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第258話 VSラヴァ・タートル

 ザルツ山脈、その険しき火山地帯。


 俺は今、ベアリス・ロワ率いる解体業者から教わった、大型魔物の生息域へと足を踏み入れていた。


 靴底から伝わる地熱が、分厚いブーツのソールを溶かさんばかりに熱い。視界は立ち上る陽炎によって揺らめき、遠くの岩肌が生き物のようにうごめいて見える。硫黄の鼻を突く刺激臭が肺を満たし、呼吸をするたびに喉の奥がヒリついた。


 荒涼とした山肌の随所に、ドロリとした血を思わせるマグマが溜まっているポイントがある。


 ボコッ、ボコッ……と不気味な泡を立てて煮えたぎるその赤は、触れるものすべてを消し炭にする死の沼だ。


(ベアリスの話では、この辺りに獲物が潜んでいるから、状況を見て勝てそうなら戦え……とのことだったが。今のところ、一匹も見当たらないな。……まあいい。適当に歩いていれば、向こうから襲ってくるだろう)


 俺はそう楽観的に構え、特に警戒を装うこともなく無造作に歩を進める。

 全身から吹き出る汗が、頬を伝う前に熱気で乾いていくのを感じながら、マグマの池まで、もうあと数メートルという地点まで近づいた、その時だった――。


 ――ドパァァァアアアアアアン!!


 突如として、噴水のごとく真っ赤なマグマが激しく噴き上がった。


 降り注ぐ灼熱の雨。


 そこから姿を現したのは、凄まじい威容を誇る魔物。

 【溶岩の巨殻】ラヴァ・タートルだ。


 その見た目は、家一軒分ほどもあろうかという巨大な亀である。

 甲羅は冷え固まった溶岩のようにゴツゴツとした黒曜石で覆われ、その亀裂からは体内で脈打つ高熱の赤光が漏れ出している。


(……ふむ。事前に聞いていたよりも、ずっとデカいな)


 俺は慌てることなく、鋭いバックステップで十分な距離を取る。

 同時に、愛用の専用武器「クロノス・ヴァイス」を鞘から一気に抜き放った。銀の刀身が、周囲の赤光を反射して妖しく煌めく。


 応じるように、ラヴァ・タートルがその巨大な口を大きく開く。


 喉の奥でカッと強烈な光が凝縮され――。

 そこから、煮えたぎるマグマがドバドバと勢いよく吐き出された。


「っと……!」


 俺は即座に「加速魔法」を発動。

 世界がスローモーションに感じるほどの感覚加速の中、劇的に跳ね上がった移動速度を活かし、迫りくるマグマの奔流を紙一重で躱していく。


 ジュッ、と掠めた空気が焦げる音が耳元で鳴った。


(あのマグマの中に逃げ込まれると、流石に厄介だな)


 俺は敢えて攻勢には出ず、じりじりと後退しながら、敵を少しずつマグマ溜まりから引き離していく。


 ラヴァ・タートルは目の前の獲物を食らおうと、執拗に追いかけてきた。


 ドスッ、ドスッ、と。


 一歩ごとに大地を揺らす、重い足音が響き渡る。

 数トンはあるであろう巨体が動くたびに、地面の岩が砕け散る。


 周囲の熱気により、俺の全身からは滝のように汗が噴き出した。

 服が肌に張り付く不快感を無視し、集中力を研ぎ澄ます。 ラヴァ・タートルは、逃げる俺の背に向けてマグマを吐き続ける。


 俺は左右に大きく飛び跳ね、その灼熱の攻撃を回避しながら、さらなる奥地へと敵を誘い込んだ。そして、十分にマグマの池から距離が離れたことを確認し、ついに反撃へと転じた。


 敵が再びマグマを吐き出した、その瞬間。

 俺は敢えて前方に走り込み、最小限の動きでそれを避ける。


 熱波が顔面を焼くが、構わず踏み込む。


 そのまま一気に敵の側面へと回り込み、太い後ろ脚を力任せに斬りつけた。


 ――ザシュッ!!


 「クロノス・ヴァイス」の刃が、岩のように硬い皮膚と筋肉をバターのように切り裂く。俺は止まることなく、敵の周囲を円を描くように回りながら、次々と鋭い一撃を加えていった。


 ラヴァ・タートルは蛇のような長い首を伸ばし、俺に向けてマグマの弾幕を吐き散らす。


 だが、その攻撃は加速した俺に当たることはなく、逆にこちらの斬撃は図体のデカい敵の身体を容赦なく切り刻んでいく。噴き出す体液が熱したフライパンの上のようにジュウジュウと音を立てて蒸発する。


 やがて長く伸びた首に致命的な深手を与えると、ラヴァ・タートルは堪らずといった様子で、四肢と首を頑丈な甲羅の中へと一気に引っ込めた。


(……籠城戦か)


 俺がどう攻略すべきか思案する、そのよりも早く。敵の甲羅の隙間――手足や首が収まっていた部位から、猛烈な勢いで炎が噴出された。


 ――ゴォォオオオオオオオオ!!


