「パシン!」と軽くはたいた。
心地よい弾力と、乾いた音が響く。
「……っ!?」
突如として行われたその狼藉に対し、ベアリス本人はもちろん、彼女の部下たちまでもが抗議の声すら上げられず、ただ呆然と立ち尽くしている。彼女の顔が、周囲のマグマにも負けないほど赤く染まっていくのが分かった。
「まあいい。お前たちはこいつを運んで、解体を進めてくれ。……何日くらいで終わる?」
俺の問いに、ベアリスがようやく我に返って答える。
声が僅かに上擦っていた。
「……そうだね。これだけの大物だ。一週間あれば、どうにか形にはなるだろうけど――」
ふむ。
思ったよりも時間がかかるようだ。
この巨体を捌くとなれば、血抜きだけでも相当な重労働だろう。
「そうか。ならばその間、俺は他の魔物を狩って過ごすことにする。別の狩り場ポイントを教えてくれ」
俺は彼女たちから、目ぼしい狩り場の情報をいくつか聞き出した。
持参した地図を広げ、現在地と目的地を慎重に照らし合わせる。
羊皮紙の上を指でなぞりながら、効率的なルートを脳内で構築していく。
「金になりそうな獲物が手に入ったら、直接お前たちの作業場へ持っていく。俺は浮遊魔法を使えるから、運搬に関しては問題ないだろう」
俺はそう告げると、教えられた狩り場の方角へと悠然と歩き出した。
残されたベアリスたちは、まるで狐につままれたような顔をしていたが、やがて気を取り直して荷運びの作業を開始した。
彼女たちの背後には、俺がこっそりと護衛に付けた二体のキラー・マシーン三号機が控えている。彼らが、彼女たちの身の安全を完璧に守ってくれるはずだ。透明な死神が、彼女たちの守護者となる。
***
岩肌がむき出しになったザルツ山脈を、俺は一時間ほど歩き続けた。
周囲に人気がないことを確認してから、転移魔法を使いアースガルド王国の屋敷へと帰還する。
熱気から解放され、屋敷特有の静謐な空気に包まれると、張り詰めていた神経がふっと緩んだ。
屋敷に戻るとさっそく、エイルたちの作業場に足を運んだ。油と金属の匂いが漂うその場所で、目的は、二号機の強化パーツについての相談だ。
手に入れたラヴァ・タートルの巨体は、これから解体され、目当ての火属性魔石と貴重な魔物素材へと変わる。
エイルによれば、あの耐久性の高い甲羅は魔法素材として極めて優秀らしい。
現在開発中の「火力圧縮機」と融合させれば、装置の耐久性を劇的に向上させることができるそうだ。
「レアな魔物と出会えるかは運次第だが。これからも探索と狩りを続ければ、素材はさらに手に入るだろう」
「流石はゼノス様。私共も、それに応えられるよう開発を急いで進めておきます」
エイルの純粋な誉め言葉は、あの胡散臭いアシュラフのそれとは違う。
それは真っ直ぐに、俺の心を満たしてくれるのだ。
ドワーフ特有の実直さが心地よかった。
打ち合わせを終えた俺は、いい気分で居室へと戻った。
***
屋敷で食事を済ませ、一日の疲れを癒すべく風呂へと向かう。
湯気で霞む広々とした浴室には、甘い香油の香りが満ちていた。
そこには、専属メイドのリーリアと、地下で暮らしているヴィオレッタが共に立ち入っていた。
湯船に浸かる俺の目の前で、彼女たちは背を向けて並んでいる。
滑らかな肌を伝う雫が、磨き上げられた大理石のように輝いていた。
二人が描く美しい曲線は、実に眼福だ。
俺は戯れに、その肢体を見比べてみる。
「……ふむ。乳の大きさでは、リーリアの圧勝だが、尻は互角だな」
つい漏れた俺の呟きに対し、ヴィオレッタが即座に振り返り、頬を膨らませて反論してきた。濡れた髪が肌に張り付き、その艶かしさを際立たせている。
「大きければ良いというものでもございませんわ。形の美しさであれば、わたくしも決して負けてはおりません!」
まあ、それはそうだ。
ヴィオレッタのそれは小ぶりながらも、重力に逆らうようなハリと、理想的な曲線を兼ね備えている。芸術品のようだ。
だが、しかし――。
リーリアの巨乳はことあるごとに言及されるが、決してアダルト漫画に出てくる「奇乳」の類ではない。あくまで常識的な範囲に収まる大きさであり、形も決して悪くない。
いや、むしろ極めて美しい部類に入る。
豊満でありながら、決して下品ではない。
奇跡のバランスだ。
それゆえに、つい「圧勝」などと言ってしまったが、これは少しばかり失言だったか。そもそも、彼女たちの美しさを比べて優劣をつけること自体、野暮というものだ。どちらも等しく美しい。
それで良いではないか。
俺は二人の柔らかな肌へと同時に手を伸ばし、そのつるんとした手触りを心ゆくまで堪能した。指先から伝わる温もりと弾力が、脳髄を甘く痺れさせる。
「そうだな。二人とも、見事な美しさだ」
俺はそのまま、二人を優しく抱きしめる。
彼女たちの心臓の鼓動が、俺の肌を通してトクントクンと伝わってくる。
(よし。これで随分とリラックスできたな)
俺がこうして自分の欲望のままにリフレッシュタイムを設けているのは、単なる道楽ではない。
闇魔法の研究と訓練は、精神に及ぼす負担が極めて大きい。
常に深淵を覗き込むような緊張感は、知らず知らずのうちに魂を蝕んでいく。
こうして適度な緩和措置を講じておかないと、冗談抜きで内側から理性が崩壊し、世界を滅ぼしかねない。
これは、最悪の事態を避けるための、極めて真面目な防衛措置なのである。
俺は彼女たちの温もりに顔を埋め、深く息を吸い込んだ。




