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第256話 町の解体業者

 俺は今、上質な火属性の魔石を求めて、ザルツ山脈のふもとに位置する町「グラート」へと足を踏み入れている。


 ここはアドラステア帝国の北東部。

 獣人の森「ワイルド・ウッド」と、魔物の湧き点「ダーク・ウッド」の中間点に位置する要衝だ。


 季節は春。

 だが、火山地帯特有の熱を帯びたこの地は、肌を刺すように熱い。


 地面からは陽炎が立ち上り、遠くの景色をゆらゆらと歪ませている。

 吸い込む空気には微かな硫黄の匂いが混じり、喉の奥をイガイガと刺激した。


 この町のさらに北に連なる山脈地帯は、ここよりもさらに苛烈な熱に包まれているのだろうか。額に滲む汗を拭いながら、俺は周囲を見回した。


 グラートは、冒険者や採掘業者、そして獲物を捌く解体業者たちがひしめき合う、極めて活気に満ちた町だった。


「どけぇ! 荷車が通るぞ!」

「今日の収穫は上々だ! 酒だ、酒を持ってこい!」


 男たちの怒号と笑い声、鉄と鉄がぶつかる音、そしてどこからともなく漂う脂っこい屋台の匂い。その熱気は、どこか俺の治めるドワーフ領のそれにも似ている。


 だが、決定的な違いが一つあった。

 それは「獣人奴隷」の多さだ。


 この町では、魔物と戦わせるための肉盾として、獣人奴隷が公然と売買されている。首輪と鎖に繋がれた犬耳や猫耳の者たちが、虚ろな目で通りを歩かされている姿が目につく。


 さらに、血気盛んな荒くれ者の男が多いためか、必然的に娼館も数多く立ち並んでいた。毒々しい色のネオン代わりの魔石ランプが、昼間から妖しく輝いている。


 獣人奴隷たちは、使い捨ての捨て駒か、あるいは便利な戦力として死ぬまで酷使される。正直に言って、見ていてあまり気持ちのいい光景ではない。俺の中に眠る現代人の倫理観が、わずかに胸をざわつかせる。


 そこで俺の目は、必然的に娼館の方へと吸い寄せられることになった。


 あくまで社会見学の一環として注視する。

 観察したところ、この町の娼館は性病予防の観点からか、比較的「軽め」のサービスが主流であるらしい。


 ガラス張りの窓の向こうで、露出度の高い衣装をまとった女性たちが手招きをしている。男が溜まった性欲を発散させるのを、女性従業員がサポートする……という形式だ。


 もちろん、さらにディープなサービスを提供する店も存在するようだが、そういった所はいずれも高級店であり、相応に敷居も高かった。


(……ふむ。なかなかに興味深い文化圏だ。後学のために一度くらいは……いやいや、今は仕事が先決だ)


 俺は一通り町の様子を観察し終えると、名残惜しさを断ち切るように踵を返し、この町を管轄する者の屋敷へと向かった。



 ***


 この町を公的に取り仕切っているのは、ボルズ・グラード男爵だ。

 彼は貴族の身分でありながら、自ら現場(採掘場)へと立ち、直接指揮を執ることも多いという。


 そのため、領民や炭鉱夫たちからの信頼は非常に厚かった。


 通された執務室は、貴族らしい華美な装飾は一切なく、代わりに鉱石のサンプルや地図が無造作に積まれていた。


 そこに座る男――火山の熱に晒され続けた彼の肌は、赤銅色に見事なまでに焼けている。


 その顔面には、過去にワイバーンの炎をまともに浴びた際のものと思われる、痛々しくも巨大な火傷の跡が刻まれていた。古傷が引きつり、彼の表情をより厳格なものに見せている。


 彼は豪華な正装よりも、実用的な革製の軍装を好んで身に纏う主義のようだ。

 部屋全体に、革とタバコの入り混じった男臭い匂いが漂っている。


 訪ねてきた俺を、飾らない作業着姿のままでもてなしてくれた。

 だが、その瞳は鋭く俺を値踏みしている。


「……して。エリザベート姫様がこれほど大粒の火属性魔石をご所望とは、一体何にお使いになるおつもりで?」


 一般的に、火属性の魔石は小さく砕かれ、魔道具の動力源として用いられるのが通例だ。男爵の視線が、俺の喉元に突き刺さる。だが、俺は動じることなく、その場で頭を回転させて答えを返す。


「護衛騎士の戦力の底上げです。……この町までその噂が届いているかは分かりませんが。実は先日、アースガルド王国の王都に『次期魔王オルカス』の配下を名乗る魔人が出現するという事件が発生しましてな。事態を重く見た姫様が、手元にある戦力のさらなる増強をお考えになったのですよ」