 まるで巨大なガスバーナーだ。


 その炎は、辺り一帯を地獄の業火のごとく包み込んでいく。

 視界が真紅に染まり、轟音が鼓膜を震わせる。


 本来なら逃げ場のない一撃。

 だが、俺には「魔封印」という特殊能力がある。


 これは範囲内の魔法攻撃を問答無用で霧散させる力だ。


 ラヴァ・タートルの放った炎もまた魔法的な性質を帯びていたようで、俺の周囲半径二メートルだけは炎に侵食されない。紅蓮の炎の中に、俺の立ち位置だけがぽっかりと空間に穴が開いたかのような、異様な光景が広がっている。


(……しかし、これは暑いな)


 「魔封印」のおかげで直接焼かれることはないが、急激な気温上昇の影響までもは相殺できない。


 周囲の空気そのものが凶器となり、肺を焦がす。

 ダメージカット魔法である「プロテクション」を重ねてはいるが、この理不尽な温度上昇にはほとんど効果を発揮しなかった。


 意識が遠のきそうなほどの熱量だ。


 俺は懐から、持参してきた「水の魔石」を取り出した。

 ひとまず、生成した水でこの殺人的な暑さを和らげたいと考えたのだ。


 しかし、ここで俺は「魔封印」の特性によるジレンマに直面する。


 魔封印の効果範囲を最大化した状態(半径二メートル)では、生成した瞬間の水も魔法現象としてすぐに霧散してしまう。


 逆に、魔封印の範囲を最小まで絞れば水を出すことは可能だが、そうなると周囲を囲む炎の熱気(温度上昇)をダイレクトに受けることになる。


 しかも、俺が魔法で作り出した水はただ足元に垂れ流すことしかできない。

 水を操って防壁を構築することも、一塊にして射出するような攻撃に転用することも不可能だった。


 チート能力の落とし穴に、俺は思わず舌打ちをする。



 ***


(……「時限式爆裂魔法」をぶち込めば簡単に勝てるだろうが、それでは肝心の獲物――目当ての魔石まで吹き飛ばしかねないからな)


 完全に手詰まりとなった俺は、一旦状況を仕切り直すべく、百メートルほど後方へと一気に転移して距離を置いた。


 シュンッ、と空間を跳躍し、熱波の檻から脱出する。


 目の前から俺の存在が消えたことに気づいたラヴァ・タートルは、すぐさま手足を出した。そして、あの大図体に似合わぬ速度で、一目散にマグマ溜まりへと向かって走り出したのだ。


 ドタドタドタと、必死に短い足を動かして逃げる姿は滑稽ですらある。


「逃がすかよ」


 逃亡を許すほど俺は甘くない。

 俺は即座にラヴァ・タートルの進行方向へと先回りして転移。


 そのまま「加速魔法」を維持して肉薄。

 さらには全身に「身体能力強化」を上乗せし、筋肉繊維の一本一本まで魔力を浸透させる。


 超加速を乗せた一撃――

 敵の巨体を蹴り上げた。


「――ふんッ!!」


 敵は首を引っ込めたまま走っていたため、がら空きの甲羅の下側から渾身の打撃が叩き込まれる。


 ――ドォォォォオオン!!


 岩盤が砕けるような凄まじい衝撃音と共に、ラヴァ・タートルの巨大な体が宙を舞い、そのまま見事にひっくり返った。


 ズシーン!

 と地響きを立てて仰向けになる亀。


 だが敵も執念深い。すぐさま起き上がろうとはせず、ひっくり返った状態のまま再び激しい炎を噴出。自身を守る難攻不落の防壁を再構築したのだ。


 再び巻き起こる熱風。


「くそっ……魔力切れまで待つしかないか?」


 一体いつまでその炎が出し続けられるのかは未知数だ。

 だが、流石に無限にエネルギーを放出できるわけではないだろう。


(……とはいえ、それまでここで待つのはあまりに暑すぎる。下手すると、向こうの魔力が尽きる前にこっちが干からびてしまうぞ)


 口の中はカラカラで、まばたきをするたびに乾いた目が痛む。

 俺がわずかな焦燥感に駆られていた、その時だった――。


「ふむ……少しばかり苦戦しておるようじゃな。主よ」


 聞き覚えのある声と共に、灼熱の大気の中に一陣の清涼な風が吹いた。


 俺の守護精霊「シルフィー」が実体化。

 涼やかな風を伴って、その姿を現した。

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