「なるほど。……あの物騒な噂は、やはり事実でしたか」


 俺が淀みなくついた「それっぽい嘘」を、グラード男爵は即座に飲み込んだ。

 即興で考えた言い訳だったが、状況に合致したなかなかによくできた設定だ。


 火属性の魔石は強力な兵器としても利用される。


 だが、大粒の魔石をそのまま十全に使いこなすには、使用者にも膨大な魔力が要求されるのだ。未熟な者が扱えば、魔力の暴走を引き起こして自爆するのがオチだ。


 つまり、威力を求めすぎると実用性が著しく損なわれる。


 そこで、現場の魔導士の魔力容量に合わせて、ちょうどいい大きさに砕いて用いられるのが普通なのだ。


 王族の護衛騎士に選ばれるような実力者用の魔石なら、市場で既製品を探すより、大元で巨大な原石を入手した方がいい。それを各人の能力に合わせて砕いて分配した方が、はるかに効率的だ。


 話の筋は完璧に通っている。

 特段疑われることもなく、俺は無事に挨拶を終えることができた。


 男爵と固い握手を交わした俺の手のひらには、彼のゴツゴツとしたタコの感触が残っていた。俺はグラード男爵の屋敷を辞すと、その足で解体業者の店が軒を連ねるエリアへと向かった。



 ***


 さて、この町には複数の専門業者がひしめいており、業者間での密接な付き合いが存在する。


 例えば、採掘業者は魔物を狩る冒険者ギルドに護衛を依頼する。

 そして冒険者側は、仕留めた魔物の輸送や解体作業を、専門の解体業者へと委託する。最終的に解体業者が魔物から取り出した貴重な素材を、大商会の支店や行商人に販売する……という流れだ。


 いわば、魔物という資源を中心とした完全な経済圏が出来上がっている。


 俺は今回、ザルツ山脈で魔物を狩る許可を領主から直々に得ている。

 言ってみれば、俺自身が「個人経営の冒険者」という立場だ。


 俺にはわざわざ山で穴を掘って魔石を探す趣味はない。

 ゆえに、魔物を倒してその体内から魔石を回収することになる。


 だが、倒した魔物の解体などという経験はないし、何より面倒くさい。

 内臓をえぐり出し、血まみれになって皮を剥ぐ――そんなグロテスクな作業は、精神衛生上よろしくない。


 そのあたりの工程は、やはり専門の業者に丸投げしたいところだ。

 

 まずは、俺の希望条件にマッチする業者を探すことにした。

 通りを歩くと、強烈な獣臭と血の匂いが鼻をつく。


 作業場へと運び込まれた巨大な魔物たちが、手際よく解体されている。


 なたが骨を断つ鈍い音、ドサリと肉塊が落ちる音。

 しかし、何軒か店を回ってみたものの、どこもすでに仕事の予定がぎっしりと埋まっており、新規の依頼は門前払いで断られてしまった。


「悪いな、手一杯だ!」

「来月まで予約で埋まってるよ!」


 どの店も、人手が足りないほど忙しそうな様子だ。


 そんな中、一軒だけ作業の手が止まっている「手すき」の店を見つけた。

 他の店のような喧騒がなく、ひっそりと静まり返っている。


 入り口には埃っぽさが漂い、商売っ気が感じられない。


「……邪魔をするぞ」


 俺は短く声をかけてから、その中へと入る。

 ひんやりとした薄暗い土間。


「おいおい、てめー! 何者だっ!?」

「姉さんはお前らの話を断ったはずだろ! いい加減、しつこく付きまとうんじゃねえっ!」


 店の中にいた五人の男たちが、一斉に俺を鋭い眼光で睨みつけ、排除しようと詰め寄ってきた。


 殺気立った空気が肌を刺す。

 どうやら、何か深刻な誤解があるようだ。


 俺は両手を軽く上げ、敵意がないことを示しながら努めて冷静に対処する。


「何か勘違いをしているようだが。俺はただ、魔物の解体を依頼しに来ただけだ」


 男たちはなおも訝しげな表情を浮かべる。


「……本当かよ?」

「見ねえ顔だが……どこのどいつだ?」


「ああ。領主から直々に魔物狩りの許可は得ている」


 俺がそう告げると、男たちは顔を見合わせ、ようやく警戒を緩めて道を開けた。


 作業場の奥、薄暗がりの中に、一人の女が立っていた。

 先ほど男たちが「姉さん」と呼んでいた女性だ。


 燃えるような赤く長い髪を、太い三つ編みにしている。

 上半身は薄手のシャツ一枚、下は無骨な作業用のズボンを穿いていた。


 汗に濡れたシャツが肌に張り付き、いかにも肉体労働者といった引き締まった体つきを強調しているが、その奥には確かな女性らしさも同居している。


 健康的な肢体と、男たちを従える鋭い眼差し。

 彼女が、どうやらこの作業場を束ねるボスのようだ。

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